29話 森での出会い
すいません。ほんっとすいません。
結論。おれとエリィはエリス達をヴァルハラへ向かうまでの護衛という形で雇われることになった。
因みに経路はと言うとアレスティナ→アドリア→ヴァルハラとなっている。徒歩だ。わざわざ敵地を通らなければいけないのはヴァルハラはアドリアとしか国境を持たない。地形的にひょうたんのくびれの部分の様な感じだと言えば分るだろうか?つまりどのみち避けられない道ということだ。周りは海で囲まれているから一応『海路は?』と言ったが即却下された。
そして、おれ達は相変わらず森をさまよい続けてたりしている。
「にしても・・この森って広いよー。見て、向こうに山があるけどその麓まで続いてるよぉ」
「確かに。まだ疲れはしないがいい加減うんざりしてくるところだな。気分転換に此処一帯を焼き払ってみるか」「やめとけ」
「なに、この私に掛かれば5分もかからん」
「そういう問題じゃねぇんだよ。やめてくんない?おまえ仮にも魔王の娘だから冗談に聞こえないんだよ!!」
「エリスは前からこうだよ。退屈が嫌いで暇つぶしに小さな池を蒸発させたり草原を焦原に変えたんだ」
「なんちゅう自然に迷惑」
「これからはジークも一緒に止めようね・・」
いやだ!!そんな悟った目でみんな!誰がそんな胃が痛むような仕事をするか!
・・・わ、話題をそらさねぇと。
「あ、あれー。エリィが見当たらないなー」
「・・・ふぅ・・あっ待ってー」
声はちょっと離れた後ろから。息を切らしたエリィが走ってきた。
そもそもこの森に入っておよそ3時間、それだけ歩いてもまだ終わりの見えない森の大きさにエリィの心身は共に疲れきっていた。もともと馬車も使わず山道から獣道を通る厳しい旅、異常体質ぞろいの4人にエリィが着いていくには苛酷な話だった。むしろ気付いてあげられなかった自分達が愚か者だ。
そのうち馬車か何かでも調達しとくか・・・
エリィの言葉で気づいたことだが、最初にこの森に入った時に見えた山の距離が今見ても縮まった気がしない。だっこの森に入ったときに見た山との距離が変わった気がしないから。
「大丈夫かエリィ?結構歩いたから一休みでもするか、きついんだろ?」
「いっ今のは違うよ!靴紐結んでたんだよ。だから気にしないで先に行こうよ」
迷惑をかけまいと必死に元気をアピールするエリィ。その行動は仲間の中で自分だけがお荷物になっているのではないかという後ろめたさから来ていた。もっとも息は次第と絶え絶えになり己の首を絞めたことに気づいて落ち込む結果となってしまった。
「ジークの言うとうりだ。まだ先は続くだろう。定期的に休憩を挟もう。なに、追手もここには来るまいしな。何も無理をして先を急ぐ必要はないから辛い時は素直に辛いと言っておけ。エリィが倒れてしまってはそれこそ困ってしまう」
「・・はぁい」
自分のふがいなさを感じたエリィが首を垂れる。
「じゃあお前らはココで休んでろ、おれはちょっとそこら辺を回ってくる」
「えー。一緒に休もうよ。ジークもたくさん歩いたんだから」
「はははっ、気遣いありがとな、でも遠慮しとくわ。大体このぐらいでバテるほど柔じゃないんだよ。それに気になることがあるからな」
「気になること?」
「ああ、この森はどこかおかしい。これほどバカでかいくせにまだ一度も魔物と遭遇してないんだぜ?今まで何度もこんな所に来たことあるけど、これだけでかけりゃもう十回は出会っててもおかしくない。」
「それって良いことじゃないの?」
「まぁ普通はそうなんだけどな。ここは静かすぎて逆に不安になるんだよ。だから、リザ」
「わかった。ここの警戒は任せておけ」
「よろしく。ま、このメンツだと出会った魔物の方が可哀想だけどな」
この4人・・・やっぱ一人除いて3人は強い。
一番は爵位持ちであるリザだろう。あの影を使った戦術は一言でいえば反則だ。自分の影からウジャウジャ触手を出し、それが一斉に敵を串刺しにせんと攻撃する。他にも使用法があるらしい。
エリスはあの魔王の娘、遺伝したものの中にはその才能も含まれている筈。
そしてジェスは魔界で狩りをしていたと言った。苛酷な弱肉強食の世界で生き残った彼の技量は疑うまでもないだろう。かつてのベヒモスだろうが彼らの敵ではない。
「ジーク、私は?」
「あっ、エリィも凄いからな。治癒術はエリィしか使えないんだから期待してるぜ!」
「うん!頑張る!」
さっきまで疲れてたんだからほどほどにな・・・
