第1話 湧き水
「ん、んっ……。まぶし……。んっ、もう朝か。ふぁぁ……」
今日も学校に行って授業中は寝るだけ、放課後は部活。そんで、寮に帰ったら及川と夜までゲームをする、いつも通りの“良く言えば平和な、悪く言えば退屈な”1日が始まった。
あ、でも今日は水曜日か。それなら体育あったな。とりあえずそれを楽しみに今日は過ごすか。
それにしても、やけにまぶしいな…。なんか鳥の鳴き声も聞こえるし。カーテン締め忘れた上に窓開けっぱなしで寝ちゃったかな。
あー、昨日疲れてたから及川の部屋から戻ってから制服も脱がずにベッドに沈んじゃったのか……。
あと5分と言いたいところだけど、シャワーも浴びなきゃだし、起きますか…。
「…………え?」
も、り……?
これは…森だよな?
木が3本以上ある。うん、森だ。
「いやいやいや、そうじゃなくて……」
俺は聖フランチェスカ学園の寮の自分の部屋で寝てたはず…ですよね?
……自問自答してみてもその問いには自信をもって「Yes!」とは言えなかったけど、“森で寝てた可能性が1%でもありますか?”という問いにはさすがに「No!」と胸を張って言える。
「そ、そうだ!」
及川がドッキリで夜中にこっそり俺を森に運んで面白がってるんだ。
ったく、あいつも手のこんだことするなぁ。
さーて、騙されたフリでもしながら、どこかで見てる及川を探し……
「っ!?」
――そこにいたのは、熊。目の前にいる人間という動物を自身の“朝食”にしようと狙いを定めた、まるで戦場で敵国の王、それも温室で育てられ広い世界を知らない、そんな王を今にも討ち取らんとする武将のような目をした、熊。
「は、はは……」
及川のやつ、ず、随分とドッキリに情熱かけるじゃねえか。本物の熊を用意するなんてよ……。
で、でもそろそろ良いんじゃないか?もうリアクションの撮れ高とれたよね?
そろそろお決まりの“ドッキリ大成功!“って書かれたボード持って現れてもいいんじゃない?
ねぇ、及川くん!いや、及川さま!
「う、うわぁぁああああああああああああ」
逃げろ!逃げろ!逃げろ!
死んだふりは実はダメだとか少しずつ後退して敵意のないことを見せるのが良いとかそんなテレビ番組で得た知識を総動員する余裕なんてなく、とにかくその場から離れることしか考えられなかった。
熊に脚の速さで勝てるわけない、とかそんな冷静な判断を頭が処理して神経を通して体の末端に伝えるよりも先に恐怖が脚を動かしていた。
「はぁっ……、ふ、んっ! はぁっ!……」
逃げる?どうやって?わからない。
逃げる?どこまで?知らない。
でも止まったらやばいことだけはわかる。
――とにかく脚をがむしゃらに動かし続けていた、その時
「あっ、熊だ! 逃がすもんか! んー、それっ!」
「えっ!?」
不意に女の子らしき声が聞こえた直後、周りの木々がなぎ倒されるものであろう轟音と共に後ろの獣が悲鳴を上げ気配を彼方へ飛ばしていった。
恐る恐る獣の気配が飛んでいったその方向を見ると、そこには意識を失って伸している、いや死んでいる熊の姿があった。
「はぁはぁ……。は、はは……、たす、かった……のか?」
よくわからないが、助かったようだ。何がどうなったのか。そもそもどうやって逃げられていたのかもよくわからないが、どうにか窮地は脱したようだ。
「ふぅ……。それよりも、今の声は……」
「もう1頭いたような……。んー、それっ!」
ヒュンッ
「うぉおい! 危ねぇ!」
窮地を脱したとか言ったのはどこの誰ですか。
――鼻先を鉄球らしきものがかすめていき、おそらく俺のものと思われる髪の毛がぱらぱらと落ちる。
「待て待て待て!俺は人間だっての!」
「へ?」
とりあえず声を出して、人ですよ、ということを伝える。
すると、木々の向こうから幼げな女の子が姿を現す。
「あ、ごめんなさーい。熊かと勘違いしちゃいましたー」
「おいおい」
鉄球のようなものを持ちながら現れた女の子は桃色の髪の毛をした幼い感じの子。
見た感じ、中がk……ゴホンゴホンっ。なんかこれ以上は言ってはいけない気がしたので、やめとこう。
それはさておき、こんな小さな子があんな重そうな鉄球よく持てるな…。実はステンレス製で意外と軽いとか?
いや、それじゃ熊は倒せないか。
「兄ちゃん、どこの人? ここらへんじゃ見たことないし、服も変なの着てるし」
「えっと……浅草にある聖フランチェスカ学園の学生だけど……」
服が変ってそうかな?俺以上に君の服もなかなかに21世紀のものっぽくないけど…。
「あさくさ……? せいふらんちぇ……? お兄ちゃん、何言ってるのか全然わかんないよー」
「え? 聖フランチェスカ学園はともかく、浅草は知ってるだろ? ほら、東京の」
「とうきょう? そんな地名あったっけ?」
「………………」
どんな田舎の出身だとしても現代の日本に東京を知らない人がいるのか?一応、言葉は普通に通じてるから日本人だと思うんだけど……。
「と、とりあえずここはどこ? 何県かさえわかれば……」
「えーっと、ここは陳留だよ」
「……はい?」
ちんりゅう、チンリュウ、陳留。
「陳留って、あの陳留!?」
「うん、そうだよ?」
陳留って確か三国志の話に出てきた地名だったはず…。いや、今でも地名は残ってるのかな?
