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『ゆーJIさん、突っ込み過ぎ!Sから敵1…いや、足音増えてる、下がって下がって…あーそれは、マズイ』
焦る弾速の声に、夕海は震えた。彼の言い様からして結末は推して知るべし、である。
程なくして、猛烈な勢いで近付く足音に気付いた。左に2、右から1。前方に見えていた敵は、既に物陰に隠れてしまったのか影すらない。
(ぐえ。完全包囲だ…)
ざざざと砂を蹴る様な、擦れあう様な音が一定のリズムで響く。しかしそれはある一定の距離を越えると一つの破裂音に掻き消された。
パン
【ゆーJI killed by Slender★Man】
画面端に流れたメッセージに弾速が小さく苦笑したのがわかり、夕海は机に突っ伏して呻いた。
「また、行き過ぎてた…ごめんなさい…」
『あれれーおかしーぞー?見知った名前がキルログに流れてるよー?』
某見た目は子供で頭脳は大人な探偵の声真似、決して似ている訳ではない、と共に茶化す弾速に少しばかり申し訳なくなる。落ち込まないようにという配慮だろう。
VCを繋いでから数試合、事前に指示をもらえばよいものの中々引き際が上達しない。あと一発打ち込めば、という敵をやはり追い過ぎてしまう。
「ふがー申し訳ない!」
≪ゆーJI:俺が切り込み隊長だ!≫
落ちるテンションを持ち上げてタタンと軽快に文字を打ち込む。噴出した音が聞こえ、少しだけにんまりしてしまう。
『それは確実に自陣へ戻ってこれるようになったらね。今のままだと特攻隊長だから…ってことで、次は気をつけよう。これそんなにチーム人数多くないし、一人の欠けが結構前線に響くよ。まぁそれでも少しは動きよくなってると思うから落ち込まないように』
穏やかに諭されている間にリスポーンが完了した。気合を入れなおしてマウスを握り、プレイキャラクターを前進させる。
『あ、足音。ゆーJIさん足音よく聞いて、一人リスポーン狩りに行ったと思う』
言われてふと手を止める。
ざり、と微かに聞こえたのは…
「NW!」
武器を持ち替えグレネードを投げる。
次いで慌てたように走り出す音。再度耳を傾けてマウスを滑らせると物陰に収まりきらなくなった人影を捉えた。瞬間、夕海は照準を合わせ笑う。
「ビンゴ」
【Reskill★Man killed by ゆーJI】
『おっけー、今のはよかった。ゆーJIさんエイムは悪くないよね…っと、あぶな』
弾速にも褒められにまにましていると慌てたような調子の言葉の後、通話越しに発砲音を耳にする。ゲーム内からも近くはないが、遠くもない位置で撃ち合う音を聞いた。
《ゆーJI:フォローいきま》
一応チャットで予告しておく。
『く、っそ、狙い変えてきやがった…あ待った、ゆーJIさん来ない方がいいかも』
「え、もう近くにきちゃった…っよ!」
弾速の言葉に気をとられていると物陰の裏に潜んでいた敵と出くわした。驚きつつもナイフでキルすると近場から物音がする。
「SE…」
反射的に呟き、銃を構えた状態で歩み寄る。
ざり、と敵が半歩下がったらしい音にはっとした。
(違う。音の発生地点が微妙に違う、もっと…南だ。SSE!)
じりじりと近付いていくと不意にぬっと影が飛び出した。夕海は目を見開く。
「げ、もっと南寄りだった…!?」
マウスを更にスライドさせる。撃たれる前にカーソルはなんとか陰の頭を捕らえた。
(もらった!)
二つの破裂音が重なる。
ほぼ同時に流れたのは二つのキルログだ。
【Light★Man killed by 弾速】
【Shadow★Man killed by ゆーJI】
『はーあぶな、間に合った…』
微妙に位置が異なった銃声に夕海はそろそろと物陰の側面に回り込む。
「あぁ成程…」
≪ゆーJI:生身デコイとはやりおる≫
離れた位置で倒れているプレイキャラクター二つの残骸に夕海は素直に感心した。わざと音をたてたのは相手を撹乱するためなのだろう。
『いやーでもこれ多分俺も囮にされてたんじゃないかな。リスキル失敗したからまとめて抑えたかったのかも。返り討ちにできたのは大きかったけど…ゆーJIさん、僕は来ない方がいいかもって言いましたよね?』
≪ゆーJI:アッ…≫
『突っ込み過ぎの要因ですねぇ…でも索敵とエイムは大分良い感じだし、結果的にはナイスです。それじゃ味方と合流しましょうか』
そんな風に叱咤激励もらいながら、夕海は弾速と和やかにゲームプレイに勤しむのであった。