キモすぎ男子と超絶美少女の私。。
西田亮斗が転校してきたのは小1の夏休み明けだ。
「にしだ あきと ですっ!!」
教壇の横に立った彼は顔を真赤にしながら、精一杯の声で自己紹介をした。
彼を見た途端、女子たちが「キモすぎ!!」「カッコいいのは名前だけ」と囁きあった。
消しゴムを忘れて困っていた彼に私は自分のを半分ちぎって渡した。
数日後に彼がおずおずと近寄ってきてキラキラネリケシを差し出す。
それはみたこともないような蒔絵模様の見事なネリケシて、聞けば彼が自分で作ったのだという。
「バケモノー!バケモノー!」
直人達のグループがこの日も亮斗をからかい、いじめていた。
私は直人を箒で叩くと言った。
「キモイものイジメはやめな」
「なんだよ!?キモいんだからイジメたっていいだろ!?」
「キモいからってイジメていい理由にならないよ」
「な、なんだよルー、ちょっと顔が可愛いからってよ!」
「キモいものをイジメていいなら、私があんたをイジメてもいいってことになるね!」
私は瑠奈だから「ルー」と呼ばれていた。
泰樹が直人に言った。
「やめようぜ」
男子たちが口々に言う。
「ルーに嫌われるぞ」
「俺たちはルーに嫌われた奴とは遊べない」
「わ、わかったよ!」
女子たちからも口々に言われた。
「なんでこんなに可愛いルーが、あんなキモい亮斗と仲良くできるの?」
可愛いとよく言われる私であったが、あまり言われると照れくさい。
そこでとりあえず「わからんな。やっぱり心も美しいんじゃないかな」と言っておいた。
私が通っていた算数教室に亮斗が入会してきた。
私たちはよく隣同士になって、わからない問題を教えあった。
彼は順調にキモ男に成長していった。
小5の秋の始まり頃。
教室終わりに一緒に帰っていると亮斗が神妙な顔をしている。
「乃○坂46」や「猫田のことが気になって○方がない」の話をしていたが、ある時から反応がない。
「聞いてる?」
私が言うと、亮斗は真っ赤な顔でうつむくばかりだ。
無駄に広い額がヒクヒクと動きいかつい獅子鼻からは太い鼻毛がそよいでいる。
沈黙の後、突然「好きなんだ、ルーちゃん!」と言ってきた。
「えっ!?」
亮斗は私に向き合うと、しっかりと目を見て、肩を持って、繰り返した。
「大好きなんだ!」
路上で、突然のことだったので私は動転した。
生温かい鼻息が頬に当たる。
「ルーちゃんは俺のこと、どう思う!?」
「ど、どうって……」
「どう思う!?」
亮斗が血走った目で私を見つめる。
人気のない道とはいえ、通行人の姿もなんとはなく視界に入る。
真っ白になった頭のなかで声が聞こえる…。
――私も好きだよ、亮斗のこと。
それが口をつこうとする瞬間、私の全身はカッと熱くなり、気がつけば亮斗を突き飛ばしていた。
私の口からはこんな言葉がほとばしった。
「いやだ!キモイ!!」
亮斗から逃げ出すと更に私は思ってもないことを口走る。
「嫌い!もう近づくな!キモいんだよ!!バーカ!!」
私は走った。走りながら涙が溢れて止まらなかった。
バカ…バカ…、バカは私だ!!
