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二度寝を繰り返すほどに、見る夢は悪夢へと変わっていくのはなんでだろう。喉がカラカラになって不快感のあまり、ペットボトルを手にとって飲み干す。開封して3日が過ぎたからかな、鉛筆削りのようなにおいを含んだ懐かしい味がする。それから携帯に目をやって、今が16時だと知る。もう16時かぁ、あ、でも寝たのは確か昼の12時頃だから、4時間しか眠ってないんだ。まぁ、眠い時はいつでも寝れるから睡眠不足なんて大した問題じゃない。これがニートの特権なんだよね。

 私はニューセン用のイヤホンを耳につけて目を閉じ、いつものようにネット空間の中へと移動する。


 Hello! New Century!


<ニューセンチュリー>、通称ニューセン。こんなに素晴らしいブラウザを発明した人類は偉大だと思う。専用のイヤホンを装着することで、ネット空間を実際に歩き回ることが出来る、仮想現実型のブラウザだ。ニューセン内では、自分の好きなアバター、要するに自分好みの姿となることが出来る。もちろん、名前も自分好みの名前を使うことが出来るし、まるで仮面舞踏会みたいだと、私はいつも思う。今では世界中のほぼ100%の人がこのブラウザを使っているらしい。しかも、ニューセン内ではすべての言語が母国語へと変換されるので、世界中の人々と言語の壁を越えて交流することが出来る。実際、国籍情報を公開していなければ相手が何人だか分からないことも多い。これが所謂<言語の壁崩壊>というものだと、2年前、中学生の頃に習ったこと思い出す。

 そして私はいつものようにツイッター空間へと移動をする。


ネネ @NeNeko2828  ツイート2.5万

 フォロー120 フォロワー118

 アニメの話ばかりです。悪気はないけど、ニートです。


 

 今日はまだ平日の16時だ。一般的な会社の終業までにはまだしばらく時間があるだろうし、学生はまだ部活動の時間だからかな。私は120人くらいフォローしているけれど、TLには20人程のアバターしかいない。アニメキャラクターを模したようなファンシーなアバターや、クスッと笑いたくなっちゃうような鼻眼鏡のアバター、現実にいてもおかしくないような地味なアバター、様々なアバターがひとりでブツクサと何かを呟いたり、誰かと会話をしたりして楽しんでいる。


 『おっはー(^o^)/起きたら4時だったw!』


 私がいつものように呟くと、フォロワーのチルルがこちらに気が付いたように、私の元へ駆け寄ってくる。いかにもアニメ好き女子、って感じのフリフリのスカートだけれど、フワリと舞う、その薄ピンク色のスカートはやっぱり可愛いと思う。私も、パステルカラーのスカートにアバターを着せ変えようかな。

 

『よっニート~!ね、昨日の銀河戦記009見たんだけど!ヤバくない⁉まさか主人公が裏切るなんて流石に思ってもなかった!』


 チルルは興奮気味に私に向かって語る。銀河戦記ね、最初の方は秋アニメで一番面白いな~なんて思ってたけれど、2クール目に突入してからは私の中では下り坂なんだよね。最初はダーク主人公って感じでかっこよかったのに、だんだんと薄っぺらい正義を語るような、綺麗事ばかり言うようになってきてしまって、つまらなくなったと思う。


『だーかーら、ニートなのに悪気はないんだって!あ~、銀河戦記ね、めちゃ熱だったよね!それとさ、チルル、そのスカート可愛いね!私もアバターの服、変えようかな』


 でも、面白くないなんて本音は隠しておこう。だって、そんなこと言ったら嫌われてしまうかもしれないから。ひきこもりニートの私にとって、ネットの世界は現実の世界よりもずっとずっと大切な場所なんだから。むしろネットの方が、現実と呼ぶべき世界なのだから。


 『ありがと~!でも、ネネにはその赤いスカートと、白いブーツがよく似合ってると思うよ!タイツもいいよね』


 『やっぱさ、ニーハイよりタイツ派だよね⁉あ~現実でもこんなに可愛くなれたらいいのに~!』


 サラリとまっすぐ長い黒髪と、雪のように白い肌に瑠璃色の瞳。美少女をこれでもかというくらい体現したような、冷静になると恥ずかしいようなアバターだが、それでも私はこの姿を気にいっている。


 『それ、こっちの台詞だって!てか、ネネは絶対現実でも可愛いでしょ~性格で分かるもん!』


 『んなわけないじゃーん。チルルの方こそ絶対可愛いでしょ~』


 私は正直そんなに思っていないことを、とりあえず適当に返す。

 不意に、少し遠くの方からザワザワといつもに増して騒がしい声がして、私たちはそちらに顔を向けた。声の先では、頭からつま先まで全身真っ黒男のアバターがたくさんのアバターに囲まれて、何かを叫び続けていた。あの全身真っ黒男は、いわゆる「まとめサイト」を管理するアバターである。彼はアフィリエイト野郎だのなんだの叩かれてはいるけれど、なんだかんだいつも彼を情報源として頼るのだ。私も、そんなに彼が好きではないけれど、なんとなく気にしてしまうんだよね。


『速報!日本、キエフを制圧!戦争勝利の道へ!』350リツイート 4500いいね


 彼を取り囲むアバターが、彼の言葉をリツイートして、どんどんと彼の言葉は熱気を帯びてどんどんと空間を満たしてゆく。そして、それに反応するフォロワーたちの声が私とチルルの耳に飛び込んでくるのだ。


 ―だから、戦争なんてどうってことないって言ったじゃん

 ―アメリカどころか、ヨーロッパまで味方なわけなんだし、もともと負けるわけがないから

 ―1945年以来、ずっと敗戦国だった日本がやっと戦勝国になれるってことですね。これから日本は国際的にも大きな発言権を持てるようになると思います


 二年前に、はじまった米露戦争は、だんだんと色んな国を巻き込みはじめて、ついにひと月前、十一月になると日本もアメリカ側で、戦争に参加することとなったのだ。この戦争は、今でも米露戦争と呼ばれてはいるけれど、すぐに第三次世界大戦と呼ばれることとなるだろうと、誰もがそう思っている。当初こそ、150年程昔の第二次世界大戦、太平洋戦争を引き合いにだして戦争に反対する日本人も多かったけれど、想像以上の日本の優勢を見て、だんだんと戦争に対する不安もなくなってきたのか、今ではまるでオリンピックのように楽しんでいる人も少なくはなかった。

 でも私は、こんな戦争は嫌いだ。はやく終わってほしいと思う。そして―-


 『戦争、もう終わっちゃうかな』


 チルルは、まるで不満だとでも言いたいように口を尖らせて言う。そして、続けて言った。


 『戦争はじまれば、学校休みになるのかなー、って思ってたけど、全然普段と変わりないもんね。あ~あ、学校休みにしてよ~戦争さん!』


 そっか、普段と変わりがないか。そうだよね、日本が戦場になっているわけでもないし、兵隊以外はみんないつも通り、学校に行って、仕事をして、満員電車に揺られて、帰ってテレビを見て、布団に入って、ネットをしながら寝落ちして、眠い朝を迎えているんだろうな。

 それは私も同じなんだ。いつも通り、一日中ネットに引きこもって、疲れたら眠って……。でも、それでも、いつも通りじゃないんだ。






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