4. 追跡者(3)
「――――大丈夫か?」
気がつくとアリューシャの視界が傾いていた。
体がカタンカタンという音と共に規則的に揺れている。
横に座っていたキーファにもたれかかり、いつの間にか眠っていたようだ。
飛び起きると窓際まで頭をそむけた。
「うなされていてみたいだけど大丈夫か?」
心配そうな顔でキーファはがアリューシャの顔をのぞき込んでいる。
ここは……キーファさんと一緒に列車に乗ったんだ
「大丈夫です。夢見てたみたいで……」
胸がドグドグとまだ嫌な音を刻みつけ、額には脂汗が浮かんでいる。
ここが現実だとわかっても、追いかけられ崖から落ちた時の心臓の浮かび上がるような感覚から抜けきれないでいた。
崖から落ちて助かったのは幸運だった。
木の枝にかかり、茂みと雪がクッションになった。アリューシャはかすり傷一つ負っていなかった。
そして凍えるような冬の山に倒れている所をすぐにビアンテ親子に見つけてもらえたことも幸運だった。
不幸という暗闇を彷徨う中に、ポツポツと灯る幸運の明かりは、この人との出会いも当てはまるのだろうかと隣にいるキーファの横顔を見た。
彼といればきっとクラウゼンさんの元に辿り着く事ができるだろう
シルヴィオさんの元にも……
列車は南部を目指す。
揺られながら車窓からの景色を眺めた。
戻り路――――
それでもあの時とは比べ物にならないほどの希望がある。そしてあの時の様に孤独でも無い。
ギギギギャギャギャ――――――
突然列車が急ブレーキをかけて停車した。周囲の人間から驚いた声が上がる。
アリューシャの体も列車の大きな揺れに巻き込まれ、座席から滑り落ちそうになった。隣にいるキーファがすぐにアリューシャの腕を掴んだ。
「何だ!?」
キーファが首を伸ばし、列車の前方に目を向けた。
座席からは何も伺い知る事ができない。
「少し見てくるから、ここに座ってろよ」
青い顔をしたアリューシャがコクコクと頷くとキーファは立ち上がった。
前方の車両まで通路を進むと車掌と男が何やら話をしている。キーファはその話の中に割って入った。
「どうして列車が止まったんだ?」
「お客様申し訳ありません。どうかお席に……」
困り顔で車掌がキーファに謝ると話していた小柄な中年男がキーファを睨みつけた。
「一般人は下がってろ」
横にいたスキンヘッドの男がキーファの肩を押しやった。
キーファの目が一瞬ギンと光ったが、それを押し殺すように息を吐いた。そのまま自分の席に戻ろうとすると、小柄な男がキーファに問いかけた。
「お前の連れは少年か?」
「俺は一人だよ」
キーファが振り返ると、肩を小突いてきた男の方がキーファの胸ぐらを掴んだ。
「おい、嘘ついたらお前の為にはならねえぞ」
「まさか! そんな馬鹿な事言いませんよ」
キーファが両手を挙げてへらへらと笑みを浮かべた。
「チッ」そのままキーファを押しやると男が舌打ちした。
キーファは振り返らずに後方車両へ戻って行った。
奴ら『少年』を探している――――――
「どうでしたか? キーファさ……」
言葉が終わらないうちにキーファは荷物を抱えアリューシャの腕を引き上げた。
「行こう」
「えっ? でもどこに?」驚いてアリューシャはキーファに尋ねた。
「この列車を降りる」
短く答えると更に後方のドアへとアリューシャを連れて通路を歩いた。
そのドアがガラリと開くと顔色の悪い痩身の男が入って来た。アリューシャの心臓がドクンと跳ねた。
クーデルントの町で追いかけて来た頬に傷のある男だ。
足の固まったアリューシャに引っ張られてキーファの足も止まる。正面の男の視線が前にいたキーファをすり抜けてアリューシャに突き刺さる。
「おい!! やっぱり連れがいるじゃねえか!? 嘘こきやがって」
野太い声が後方からも飛ぶ。
振り返ると車掌と話していた二人組が通路に立っていた。
キーファがすぐ横の老夫婦が座る席にアリューシャを引っ張り込んだ。
「旦那さん、奥さん。悪いけどちょっと伏せててくれるか?」
ニコリと夫婦に笑いかけるとはめ殺しの窓に手をかざした。
車両の窓や連結部分のドアの隙間からヒュイイィィと高音が鳴り、外部から猛烈に風が流れ込んでくる。
ゴオォォォ――グァシャン!!!
突風が吹きつけ、キーファが手をかざしていた窓ガラスは、破片となって外へはじき飛んだ。
乗客からは悲鳴が上がる。
アリューシャも強い風と轟音に思わず目を瞑りキーファの腕にしがみついた。
そのままキーファが片腕でひょいとアリューシャを抱えると、窓枠のあった場所に足を掛け一気に車外へ飛び下りた。
「待て!!!」
三人の男たちは慌てて二人の後を追うが、逃げ惑う乗客が邪魔で前へ進めない。