それから学校でも算数教室でも亮斗とは目を合わせることもなく、話すこともなくなった。
私は中学受験のための進学塾に通い始めたから学校外で亮斗に会うこともなくなった。その後ター坊や泰樹、祐成、更には直人からも告白されたが、亮斗にしたよりは、ずっとマシな、人として責められることのない断り方ができたと思う。
小学6年の時に模擬試験を受けに行った。
「ルーちゃん」
振り返ると亮斗がいた。何か言いたそうだが言葉がでないようだ。
別の塾からの参加者の中に亮斗もいたのだ。
「小説を書いてるんだってね」
私はそれだけ言うと、さっさと自分の席に戻ったから亮斗の顔はしっかり見ていないが、やっぱりキモかった。
私は無事に名門私立女子中学校に合格した。
学校パンフのモデルになってほしいと言われ、掲載したところ芸能事務所やモデル事務所から問い合わせが殺到したというが私の知ったことではない。
女子校というところは女子からラブレターをもらったり……、それは噂に聞いてはいたが、私の靴箱には毎日のようにラブレターが溢れた。
2年、3年、そして高等部にあがる程にその量は増えていった。マンガかよ?靴箱をあければ洪水のように溢れてきて、どうやって入れたんだ?と思うこともよくあった。
私は地域のレジェンド美少女と呼ばれているらしかった。
友人や後輩たちから口々に言われる。
「読モに応募したら?」
考えたこと無いよ。
「乃○坂のオーディション受けないんですか?」
それは少し考えた。
学校の前には私目当ての他校男子が出没し、大学生がクルマを用意して迎えに来ることさえあった。
小学校時代の男子がスラリと垢抜けた姿で現れることもあった。
私は断り方だけがうまくなっていった。
亮斗とはあれっきりだったが、どうやらそれなりの難関校に合格したらしい。
「ごめんなさい」
今日もまた、告白してきた男子を断った。
「でも可愛いよっ!」
捨て台詞?を残してイケメン男子は去っていく。
しばらく歩くとまた告白者と思しき男子が立っている。
「ルーちゃん」
亮斗だった。
成長して巨大化した亮斗は更にキモくなっていた。
よりゴツゴツ、デコボコになった顔には分厚いキモ眼鏡、つきだした分厚く赤い唇、ボッサボサの髪の毛、ヌメッとした豚のような手には赤いブツブツ、寸胴な身体とやはり豚のような短く太い足、その毛深くてベトベトした手には自作の小冊子を持っている。
これを読んで欲しいという。手汗で端々がウネウネとしていた。
おずおずと差し出すしぐさはネリケシをくれた時と同じだ。
私は頷いて受け取った。
亮斗は「オレ、時々ルーちゃんの家まで行ったり、後ろからつけたりしてたけど、ずっと声かけられなかった」などとキモいことを言う。
そのまま汗ばんだ顔でクルリと回れ右して帰ろうとする亮斗。
「待って、亮斗」
私の声に立ち止まる亮斗。
私たちは黙って歩いた。
公園のベンチ。私と亮斗は久しぶりに二人並んで座った。
冊子を読む私の横顔を亮斗がキモい顔と荒い息でじっと覗き込んでいる。
こんな内容だった。
「醜い豚がお姫様に恋をする。勢い余ってある日愛を告白してしまうが醜いブタめ!とフラれてしまう。豚なんだから豚を好きになればいいのに、身分をわきまえよう、そう思ってはみたものの、いつまでたってもお姫様が忘れられない」
キモい小説だった。私はひとつだけ指摘した。
「お姫様は豚のことが好きだったんだと思うよ。気持ちって隠せないんだ。豚もきっとそれがわかってた」
意外な感想に亮斗は目を白黒させる。
「す、好きなのにこんな酷いこと、言、言えるのかな?」
私はじっと亮斗を見て言った。
「好きだからだと思うよ。……私もそうだったから」
亮斗が真っ赤な顔で立ち上がると私の目をしっかりと見て言った。
そう、あの日のように。
「お、俺、一人エッチはいつもルーちゃんでシてるから!」
なんともいえずおぞましい。
「そんなこと言わなくていいし、ほんとにキモいし……」
「ご、ごめん、なんでオレ、こんなこと言っちゃうんだろ、本当にゴメン、あの時だって」
キモい顔を赤くしたり青くしたり、必死にペコペコとキモく謝る亮斗。
「別にいいよ。男子なんだもん」
亮斗は真顔になって私に向き直ると深呼吸してから言った。
「ルーちゃん、オレ、やっぱりルーちゃんのことが好きなんだ、大好きなんだ!」
私は冊子を胸に抱いたまま立ち上がった。
「ずっと待ってた。迎えに来てくれるのを」
それから亮斗の無駄に分厚い胸に額をくっつけた。
「こんな私で良かったら」
亮斗のキモい腕が私をギュッと包んだ。