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「ふぁ…だる…」
未だ午前中だというのにも関わらず、眠たげな様子を隠そうともせずにそう呟くと夕海はべしゃりと机上へ突っ伏した。
本日快晴、所は大学構内のカフェ。
弾速と和気藹々とゲームを楽しんだ週末から明けて、月曜。
気だるさ眠気共に最高潮。
そんなわけでだらしなく体を投げ出したまま横向きにカフェの中を眺めていると、がら空きになった後頭部へ分厚い冊子が重ね置かれた。
「ちょ、待って落ちる落ちる!」
何が乗っているかまではわからないものの、唐突に頭へ乗せられた物が滑り落ちそうであることを察した夕海は慌てて手を添えた。が、その甲斐虚しく雪崩落ちた本が夕海の手の甲へと打ち付けられる。
「いっ…」
「まーた夜通しゲームしてたんでしょ?単位落とすよー」
ふんわりと緩く波打つ栗色の髪を掻き揚げて夕海を見下ろすのは、派手とはいかないまでもそれなりにばっちりと化粧を施して流行の服に身を包む女学生。気安い口調の彼女は机にへばりついて離れない夕海の面前に腰を下ろした。
「紗智子さんったら酷くない?痛かった…あ、おはよー!芽衣ちゃん」
「おはよ、ゆうちゃん。週末は例のアレやったの?えっと、なんだっけ…」
夕海に声を掛けられ、幼さの抜け切らない可愛らしい顔立ちをした女生徒は柔らかな笑みを浮かべて応じた。
彼女たちは夕海の大学における数少ない学友である。見た目からすれば青春をそれぞれ異なった風に謳歌していくタイプで仲良くなりそうもない二人だ。けれど、同じ学問を専攻し、しかも女性が殆どいない学科となれば自然仲良くなるものである。
それぞれ違う個性を持つ三人が集うからこそ、自分の知らない世界を知ることにも繋がった。それ故、夕海は二人と話をすることが楽しみでもあった。今日カフェでお茶しようと誘ったのもそれが所以である。こうでもしないと月曜は各々気になる講義を受けているため学内で出会う機会がない。
「ファントムリコンは週末予定合わなかったからやってないよ。で、夕海。オールドウィッチやったんでしょ。どうだった?あ、その前にプレイできた?画面酔いは?」
首を傾げた芽衣に助け舟を出して紗智子は矢継ぎ早に夕海に訊ねた。
紗智子は夕海の布教により、ゲーム狂への道を進みはじめてしまったところである。
「どう、どう。順番に話すから」
「ってことはプレイは問題なかったんだ、面白い?」
「さーちゃん目が怖いよ、落ち着いて」
爛々と瞳を輝かせて夕海を見る紗智子に、それをのほほんと嗜める芽衣。夕海は小さく笑いながら週末の話を始めた。
弾速とプレイした試合の内容をかいつまんで語ると終始紗智子は目を輝かせており、芽衣は馴染みない状況にふんふんと感心したように頷いていた。
しばらくして話し終えた夕海はずずと珈琲をすする。
「えーいいな、楽しそう。でもFPSってやっぱちょっと躊躇うんだよねぇ…」
「だよね、チャットで罵倒してくる人多いし」
苦い顔で罵詈雑言投げかけられた試合を思い出す。本当に初めてプレイしたとき、チャットのnoobの文字の羅列はすさまじかった。fukingという文字をゲーム上で初めて見た、あまり歓迎すべきでない思い出である。
「でもゆうちゃん、今すぐ帰ってやりたいってうずうずしてるでしょ?」
のほほんとしながらも芽衣は人をよく見ている。言い当てられた夕海はぎくりとした。
勿論夕海がわかりやすい、というところがあるのやもしれないが。
「やばい、芽衣ちゃん鋭いこわい」
「…よし、買う!夕海、手解きして」
「ええ!?私だって初心者に毛が生えた程度だよ」
「いいじゃん、夕海には心強い味方がいるんでしょ?」
「…!師匠か!さっちゃんボイチャいける?」
「もち!今夜、メッセ送る」
「あ、でも師匠の意見聞いてからね。駄目だったら私とランデブーしよう」
とんとん拍子に話を進めた後で夕海は我に返った。
「…さっちゃんのことなんて紹介しよう」
だが残念なことに我に返ったのは既に弾速へとメッセージを送った後で、そしてそれほど時間を空けずに色好い返事が返ってきたときだった。