さようなら。ビルドレッド様。貴方への想いはもう忘れます。
一生を書いたお話、悲恋、死ネタあります。
エルディシアが皇太子ビルドレッドと初めて会ったのが、共に12歳の夏の暑い盛りだった。
ビルドレッドはエルディシアを見て一言。
「この女と結婚しなければいけねぇの?」
だった。
エルディシアはカーテシーをし、
「エルディシア・アルカンソと申します。皇太子殿下においてはご機嫌麗しゅう」
「機嫌がいいように見えるか?俺と結婚しても不幸になるだけだぞ」
「これは皇帝陛下とわたくしの父とで決められた婚約ですから」
「ちっ。仕方ねーな」
そう、出会った時から印象は最悪だった。
それでも、父、アルカンソ公爵の命には逆らう事は出来ない。
エルディシアはただただ、従順に従うだけだった。
婚約者としての交流も、エルディシアが皇宮に出向いても、見事にビルドレッドはすっぽかした。
いつもいないので、会う事なんてままならない。それでも、皇妃教育だけは進んでいく。
アルカンソ公爵家は名門だ。
年齢も釣り合う令嬢エルディシアと、皇太子であるビルドレッドの婚約は生まれた時から決められていたのだ。
ビルドレッドはまるでエルディシアに関心を持たなかった。
浮気をしている訳でもない。
彼の関心はひたすら自分が強くなること。
だから、騎士団へ入りびたりで。
かといって勉強をさぼっている訳ではない。
寝る間も惜しんで勉学にも励んでいるビルドレッド。
その関心の少しでも先行き結婚する自分に向いてくれたらと、幼心に思ったけれども、どうしようもなくて。
あまりにも悲しくて涙を流す日々。
オルフェルス大帝国が、侵略の為の戦を起こせば、率先だって騎士団長に付き従い、戦に参加するようになったビルドレッド。
彼は体格も良く、剣技の腕も大刀を振り回す程に強く。馬を操るのも上手くて。
大帝国の強さの象徴として成長したビルドレッド。
共に20歳になった時に帝国民全員に祝われて、二人は結婚したのであった。
20歳になるまで結婚出来なかったのは、ビルドレッドが戦にあけくれていたからである。
やっと傍にいて、夫婦らしくなれる。
少しはビルドレッド皇太子も自分を見てくれるのではないか。
金の髪に碧い瞳。美しいとよく褒められるエルディシア。
だから、磨き上げられて、向かった夫婦の寝室で、宣言された言葉に驚いた。
「俺は、愛なんてもん、よくわからねぇ。女なんて欲を吐き出すだけのもんだろ?だから、欲を吐き出させてくれ。まぁ俺とお前は先行き、帝国の後を継ぐ者を作らねばならん。それもあらーな。だから、脱げ。抱いてやる」
あまりにも、酷い言葉に、エルディシアは怒りまくって、
「これが、妻に言う言葉ですか。わたくしは女性です。もっと、わたくしを労わって下さいませっ」
「ちっ。仕方ねーな。だったら足を広げて仰向けになれ」
まったく労わってもくれない。酷い男で。
「貴方となんて褥を共にしたくないわ」
思いっきり頬を叩いた。
ビルドレッド皇太子は目を丸くして。
「お前、そんな乱暴な女だったか?」
「ろくにわたくしと関りもしないで。わたくしは気の強い女なのよ」
「気に入った」
「何が今更、気に入ったよ。何年もほったらかしにして酷いっ」
大泣きに泣くと、ビルドレッド皇太子は謝って来て、
「すまねぇ。女って言うのはよくわからねーな」
「解らなくて結構よ」
初日からこんな感じで。
しかし、子作りをしないわけにはいかない。
それは皇太子妃の義務である。
仕方なくビルドレッド皇太子の相手をしたのだが、優しさも何もないベッドでの行為に、エルディシアは泣いた。
しかし、事が終わった後、ビルドレッド皇太子は、
「辛かったか?加減っていうのがわからねぇ。まぁ、褥教育は受けているんだけどな。俺は乱暴者だって先生も呆れてた。もっと加減するから泣かないでくれねーか」
