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「またやられたー!」
日も暮れてしばらくたったアパートの一室。近所迷惑を顧みず、叫ぶのは女子大生の夕海である。幸い、と称していいのか微妙だが、まだ壁ドンはされていない。
≪弾速:左から敵来てた。突っ込み過ぎはNG、ここテストに出ます≫
冷静に分析されて夕海はしょんぼりと肩を落とす。
足音は聞こえていたのだ。もう少しでやれそうだと思って深追いし過ぎたところを、援護にきた敵から一発頭に頂戴した訳である。引き際と押し際を何度も教えてもらうが、一向に進歩しない。
≪弾速:文字だとちょっときつい?VC入れるかね≫
「ん、んん!?」
萎えかけていた気持ちが思わぬ言葉に吹き飛ぶ。
(VCとか声で性別バレるじゃないか!ムリムリ)
素早くキーボードを叩く。
≪ゆーJI:あ、ごめん。俺マイクおmってない≫
焦って誤字混ざりにメッセージを送り、やばい伝わったかなと訂正を打ち直しているとプツと聞き覚えのない音を聞く。疑問符が浮かぶ頭に、更に衝撃を与える音が届く。
『あーあー…聞こえるかな?うるさかったら言ってください。ん、マイクない、かな?いいよ、僕が指示出すときに使うだけだから』
「なっ、なんだこのイケボ!!!!」
夕海は大声で戦慄いた。
ドンっ!
今度は隣人も許容できなかったらしく、程なくして見事な壁ドンを見舞われた。そのお蔭で我に返った夕海は雑念を振り払うようにふるふると首を振る。
≪ゆーJI:イケボかこのやろう。うらやめしい≫
『じゃ、次の試合…イケボ?いやいや冗談は顔だけにしておこうか』
≪ゆーJI:顔面偏差値低くてすみませんねww≫
『そこまで言ってないって。不快じゃないならこのままVCしとくけど、嫌だったら切るんで』
≪ゆーJI:np≫
『はいよ。そんじゃ次行こっか』
「低音ながら爽やか系イケボ…これは、勝てない」
ひっそりと声フェチでもある夕海は一人パソコンの前で震えるのであった。