そしておれは一人離れてあたりを調査しにさらに奥へ進んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「にしてもほんとになんにもでてこねぇな。こんだけ広くて森も豊か・・・。アイツ等の餌になる動物も皆無ときた。ホントにどうなってるんだ此処?」
調べた結果、結局生き物一匹見つからなかった。あちこち探して何かの巣らしきものをいくつか発見したがどれももぬけの殻と化していた。茂みに隠れてるかと思ったがそれも外れ。職業柄魔物特有の匂いや動物の気配には敏感なのだがまず生き物の気配すらない。気持ち悪いくらいに孤独を感じる。
「ここまで何も出ないなんて・・・いや、これはまるで」
ふと経験したことがある感覚が頭によぎる。
そう・・・これは依頼の行き先でよくある現象だ。
内容はどれも魔獣やそれに匹敵する敵の討伐だったはずだ。武器片手にその場にたどり着くまでその配下の魔物以外は大概いない。危険を察知した生き物はすべて逃げ出しそこにはその『危険』以外は残らないのだ。だとするとこれが意味することとは・・・
「この森『ナニカ』がいるのか?・・・む」
この匂い・・・
「くさいな」
さっき見た周囲を見渡す。そして無造作に生えた茂みの奥に先ほどまでは気付かなかった気配があることに気づいた。またそこから鼻にツンとくる傭兵にとっては慣れた生臭い鉄の匂い、しかもかなり濃密だ。
「なにが出るかな・・・っと!」
邪魔な草や大木を大剣で一閃して吹き飛ばしそれまで見えなかったものが露わなった。
「うわぁ・・・」
その光景に思わず顔を歪めた。
そこは血の海だった。狼の魔物の死体でできた・・・。辺りにあらゆる肉片や内臓が飛び散りどれも原形を保たず四肢を欠損させている。
そこは激戦が繰り広げられた後のようで、紅い地面には深い爪跡や魔法でも使ったのか3つほど爆心地が出来て周りの木々もへし折られなぎ倒されていた。
時折見える大人くらいある大きな胴体、人間の子どもを丸のみしそうなでかい口、たしか狼の魔物の中でも大型に入り強さでも一二を争い高い知能も持っている天狼だったはず。それを数えるとその数はなんと三十にも及んだ。
これまた不可解だ。ここで死んでいる数の多さ、そして天狼と言えば一体一体が並みはずれた強さを持ちしかもその上群れで行動する。もし遭遇すれば大概は数秒もたたずに骨にされると言われギルドでも特に危険視されている部類に入る。それが全滅・・・・ハッキリ言って信じられない。
そして特に気になるのは、死体が残り過ぎているところだ。
もしこれをやった犯人が同じ魔物だとしたら此処まで死体は残らない。ソレを食糧として持ちかえるのが自然の摂理、魔物同士の縄張り争いだとしてもそうだ。この有り様だとコレをした犯人はそういった目的ではなかったということだ。しかし群れの天狼を全滅させる魔物なんて聞いたことがない。誰かが討伐で来たにしても群れの天狼討伐は騎士団でも手に負えない。
・・・一体どんな奴がコレを?
「早くあいつらのところに帰るか。もし近くにコレをした奴が残ってるならリザは大丈夫として・・・エリィ達は荷が重すぎる、つうかピンチ?」
『オオォォォォォォォォォン!!!』
「おわ!なんだ!」
突然空に野獣の咆哮が響いた。武器を掴んだ手に力を入れとっさに辺りの警戒をするが何の影も見当たらない。そして二度三度と続いて聞こえた咆哮でおよその位置を知る。
「あーもう。よりにもよってあいつらの所かよ。心配はするだけ無駄かもしれないけど・・・やっぱり不安だよなぁ」
来た道を無視し音源に向かって直進する。邪魔になる物は全て斬り払いながら。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
sideリザ
私達を取り囲むのは狼の群れだった。しかし毛の色が統一でない、見る限り3色はある。種類の違いの見分け方の最たるものとしてまず外見の形や色を見る。それからするといまここには3種類の魔物がいることになる。そしてそれらが空に向かって咆哮し何処かの仲間を呼ぶ。
別に脅威ではないわけで負けることはないが・・・・。
「随分と沸いてくるな」
「・・・だね」
この群れ、とにかく増える。私達の周りはすでに五十体を超える狼で埋め尽くされ木々の影の中まで唸り声が聞こえてくる。さっきまでは虫一匹いなかったのというのに一体何だというのだ?
