寝過ごした森の美女2
カホ視点
時系列が開くので
…などとやりとりをしたのが、たしか30年ほど前の話だったか。
揺らぎ音殿と姫君…蒼玉殿は中々に良い組み合わせだったのか、それから30年、共に過ごしていたようである。もしかして喧嘩して距離を置いたりなんやかんやあった事もあったのかもしれないが、私が顔を合わせた時期ではいつも行動を共にしていた。婚姻を結んだかどうかは知らないが、子供はいない。
割れ鍋に綴じ蓋というか、短気な揺らぎ音殿と大らかな蒼玉殿はうまく噛み合っていたようである。あの女性関係の騒動の絶えない揺らぎ音殿が30年続いたのだから、大したものだ。まあ、私の知る限り、揺らぎ音殿と相手の縁が切れるのは相手に振られて出ていかれる形になるので、蒼玉殿が愛想をつかすことがなかったので続いた、ということかもしれない。
まあ、揺らぎ音殿は悪い男ではないのだ。惚れっぽくて気が短いだけで、行動方針そのものはまっとうな善人である。手は早いが、拒まれても無理矢理己の意志を通そうとはしない。本気で振られた時に粘着質に追いかけたりはしない。未練がないわけでもないだろうが。気が短い分、潔いのかもしれない。
蒼玉殿は、丁度あの時の焼き直しのように穏やかに眠っている。多少皺は増えたかもしれないが、あの時と変わらない、美しい老婦人である。声をかければ、あの時のようにぱちりと目を開けて起き上がってきそうだ。
もはや、彼女が目を覚ますことは二度とないのだけれど。
旅商人である私が、いくら二人が数年前からこの街に住み着いていたといっても、その死と葬儀に立ち会うことになるなんて、時偶が良いのか悪いのかわからない。まあ、数年が経ってから発覚するよりは良いのだろう、たぶん。
「どうか良い眠りを、蒼玉殿。次の生は己の資質に煩わされるものではないことを祈ります」
寿命であったのだと聞いている。少なくとも、肉体的には、裸人族としては大往生であったとのことだ。実年齢としてどうかは…まあ、野暮を言うのはやめておこう。私のような妖精族にとってはほんのひと時だが、裸人族にとって30年というのはそれなりに長い時間である。
時間は誰にも平等に降り積もるが、過ぎた時間に対する物差しは種族差がある。裸人族と妖精族の一年は違う。水生族の一年も違う。
「蒼玉、愛しい人。美しい人。我が姫君。君が俺をおいて逝ってしまうのは知っていた。知っていたけれど、俺は悲しい。だからどうか、しばらくはこの悲しみに浸ることを許してくれ。俺のことを心配して見守ってくれなくて良いから、ただ悲しませてくれ」
揺らぎ音殿が蒼玉殿の手を額に当てて、ぼろぼろと涙をこぼしている。彼は、本当に彼女を愛していたのだろう。
とはいえ、おそらく、過ごした時間と同じぐらいの時が過ぎれば立ち直るだろう。今までもそうだったのだし。
…いや、30年続いたのは初めてなのだから、それより長くても短くても不思議はないか。それに、私の知る限りでは、揺らぎ音殿が恋人と死別するのは初めてだ。別れた相手が今も皆生きているというわけではないが。
とはいえ、私が揺らぎ音殿にお節介を焼く理由もないのだが。縁あれば新しい恋人ができるかもしれないし、私の助けが必要になれば、その時にまた巡り合うだろう。その時にどうにかすればいい。
しかし、ここに住み着いていた間に二人に縁付いた、葬儀の参列者の相手は私が代行してやった方がいいのだろうか、これは。後で代行料を取ってやろうか。
「揺らぎ音殿、君一人で独占していないで他の人にも蒼玉殿への別れの挨拶をさせてあげなよ。折角来てくれたんだから」
「うっうっうっうっ…」
しばらく使いものにならなさそうだなこれは。やはり私が代行してやった方が良さそうだ。もしかするとそのために立ち会ったのかもしれない。…うん、感想は差し控えておこう。
この地の葬送がどうなっているかは知らないが、死者との別れの挨拶に方法も何もあるまい。二人は公人というわけでもないし。言っては悪いが、流れ者のようなものだろう。親しかった者とのこじんまりとした葬送になるはずだ。埋葬はどうするのかは…まあ、蒼玉殿が生前に揺らぎ音殿に言付けているだろう、多分。
我が故郷では、死した者の魂は躯を燃やした煙と共に天に昇るのだと言われていた。土地によってはそのまま埋めたりモンスターに食わせたりもするそうだが、蒼玉殿は何を選んだのだろう。




