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5. ドラゴンストーン(2)

 アリューシャは幼い頃から、当たり前のように父親のヨルクの診察の手伝いをしてきた。

 診察室の片隅で薬や器具の名を覚え、父親の手捌きを観察するようになった。


 医者になる道が当然自分の道だと疑いもせず生きて来た。

 そして父に弟子入りして資格を得るものだと思い込んでいた。


 しかしヨルクは学術院への進学を勧めたのだ。

「世界が広がるよ」という父親の言葉をアリューシャはすんなりと受け入れた。


 

 15歳になり遠く離れた全寮制のシュトラーゼ学術院に入るため故郷を離れた。


 そして入学して初めて気づいた事があった。

 自分の家の離れに建てられた診療所が田舎の村とは思えないほど立派なものだったという事だ。

 

 診察室は学術院にあるものとも変わらない。処置室も同じだ。

 

 ただその奥にある手術室の設備の立派さといったら、学術院でも目に掛かることの無い最新の物が設置されている。

 高価な電気式のライトも置かれ、研修で訪れた都市の大病院と変わらないほどだったのだ。


 そして今まではなんとも気にならなかったが、外界を知った事で妙だと気づいた事があったのだ。



 あのクラウゼンの連れてきた患者の手術にだけは、看護師を立ち会わせず父一人で行うのだ。

 

 麻酔を使うような大きな手術を医師一人で行うなど通常は考えられない。

 気になったアリューシャは「手伝おうか?」と父に問うたのだが、その答えは決まって「これは簡単な手術だから大丈夫だよ」とやんわりと拒絶されるのだった。



 しかしある日――――


「アリューシャ!! 頼む!! 来てくれ!!」

 診察室で医学書を読んでいたアリューシャを大声でヨルクが呼びつけた。

 何事かとアリューシャが急いで手術室へ入ると、メスを床に落とし、腕を押さえつけたヨルクが青ざめて立ち尽くしていた。


「アリューシャ!! 鉗子かんしを頼む! 出血を抑えてくれ!」


 手を消毒液に浸したアリューシャが慌てて手術台の側に立ち鉗子を持つ。


「どうしたの!? 父さん!!」


「いいから、目を離さずに。そこにガーゼを当てて……」


 ヨルクの言う通りにアリューシャは止血をし、傷口を縫い上げた。

 ホッとしたアリューシャが器具台を見た時それに気づいた。


 照明の光を反射するかのように血まみれの石が鈍く光っている。

 その半分ほどが白い砂状の石に覆われ、斑のように入っているが、透明なブルーの部分は見たことの無いほどに透き通り美しい。


 思わずアリューシャがそれに手を伸ばす。


「ダメだ!! アリューシャ! それに触るな!!」

 父の剣幕にアリューシャがビクリと動きを止める。

 そして美しい血まみれの石と横たわる患者の首の傷にハッとする。


「父さん、これってもしかして……?」


 ヨルクが苦渋の表情を見せた。

「クラウゼンの事は話しただろ?」


「つまりこの患者さんって」


 ヨルクが頷く。

「そう、イェーガーだよ」


「まさかこれがドラゴンストーン!?」


 父親の反応にアリューシャが焦る。

「でも石は人と一緒に生きて死ぬんだよね? 石だけがこんな風に取り除けるものなの? この人大丈夫!?」


「大丈夫だよ」

 ヨルクが手術室でウンウンと唸り続けていた電気基盤に手をやり、レバーを引いて止めた。


「父さんにはできるんだ……」

 ヨルクの右手がまた震え出し器具台をカタカタと震わせる。


「父さん……? 手をどうしたの?」 

 もう片方の手でそれを抑えつけて悲しげにアリューシャの瞳を見つめた。

「ドーラント病だよ。外科医がこれじゃあ、終わりだ……」



◇ ◇ ◇ ◇

「ドーラント病は体の震えを突然発生させる病です。原因は不明ですが緻密な施術を必要とする外科医にとっては致命的なものです。……でも……私は父を説き伏せました。私が父の手になると!」


 アリューシャの握りしめた拳に力が入る。


「だって石は力も生命も占有者に与えるけど、状態によっては彼らの命を吸い取ります。ここに連れて来られる人は皆死に瀕した人ばかりだった。石に魂を飲み込まれた人たち。そんなの放っておけないもの」


 キーファはその厳しい表情を崩さない。

「彼らの自業自得だとしても?」


 間違っていると言いたげなキーファにアリューシャも一歩も引くことはない。


「助ける方法があるのにですか?」


 いつもはおどおどとするアリューシャの揺るがない瞳がまっすぐにキーファを捉える。

 そこに自分とは違う覚悟を持った人間の強い意志をキーファは感じ取った。


「でもどうやって取り除くんだ? さっきも言ったが、無理矢理取るなら石は占有者の命を奪うんだぞ?」


「キーファさん。ドラゴンストーンを何だと思っていますか?」


 唐突で奇妙なアリューシャの質問にキーファが虚を突かれた。


「何かって、そりゃ石だろ? 宝石か?」


 アリューシャが首を振る。

「ドラゴンストーンは鉱物ではありません」


「なに? 石じゃないって言うのか?」


「はい。ドラゴンストーンは――――」


 アリューシャの瞳が燃える炎を映してゆらいだ。


「ドラゴンストーンは生物です」


 

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