「見て!向こうに誰かいるよ」
エリィの声にしたがってその方を見ると狼たちの後ろにある木の下に人型の影が見えた。
そしてそれが進むと前にいた狼たちはそれに襲いかかることなく逆に道を空けてどいた。
「魔物を人が従えてる?」
「違う、彼らは同士だ。従えてるのではない」
ジェスの疑問に答えたのはこちらに進んでくる影、そして森を抜けその身が露わになった。
シークより一回りも二回りも大きい体躯。
一目で分かる鍛え抜かれた屈強な筋肉に包まれた肉体。
二の腕や胸の周りに生えた人間には決してない毛深く白い獣毛。
獣毛と同じく白い無骨に生やしたたてがみに似た荒々しい髪。
髪から飛び出した耳は毛に包まれている。
獣人がそこにいた。
そして私はその獣人から漏れだす闘気とその後ろからから発せられる容赦ない殺気を感じ取りいち早く行動を映した。
この殺気の濃密さと獣人の後ろにまだ控えている輩の数は決して油断できるものではない。特に前に見える獣人の強さは自分と同等と考えられるだろう。
すぐさま自分の影を伸ばし黒い円でエリス様達もろともを中に入れる。
「リザ。奴は・・・」
「はい。かなりの腕前のようですね、私でも油断すれば討たれかねません」
「それだけじゃない。後ろに数人いるよ。あとでっかい狼も」
「・・・うぅ」
「お前達はもう帰っていいぞ、良く知らせてくれた後は私達がしよう」
獣人は私達に目もくれず此処に集まる狼たちにそう言う。そしてそれを聞いた狼たちは頷いて散り散りに去って行った。・・・分かっていたがこの獣人は狼の獣人か。
そしてこの場に残るは私達4人と森から出てきた新手の獣人4人とそれぞれの横に寄り添うように立つその獣人達と同じくらい大きい白い巨狼。確かな足取りで進み来る彼らは私が敷く影の周りを一定の距離を置いて取り囲んだ。
癪に障るがその判断は正しい。この円は相手にとってのキルゾーンだ。一度踏み込めば足元の影は刃となり敵を容赦なく切り刻み、串刺しにする。この敵に何処までそれが通じるかわからないが牽制にはなる。しかしこのままでは緊張状態が続くだけだ、防御を捨てこの影を攻撃に転じることもできるがそれでも確実に安全といえるのは私だけだ。エリス様とジェスはそれなりに戦えるがこの状況はさすがに分が悪い。護衛としてエリス様の安全が最優先なので防御に徹しなければならない。
「ふん。ここはお前達の住処だったか。しかし大層な出迎えだな」
この状況でも欠けることのない気丈さを見せるエリス様・・・さすがです。
「よくヌケヌケとそんなことが言えるな。・・・この醜い魔族風情が!」
今度は別の獣人が応えた。見るからにジークと同じくらいの歳、しかし彼の顔はいつも笑顔のジークとかけ離れており目を血走らせ私達をにらみ殺すかの如く見て、今にも襲いかかってきそうなくらい興奮していた。
「なんで分かったの!?三人ともマントは脱いでないんだよ!」
「はっ。そんな布切れ一つで魔力を遮断した所でおれ達の鼻を騙せると思うなよ。いくら人に似せたところで意味はない。形は違えど貴様らからはあいつらと同じ匂いがするんだよこの化物が!!」
「そう怒鳴るな。エリィが怖がっているだろうが、落ち着け、禿げるぞ。・・・む、そういえばお前さっき『あいつら』といったな?此処には前にも魔族が来たのか?」
相手の怒り狂った声に揺るぎもせず逆に煽ってむしろ自分の質問をするエリス様・・・さすがです。
そして当然その態度に獣人の青年は一層顔を赤くさせる。
「戯言を!!あれは貴様らが仕向け「沈まれシャドット」ヘルケン様・・」
遮ったのは最初に出てきた男。どうやら彼がこの獣人達のまとめ役のようだ。
「ほう。まともに話が出来そうな奴がいたな」
「いや、もとより話し合うつもりはない。・・・我らが此処にいる目的は唯一つ」
「結局話しにならんな。いいだろう、早く始めようではないか、こちらもずっと歩かされていて飽きていたしな。ジークが帰ってくるまで戯れるとしよう」
「此処にいない仲間がいたか・・・だがそれは期待しねぇことだ。一度離れたならもう戻ってこねぇよ!」
シャドットの言い方に絶対の自信が感じられる。もしや・・・
「この森に入ってからひょっとすると迷ってしまった気がしていたのだがそれはあなた達の仕業か」
「やっぱり僕達って迷ってたのか・・」
そうだと頷きヘルケンが応える。
「この森のあらゆる木々に『まじない』を掛けてある。それを知っている我ら以外はこの森を出ることもできず延々とさ迷い・・・後は餌となるだけよ」
「さながら『迷いの森』、いや『獣人の隠れ里』と言うべきか。だがどうしてこうもよくしゃべる?」
「知れたこと。貴様等を此処で始末するからだ」
なるほど、確かにいっていたな。
「リザ、私の守は良い、そこの獣人が危ないのだろう?リザはそいつを抑えておけ。心配するな・・・私もアレを使う」
そう言ってエリス様は服から取り出した皮袋に手を入れ中からアレを取りだした。それを見てある程度の安心を得た私は広げていた影を閉じ元の大きさに収めて剣を抜いた。
エリス様が切った啖呵に準じてジェスが剣を抜き周りの敵が身を構える。
「行くぞ」
誰のものかわからない言葉で戦いの火ぶたが切られた。