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“弾速さん、俺と一狩りどうっすか”
チャットツールの画面を開いてカカタカタと文字を打ち込む。打ち終れば小さく息を吐いてパソコン画面から視線を外した。
顔を上げて窓の外を見やるとぼんやりと薄雲に覆われた月が視界に入る。日が暮れて大分経つというのに全然涼しくならないなと溜息を吐き出し、ぴっと軽快な音を鳴らすリモコンのボタンを押す。数秒後、ごごっと喧しく鳴きながらエアコンが稼働を始めた。
「あぁ…生き返るうぅ」
緩やかにそよぐ冷風を浴びだらしなく顔を緩めていると、チャットツールにコメントを書き込む表示が表れた。お、いたいたと満足げに笑っている間に、画面にぽんっと文字が浮かび上がる。
≪弾速:40秒で支度しな!≫
いつもと変わらないノリに小さく笑みを零しつつ、いそいそと協力プレイの準備を始めた。
これが、学校から帰宅した柏木夕海の日課の一つである。
夕海は今年3年生になった大学生である。
趣味がゲームで、男性プレイヤーの多いゲームをプレイすることが多いためネット上ではネナベをしている。という点を除けばごくごく普通の、どちらかと言えばやや大人しい感じの女子大生だ。
ゲーム好きが高じて、彼女は今情報系の学科で学んでいる。
工学部に存在するその学科は夕海がプレイするゲーム内のように男女比が激しく偏っており、やや肩身の狭い思いをしている。
それでも女性が皆無という訳でもなく、気の合う学友と知り合えそこそこ充実した学生生活を送っていた。
「はーやっぱ弾速さん強い!レベル上げが捗るわぁ…」
一頻り遊び終えた夕海は、今日はありがとうございましたとメッセージを送ってゲームを終了する。
弾速、というのは大学1年生の頃にMMORPGを通して知り合ったゲーム仲間だ。夕海が知り合った中で一番ゲームの腕が確かで、ノリ良くありながらも穏やかな人柄であり、夕海は師匠として慕っている。
師匠と呼ばれた時の反応は満更でもなさそうだったので、きっと嫌われてはいないハズ、と夕海は弾速に大分懐いていた。
「やるゲームの趣味も似通ってるし、心強い師匠だよホント」
ふうと小さく息をついて寝転がる。
ゲームをプレイした程良い疲労感と快適な室温に、夕海はいつしか眠りに落ちていた。