「そういえば、兄ちゃん、名前は? ボクはね、許褚!」
「あ、あぁ。俺は北郷一刀……って、え? きょちょ?」
「うん!」
きょちょ、と言われて思い浮かぶのは三国志の許褚しかいない……。とは言っても、三国志の許褚は大柄な男の武将なわけで。
たとえこの子が許褚の子どもの頃だったとして、そもそも性別が違うし……。
さっきから耳を疑う言葉ばかり出てくるので、頭の中は混乱気味だ。
でも、陳留と許褚。そして、東京を知らないってことを考えると出てくる答えは1つしかない。
それを確かめる質問は……
「許褚ちゃん、曹操って人、知ってる?」
「そうそう……? あ、曹操さんのこと? あの人が陳留のしし……?とかいうのになってから街の方は暮らしやすくなったって評判聞くよ!」
「やっぱり……」
ビンゴだ。いや、正直信じがたいけど、今のこの状況を上手く説明できるのはこれしかない。
“三国志の時代にタイムスリップ”
目の前にいる許褚だという子が女の子、とかいうわからない部分もあるけど、こう考えるしか納得しようがない。
そんなゲームや漫画みたいな話が本当にあるのか。でも、信じる・信じないとかじゃなくて、そう自分を納得させるしかない。
「兄ちゃん、どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
「ふーん、変なの。それより、兄ちゃんはこんなところで何してたの?」
「何してたか……うーん、旅?」
時間旅行みたいな?
「へー、旅人さんなんだね。どこに行こうとしてるの?」
「んー、わからない」
「なにそれー。目的もなく旅してるの?」
いや、そんな流浪の人間みたいに言われてもなぁ。
「そういうわけでもないんだけどな。うぅむ、どう説明したらいいかな……」
現代人の俺でもよくわかってないのに、この時代の人にタイムスリップを理解してもらうにはどう説明したらいいのやら。妖術の一種だよ、と言うのが理屈的には正しい気もするが、そんなの「自分は妖術師です。怪しい者なんです」って言ってるようなもんだしなぁ。
「うーん、俺は未来から来た、とでも言えばいいのかな? 俺もよくわかってないんだけどさ」
「んー、ボクよくわかんないっ」
「ははは、そうだよなぁ……」
ぐー
「あ……」
「あれぇ? 兄ちゃん、もしかしてお腹へってる?」
「はは、そうみたい……」
恥ずかしながら盛大にお腹の音を鳴らしてしまった。そういえば熊から逃げるの精一杯で何も食べてないことを忘れてた。
どうしよう、食べ物なんか持ってないしな……。
「兄ちゃん、ボクの村に来る? さっき獲った熊もあるし、一緒に食べよ!」
「い、良いの?」
「うん! ここらへん数は少ないけど盗賊とかもいるからうろちょろしてると危ないしね。兄ちゃん、見るからに弱そうだし」
「はは…」
年下の女の子にはっきりと“弱そう”と言われるのは男として悲しいが、事実この子よりは弱いだろうから仕方ない。
それに盗賊とか物騒な単語も聞こえたので、ここはお言葉に甘えることにしよう。もう熊に追いかけ回されるのは勘弁だし……。
「じゃあ、許褚ちゃんの村に行かせてもらおうかな。すぐに近くにあるの?」
「うん! あ、ボクのことは真名でいいよー。真名は季衣っていうんだ!」
「真名? 何それ?」
「んー、本当の名前っていうのかな。なんか信用できる人にしか教えちゃダメな名前なんだよ!」
「へー。それを俺なんかに教えちゃって良いの? さっき会ったばかりだけど……」
「うん! 兄ちゃん優しそうだし!」
「そっか。ありがとな、季衣。俺には真名ってのはないんだけど、呼び方は一刀でもなんでもいいよ」
「じゃあ、兄ちゃんのままで! よろしくね、兄ちゃん!」
「ははは。あぁ、よろしくな」
どうやら信用はしてもらえてるみたいだ。いきなり熊に襲われたときはどうなることやら、と思ったが、なんとか生き延びていけそうだな……。
読んでいただき、ありがとうございます。
とりあえず続きを書いてみました。
とはいっても、お約束の出会いの場面なのであまり面白みはないかもしれないですが……。
文章を書くというのは難しいです。特に小説となると。
擬音だとか動物の鳴き声なんかを直接的に書くとどうにも幼く感じてしまうので、色々表現を考えなければいけないのですが、かといってお堅く書きすぎても恋姫感がなくなってしまう。
そこのバランスが大変です。
原作だと、もう少し擬音とかも文字におこしてる気はしますが、少しずつバランスをとっていきたいと思います。
あと、二次創作ならでは難しさも感じました。
例えば、季衣の「ボク」をとっても、「ぼく」なのか「ボク」なのか「僕」なのか。
些細な違いですが、できるだけ原作の雰囲気を残したいので、そのたびにゲームで確認してます…w
ゲームだと声があるので、細かい表現は意外と覚えてないものですねー。
内容としては、まだあの子が出てないですが、次には出します。
最初に会う子があの子のパターンも考えてみたのですが、あまり良いのが思いつかなかったので、季衣に案内役をしてもらいました。
実際、あの子が登場したらあの子の方の描写が多くなってしまうと思うので、出せる時に他のキャラを出していかないと比重が偏りすぎてしまうという意味も込めて……。
第2話も早めに投稿できるよう奮励努力いたします。
もし少しでも興味をもっていただけたら、次話もよろしくお願いします。
※ちなみに他国だと呉は思春、蜀は恋が特に好きです。決してロリコンではないのです(笑)