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 ロランの葬式の日は晴天だったらしい。とても可哀想だ。本人はあんなに「生き残りたい」と言っていたのに、葬式の日が晴天だなんて、まるで死を祝福されているようで、本人の希望とは違ったんじゃないかな。そういえば昨日、僕はユーリに「死にたくない」と言った。本心かどうかと言えば本心であることに変わりはないのだが、特に深く考えずに口から出た言葉だ。「言った」なんて意思のある行動ではなく、「口からこぼれた」という感じだったと思う。それで、僕の葬式の日が晴天だったのなら、ユーリは僕のことを可哀想だと思うのだろうか。正直僕は自分の葬式の日の天気などどうでも良い。それなのに、意味不明な理由で憐れまれたら面倒だなぁと思う。だから、「死にたくない」なんて簡単に口にするべきじゃなかったんじゃないかな。

 寒さの中、暗い気持ちになるのは簡単だ。それではダメだと思って僕はニューセン用のイヤホンを耳につける。別にネットの世界が明るいわけではないが、少なくともネットの住民たちのほとんどは今まさに戦争と向き合っている兵士ではない。要するに、この鬱蒼としたテントよりは明るいということだ。


 「ロジオン、コーヒー持ってきてやったぞ……ってまたネット?日本軍が迫ってるって話なのに、相変わらず緊張感ないんだな」


 ニューセンを起動しようとした時だ、ユーリが熱いコーヒーを僕の顔に押し付けた。


 「緊張感故の現実逃避だよ現実逃避。現実逃避とネットは最高……」


 ユーリが来たから、僕はイヤホンを外して、寝そべりかけていた身体を起こした。暗い気持ちを紛らわすのにネットは一番だが、ユーリも負けてはいない。だから別に「ネットやりたいから」、と追い払うような相手でもないのだ。


 「現実逃避って……お前の場合ネットの方が現実なんじゃねーの?」


 「んなわけないじゃん。ネットは性格も容姿も人間関係も何もかも自由に作れるんだよ?いくらネットにいる時間が長くても、現実とネットには越えられない壁があるんだよ」


 「つまり?」


 つまり?って何だよ、今の話に要約するところはないだろ。話を聞く気がないだろ、っとツッコみたくなる欲求を押えて、僕は要約して言う。


 「現実は地獄、ネットは天国ってこと」

 

「えー?それはどうかな…」


 ユーリは異議ありというような顔をして続ける。


 「ネットって楽しいけどさ、性格はなんだかんだで偽れないし、人間関係だって上手くいかないことも多いしさ、ストレスになることも多いよ。俺なんて何度ネットをやめたいと思ったことか。でもやめられないんだよね。これもう麻薬だな」


 「えー…ネットがストレスなんてそんなことあり得るのかよ?」


 いや、あり得ない。性格が偽れないというのは、ネットと現実を重ねて見ているからだ。ネットと現実は天と地ほどの差がある、完全なる別世界なのだと理解していれば、そんなことにはならない。僕は誰に教わらなくても、はじめてネットの世界に触れたときから、そう思っているのだが、世界にはそれが理解できない人で溢れかえっているのだ。ツイッターで現実の世界の知り合いと繋がっている人、ブログに自分の写真をアップロードする人、そういう人に僕は違和感を覚える。だって、それは現実でやるべきことであって、ネットでやることではない。


 「前から思ってたけど、お前ネットで生きる才能めちゃめちゃあると思うぞ」


 「は?才能って……」


 「いや、結構有能な才能だと思うんだけどなぁ、それ。てかお前、ハッキングとかも得意らしいじゃん?なんで歩兵なんてやってんの?」


 「なんでって…」


 「サイバー軍にでも入ればよかったんだよ。そしたら『死にたくない』なんて言わずに済んだのにさ」


 「あぁ、『死にたくない』ってのはさ、もう言うのやめたから。もう忘れて」


 「えぇ…お前ホント難しい奴だな」


 自惚れは良くないと言うが、僕のハッキングの腕だけは過信をしても罪にはならないだろう。でも、何度も言うようだがネットの世界は現実とはまるで違うのだ。だから、現実の仕事にネット関係のことを持ち込まなければならないというのなら、僕はたちまちネットでの居場所を失ってしまうだろう。だから、ハッキングを仕事にするようなサイバー軍には入れない。要するに、ネットで生きる才能はあっても、現実で生きる才能はないのだ。一応、一度だけ軍にミサイルを管理するプログラムを提供したことがあるのだけど。なんて、どうでもいい思考を巡らせていると不意にテントの灯りが全て消えた。


「奇襲だー!」


と叫び声が聞こえたのは、耳を裂くような銃撃の音が聞こえた後だった。


 「はぁ⁉こんな夜中に⁉ふざけんなよ!」


 ユーリは乱暴にそう言い捨てると、まだ中身の入っているコーヒーを投げ捨てて、銃を持って立ち上がった。飛び出したコーヒーが僕の指をかすめる。思わず指をひっこめるほど、まだそのコーヒーは熱い。奇襲とか、ふざけるなよ、まだ全然立ち上がる気分じゃないのに。僕以外の皆はすでに慌ただしく声を掛け合いながら走り回っていた。


 「おい、死にたくないんじゃないのかよ⁉早くしろ、もう行くからな!」


 そう言ってユーリも僕をおいて、喧騒の中へと消えて行ってしまった。死にたくないってのは忘れて、って言ったじゃん。ユーリがその言葉を忘れる前に死ぬわけにはいかないよな。僕の葬式の日にユーリにつまらないことを考えさせるわけにはいかないのだから。


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