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風見鶏の部屋  作者: kurogo
1/1

クリスマスイブ

ガコン!


ブゥンと鈍い振動音を発する自動販売機からブラックコーヒーを取る、やや熱され過ぎているのか手袋越しに持つのがやっとである。


「さむっ」

空風の吹くホームでコーヒーをちびちびと飲みながら電車を待つ、

視界の端に仲睦まじく手を繋いだ男女がみえる

そう

今日はクリスマスイブ

街は浮かれた空気のカップルで溢れている。

浮かれたは言いすぎか……これじゃあただのひがみだな。

再びコーヒーに口をつける、じわりと口の中が苦くなる昔からこの感覚は慣れないがそれが美味しい。

カフェイン中毒とかではないがどうしてもこの苦さを摂取したくなるのだ。

はて...苦いコーヒーが飲めるようになったのはいつからだったろうか。

遠い日々に思いを馳せる初めてブラックコーヒーを口にしたのは幼稚園の頃、父親が美味しそうに飲んでいたそれを1口もらった時だ全身がこわばって思わず口から吐き出し泣いた。

その時ソファをダメにして思いっきり怒られたな…


ドン

苦い思い出を噛み締めていると後から強い衝撃がはしり多少バランスをくずす、とくに痛くはなかったが手元にコーヒーの温もりがない。

手元をたどった先には先程のカップルの女

「ちょっと何すんの!」

「うぁ最悪」

心の声がつい口から出てしまった。


「最悪なのはこっちなんだけど?!」

「あ...すみません」

そこそこ高級そうなバッグに思いっきり飲みかけこコーヒーがかかっている...恨めしく後をみると蛍光色のトランク集団がガラガラと遠ざかり反対車両へと消えていった。

外国人か?とにかく迷惑な観光客だな…。

こうなっては弁明はできまい、できうる限り穏便に事を進めれればと思い振り向くと、鬼の形相でカバンを掲げる女がいた。


「弁償しなさいよ!」

そうなりますよね...はて幾らかかるのか、というか被害者大学生にたかってくれるな…。

仰ぎ見る空はどんよりと曇っていた。


*


あの後彼氏さんの気の利いたプレゼントのおかげで5万のバッグが1万円の弁償ですみ、私は1時間半程度の遅刻をし目的地へとついた。


閑静な住宅地の外れにある白い洋館は夕日を浴び薄くオレンジに染まっていた。

何年ぶりだろ...。

見上げた屋根には風見鶏がクルクルと回っている。

「おーやっと来た」

間の抜けた声が洋館からかかる、屋根から少し目線を落とすと2階からくせ毛の童顔男が見下ろしていた。

人畜無害そうな風貌こいつは 優

俗に言う幼馴染で、家族みたいな奴だった。

「すまん遅くなった」

「災難だったなー」


門柱にかろうじてくっついている、門扉に触れる。

金属同士が擦り合わさる耳障りな音がしてやっと人一人通れるくらいの隙間ができる。

来年の今くらいにはもう外れてそう…ここに通い始めたのは小五の頃、幾分かやんちゃな質だったためか、生傷が絶えない小学生だった。

当初は新築の匂いがした、洋館も今ではほこりっぽくなっていて階段はギシギシと今にも抜けそうな音をたてている、今抜けたらと思うと怖い。外枠の歪み始めた戸を開く

「おまたへ」

「もう用意出来てるぞ」

この洋館に元からあった大きめの丸テーブルに色とりどりの料理とケーキ

そして、淡く微笑む少女の写真。

この洋館の家主の一人娘綾子の写真だ。

──洋館2階の端の部屋は私達の間では風見鶏の部屋と呼ばれていて、いつも3人で遊んでいた。


「そんじゃ綾子の弔いはじめっかー」

間の抜けた優の声が空っぽの洋館に響く、部屋に入る前にも思ったが随分と寂れてしまった。

見上げた天井は壁紙が剥がれ壁はスプレーの落書きだらけ、多分近くの不良あたりがたむろしていたであろう形跡が残っていた。


「優インターン先でもう就職きまったんだって」

綾子の写真に語りかける、向かいでは照れくさそうに優が頭をかいて、口いっぱいのケーキをなんとか飲み込んでいた。

「で、お前はどうなんだよ」

行儀悪くフォークで指す優、綾子がこの場に居たらゆーくん行儀悪いよ!と怒っていただろう。

「どうってなにが」

「就職に決まってんだろ?3年だからってインターンもしないでバイトばっかしてこの先どーすんだよ」

と焦んないと時間ないぞ!と近くのポテトを口に放り込みながら優はスマホを手にとった。

「ほら、まっちんとかみつやんだってインターン先くらい決まってんぞ」

スマホの画面にはSNSでインターンが決まった事を喜ぶ投稿が並んでいる。

それはどこか遠い場所の事のように思えた、優が就職がほぼ決まった時は焦りも感じたが。


「考えてない訳では無いよ...ただまあしばらくフリーターとかでもいいかなって」

なんとなくだが就活に身が入らないのだ。

「はぁ?!おまえ大学出てフリーターって」

優の口に無理やりターキーを突っ込むふごふご言いながらも完食しようと口を動かすあたり可愛い奴だなと思った。

「親にも言われた、何のために大学出たんだって」

─学費は自分で出したとやかく言われる筋合いはない。

そう言って電話を切ったのは一昨日のこと。


「いきなり口に食べ物突っ込むな!」

「わるい悪い...とりあえず今はどっか海外行こうかなって思ってる」

「は?!はぁああぁ??!!?」

突然の告白に驚いた優は洋館が震えるような大きさの声で叫んでいた。



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