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君は2番目

作者: どくだみ

 よく、春は出会いの季節だと言われる。景色が桜の花びらに彩られて、世の中が光輝いて見える時期だ。


 だが出会いの前には、必ずと言っていいほど別れが待ち構えている。


 そして。大抵の場合、それは悲しい。





 3月上旬。


 快晴の天気に祝福されながら、卒業式はつつがなく幕を閉じた。

 各クラスでのホームルームも終わったようで、今は各々が別れを告げる時間。

 体育館の出口や校門の前などそこらじゅうに、卒業生と親と教師が入り混じって談笑している。その人ごみの中を、私は縫うように駆け抜けていた。


 なお、私は卒業生ではない。


 片付けで慌ただしく動く、生徒会のメンバーという訳でもない。


 ある男性(ひと)に。たった一人の人物に会うためだけに、私は息を切らせながら学校中を駆けずり回っている。





 私が探している相手というのは、剣道部の先輩だ。年は一つ上で、優、という名前。知りあったのは私が一年生の頃になる。

 入部したばかり、加えて女は私一人だけだったせいでガチガチに緊張していた私を、優しく導いてくれたのがその先輩だった。先輩の笑顔を見ると、私の心は自然とほぐれてくる。初めて会ったその日から、私は先輩を慕い始めた。



 そしてその思いが恋に変化するまで、そう長い時間は必要なかった。


 

 ありきたりで安っぽい話だと、嗤いたいなら嗤えばいい。恋に幻想を抱いているんだと、罵りたいなら罵ればいい。

 でも、私のこの気持ちだけは、誰にも馬鹿にはさせない。後悔だけはしたくないのだ。





 何度か注意を受けながら走り回り、A棟とB棟を結ぶ渡り廊下で、ようやく先輩の後ろ姿を見つけた。同じ卒業生の友達と、楽しそうに喋っている。男同士の友情というやつなのだろうか。何となく入っていきづらい。上級生に対する引け目もある。


 そうして給水機の陰でモジモジしていると、何と向こうに気づかれてしまった。


「優!お客さんが来てるみたいだぞ」

「え?あ、結衣ちゃん!」


 あろうことか先輩が手を振ってくる。これで私は出ていかざるを得なくなった。


 心臓の鼓動がうるさい。急に恥ずかしくなってきて、たった数メートルの距離を進むだけなのに先輩の姿を直視できない。

 きっと今私の顔は、誰が見ても分かるくらい真っ赤なのだろう。


「優、俺は先行っとくからな」

「ああ」


 ありがたいことに気を利かせてくれたみたいだ。立ち去る間際、私にだけ見えるような位置でウインクを残していく。頷いてそれに答えつつ、私は静かに覚悟を決めた。


「何かな、結衣ちゃん」

「え、えっと、卒業、おめでとうございます」

「ありがとう」


 次に言う言葉は、もう決めてある。


「お願いがあるんです」


 だがそこまで言った所で。私は、先輩が着ている制服のボタンが2つ分足りない事に気づいた。


 足りないだけならまだいい。しかしだ。その無くなっているのが“第2ボタン”だった時、それは大きすぎる意味を持ってしまう。


「・・・あ」


 制服の上から二つ。つまり第1ボタンと第2ボタンの場所がぽっかりと空白になっていた。私の視線はそこに吸い寄せられて、そして言葉を失う。


 それは、名も知らぬどこかの誰かに、私が負けたということ。


 一瞬の間を置いて、胸が張り裂けてしまいそうになる。



 ――――泣きそうだ。



 たった一つの願いが叶わない。それだけのことがこんなにも苦しい。


『私に、第2ボタンをくれませんか』


 そう、勝負に出るつもりだった。だが勝負以前に、私は既に負けていたのだ。


 口から、言葉にならない息が漏れた。


「どうしたの?」

「何でも・・・ありません。失礼します」


 もうだめだ。

 私は踵を返した。これ以上ここにいると、多分泣いてしまう。


「結衣ちゃん!」


 私の名前を呼ばないでください。

 呼ばれた分だけ辛くなるんです。


「結衣ちゃん待って!」


 足音の直後、私は先輩に肩を掴まれ、振り向かされた。


「先輩」

「渡したいものがあるんだ」


 先輩はそう言うと、握り拳を私の目の前で開いてみせた。

 

 その中には。


「ボタン・・・」

「そう。今日結衣ちゃんに受けとって欲しくて、とっておいた」


 ――――え。


 それはつまり―――――そういうことなのか。期待していいのだろうか。


「それは・・・どっちのボタンですか?1番目と、2番目と」

「そんなの決まってる」


 先輩は私の眼を見て、言った。


「君のは2番目さ」



 ――――ああ、神様。



 こんなにも素敵な2番目が、他にあっただろうか。


「・・・1番目は?」

「結衣ちゃんより先に1人来たんだ。その子にあげた」

「私が・・・もらっていいんですか」

「もらって欲しいんだよ」 


 胸が高鳴る。

 先輩の視線が、私の心と体を捕えて離さない。


「結衣ちゃん」

「はい」


 夢みたいに。

 私は今、最高の気分だ。


「ずっと前から、好きだった」

「私もです、先輩」


 見つめ合う私たちの間を、ライラックの花びらが風に乗って駆け抜けていった。






 春は出会いの季節と言われる。



 同時に、恋の季節でもある。



 だが、別れの季節でもある。




 その年。私にとって、春は2番目のそれだった。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやぁ、これは意表を突かれました。 この題名と話のセンス。 敬服します。
[一言] タイトルに騙されちゃいました。 そちらの「二番目」だったのですね。 甘くて若い、春の恋。 青春時代にしか出来ないような、純粋な恋ですね。 ウインクして去って行った彼の友人、いいひとですね。…
[良い点] あまーい!(^.^) [一言] 砂糖を求めて参上した黒椋鳥です。 作中でも明言されましたが、こんな素敵な二番目がこの世にあるでしょうか……。いや、ない!(断言) そして締めの二番がまた素敵…
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