常備薬の在庫管理はきっちりと。
馳男と オル視点
「くっ…」
痺れの回ってきた躯を、どうにか安全そうな木に預ける。前回使った時に薬を補給し忘れていたようだ。致命的な凡ミスである。後はもう、運と時間の問題だ。同じ冒険者、あるいは商人の善人から薬を買い取れれば挽回できるし、最悪、他のモンスターや悪人に見つかってゲームオーバーということも考えられる。私は獣人族・ムートヘルシャーであるからして、流石に巨人族には劣るがヒトとしては大柄な方だ。この場での解毒なしに移動することは困難だろう。相手が妖精族であったりしたら猶更だ。
ふと、聴覚が草を踏みしめる軽い足音を捉えた。耳を澄ますと、機嫌のよさそうな、少し調子はずれの鼻歌も聞こえる。どうやら、天は私を見放していなかったらしい。
「蒼殿…」
「ん?おや、馳男殿じゃないか。重傷かい?それとも、毒か何かの状態異常か」
通りがかった顔見知りの迷宮商人が私を見てぴょこりと髭を揺らした。その瞳は意外そうな、そして面白がっているような色をしている。とはいえ、彼(あるいは彼女)は善良なヒトだ。私は素直に事情を話すことにした。
「悪魔の罠の花粉を吸い込んでしまってな。運悪く薬を切らしていてこの様子だ」
「悪魔の罠…ああ、あれか。それだったら手持ちにある。裸人族成人男子で一回一包だから、馳男殿なら一回二包かな?五包一組に今なら一包おまけで700ギメルぽっきりでどうだい」
「…ああ、仕方ない。頼む」
蒼殿はいっそ天晴なくらいに通常運転だった。市場価格よりこちらが少し心配になるくらい安いところまで含めて。確か、以前市場で薬を探した時は一包で1000ギメルを下らなかった。かといって、蒼殿は友人価格とかこちらが困っているから値引きとか、そのような色付けはしてくれない商人なのだが。
「まいどあり。…と、あんた、麻痺はどこまで回ってる?自分で飲めるか?」
「…まったく動けないというほどじゃないが、指先が言うことをきくかわからないな。すまないが、飲ませてくれないか?水は右腰の水筒に入っている」
彼は帽子に隠れていない方の耳をちょっと伏せて、それから肩をすくめた。
「仕方ないな。私も鬼じゃない。折角売った薬が無駄になるのもしのびないしな。少々失礼するよ」
蒼殿は私の水筒のふたを開けて膝に抱えるようにして持つと、薬を一包開けた。
「口を開けてくれたまえ。ほら、あーん」
一口で食べてしまえそうな小さな手と頭だと思いながら素直に口を開ける。彼は妖精族であるので私たちの種族の子供より小柄なくらいだが、おそらく大人だ。一人で方々を旅してまわっているくらいなのだから。
「よし、飲み込め。苦くても吐くなよ」
水とともに薬をなんとか嚥下し、一息つく。たとえ魔法薬の類でも飲んでから効き始めるまでに若干の時間がかかる。彼は水筒のふたを元通りに閉めると、いつものように樹木魔法で椅子のようなものを作ってそれに腰かけた。どうやら私が動けるようになるまで付き合ってくれるらしい。
「しかし、馳男殿にしては珍しい凡ミスだね。薬を切らすなんて。迷宮に入る前に確認しなかったのかい?」
「滅多に使わないものだからな。以前に使った後、うっかり補給し忘れていた」
「まあ、植物系のモンスターが多く住む迷宮を狩場にでもしないかぎり、年一回使うかどうかだろうなあ」
そもそもどんな毒にでも効く万能の解毒薬とか、そんなものは存在しない。原因となったものに対してある程度使い分ける必要がある。今回の場合は、いわゆる虫下しの類にも近い。
「とりあえず迷宮から出たら他にも切らしているものがないか確認をすることにするよ。蒼殿が通りがかったのは本当に幸運だった」
私がわずかに肩をすくめてそう言うと、蒼殿は目を丸くした後、にやりと笑う。
「おや。うちで買ってはくれないのかい。日用品の品ぞろえには自信があるつもりだったんだがな」
「あ、いや、そういうつもりで言ったのではないのだが…」
「はっはっは。まあ、明日、明後日くらいまでは緑陰の鼻先にいるだろうから、入用の物があればいつでも声をかけてくれ」
蒼殿はこの迷宮の傍にある迷宮都市の名をあげてにこやかな表情を浮かべた。からかい半分の台詞だったのだろう、おそらく。通名も覚えてもらっているし、私はおそらく彼にとって常連客のひとりとして認識されているはずだ。私も贔屓にしたいとは思っているのだが、いかんせん、私も彼も定住しないで世界を巡っている人間だ。同じ時に同じ土地に訪れなければ出会うことはできない。
カホはケットシーとしては表情豊かな方
同じ猫系の顔してる分オルに読み取りやすいのもあるが