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「あー無理だー!」
日が高く昇った時分、夕海はマウスを片手に叫んでいた。
本日は土曜日。学校に行く必要もないし、何か予定がある訳でもない。結果として朝からゲームに興ずる夕海であった。
弾速にゲームを勧められたあの日、彼はそれ以上言葉を重ねることなく、夜は用事があるからまたと言って会話は途切れた。個人チャットに誤って書いてしまったのかどうかは聞けず、一先ず夕海は勧められたゲームをプレイしてみることにした。
と、そこまではよかったのだが。FPSというジャンルに全く精通していなかった夕海は画面酔いこそしなかったものの、お世辞にも上手とは言えない腕前であった。
一緒に遊ぶためにはちょっと練習せねば、と目下奮闘中である。
「ふー休憩しよ…」
ごそごそと這うようにパソコン画面の前から離脱して、夕海は台所に移動した。
飲み物をと冷蔵庫を開けたところで朝から何も食べていなかったのを思い出し、軽く食べるかと冷凍庫を漁る。
簡単な食事を用意して戻ると、パソコンの画面にチャットのメッセージお知らせが出ていた。
≪弾速:やっはろー。遊びませんか≫
「あー弾速さんだ。そろそろ始めたって伝えよう、か…な!?」
またも個人チャットで飛んできている。
悩むこと数秒、夕海はキーボードに手を掛けた。
≪ゆーJI:遊びましょー。そういやおすすめされたヤツ買いましたよ≫
≪弾速:お、ほんと?どうです?≫
≪ゆーJI:中々楽しいんですけど、俺FPSやったことなくってド下手で≫
≪弾速:あーまぁそこらへんは慣れかなー≫
≪弾速:僕が色々教えたりするんで今からやりますか≫
≪ゆーJI:へーい≫
≪ゆーJI:てか何故に個茶?こないだ突然飛んできたんでびっくりしましたよ師匠!≫
≪弾速:グループだとFPS興味ない人ばっかりだし、あそこで話すと邪魔かなってw≫
≪弾速:んで、そろそろゆーJIさん買っているだろうと思ったから再凸≫
≪ゆーJI:えマジかww読まれてたw≫
かたりとキーボードに添えた手を下す。
少しばかり弾速という人間を見誤っていたようだと、夕海は苦笑する。
恐らく、人とある一定の距離を保とうとするのは間違いではないと思う。それは確証も根拠もない、夕海の直感ではあるけれど。弾速は自分と同じような人だと、出会った当初に感じていた。距離の取り方、言葉の選び方、話し方。隠そうとしても、同種の人間であれば嗅ぎ取れるモノがある。
だから、踏み込んでこないだろうと弾速に懐いていたし、向こうも懐かれて拒絶しないのは同種であると感じ取ってくれているからだと勝手に思っていた。
「あーでも…ゲームの前では一定の距離感も一瞬で霞む系のゲーム狂だった、かも。今回は引き入れる相手が一人もいなかったのね。どーしようかな、誰か誘えるような人いたっけ」
夕海がネット上で距離を保つのは理由があった。
それはネナベをする前のことが要因である。彼女は女性プレイヤーであることを隠していなかったが故、乱暴に言ってしまえば、オタサーの姫状態になった。それが紆余曲折を経て、ゲーム内のサークルクラッシャーになってしまったのだ。そこで夕海は理解した、ゲーム仲間に女性が入ってくることを嫌う男性が一定数以上いるのはこの所為なのだと。
どれだけ慕っていても、自分の情報は決して漏らさないし、匂わせもしない。オフ会なんてもっての外だった。リアルの自分を微かにでもネットに映してはいけないのだ、と夕海は男として振る舞うことを徹底した。
夕海は迷う。
既に約束は取りつけてしまった。今更断って気まずくなるのも嫌だし、このゲームの熱が去ればきっといつものグループチャット会話に戻れるのも見えている。これは経験則だ。グループの少数が何かハマったゲームがあれば別個のグループを立ち上げ、熱が去れば戻ってくるというのは今迄に何度かあった。
夕海もそうしたことがあったし、弾速もそうだ。立ち上げ主であったりなかったりもしている。
「んー…次やるまでに遊べる人を探しておこう」
悶々と悩んだ夕海であったがフレンド申請用のIDを送られたことで、夕海は断るという選択を消し去った。
選ばれたのは、問題の先送り、である。
遊べる相手とはとことん遊ぶ。腐ってもゲーマーな夕海であった。