そう言われて、涙も引っ込んで。ビルドレッド皇太子を許す気にもなれた。
ぎくしゃくしたような日々が続いたが、ビルドレッド皇太子はまた、戦に向かってしまって。
戻ってきたら戻ってきたで、政務に忙しいと、あまり構って貰えない。
あまりにも、寂しくて。
エルディシアは涙を流したのであった。
もっともっとわたくしを見て。
もっともっと傍にいて。
こんな粗野な男でも、夫になったのだ。
愛されたい。特別になりたい。
お腹に子が出来た。
子が出来たのに、皇太子に側妃を娶るという話になって。
エルディシアは皇帝陛下に抗議した。
「子が出来たのに、何故、側妃なのですか?」
皇帝陛下は、
「子は沢山いた方が良い。もう一人位、側妃がいたってよいではないか。私なぞ、3人、側妃がいるぞ。それでも子はビルドレッドと、後は女ばかりだ」
女性は帝位を継げない。だから、男子を側妃腹でも産んで欲しいという事なのだろう。
側妃の女性は、よく見知った女性だった。
「オイリーヌ・パレドレスでございます」
同い年の仲の悪い公爵家の令嬢だ。
彼女は婚約者がいたのだが、婚約者の不貞により破棄になった。
それで、皇太子の側妃にとの話がいったのであろう。
オイリーヌはにこやかに、
「まぁ、皇太子妃様。おめでとうございます。お子が出来たのですね」
「有難う」
「でも、わたくしも負けてはおりませんわ。必ず、男の子を産んで見せます」
敵意丸出しのオイリーヌ。
ああ、あの人が、オイリーヌに関心を持ったら……
自分にはあまり関心を持っていないのに。
ビルドレッド皇太子は、オイリーヌに会うと、
「今夜にでも子作りするぞ。今、皇太子妃は子が出来ているから、な」
あっさりと、オイリーヌに宣言して、
あああ、オイリーヌが憎い。今宵、オイリーヌはビルドレッド皇太子と褥を共にして。
わたくし嫉妬をしているんだわ。
ただでさえ、希薄なビルドレッド皇太子との関係。
わたくしは、わたくしは、ずううっと皇太子殿下に愛されたかったんだわ。
でも、あの人はわたくしに関心を持ってくれない。
だったらお腹の子を愛することにしよう。この子に愛情の全てを注ごう。
エルディシアの身を焦がすような嫉妬の中、オイリーヌとビルドレッド皇太子は頻繁に褥を共にしているようで。
エルディシアに月満ちて子が産まれた。
男の子である。
アルスと名付けられた皇子は、黒髪の可愛らしい赤子で。
エルディシアは幸せだった。
この子が未来の帝国の皇帝になるのだ。
そう思うと結婚して初めて幸せを感じた。
アルスと一緒にいる時は幸せで。
アルスが歩き始めると、とても嬉しくて嬉しくて。
アルスがエルディシアの全てになった。
ビルドレッド皇太子がどこで何をしていようが、あまり関心を持たなくなった。
時々、夜会に共に出席をする。
その時は皇太子妃として、恥ずかしくないようにふるまった。
しかし、翌年、オイリーヌに子が出来て、彼女も男の子を出産した。
一つ違いの皇子……
もし、アルスを押しのけて、その皇子が皇帝になったら……
亡き者にする?
でも、見つかったら大罪であろうし、罪なき子を殺す事なんてエルディシアには出来なかった。
フェルドは、それはもう可愛らしい赤子で。
フェルドに負けないよう、アルスをしっかりと教育しないとと思うエルディシア。
それからどちらにも子はなかなか出来なくて。
アルスはどんどんと成長する。
とても賢い子に育った。
それはフェルドも同様で。
アルスが賢く育つにつれて、エルディシアも幸せを感じて。
その頃、ビルドレッドは皇帝に即位した。
そして、6歳のアルスを皇太子に指名した。
「まぁ、正妃の息子だし、歳も上だしな」
そんな理由だった。
どんな理由にせよ。アルスが皇太子に指名されて、エルディシアは嬉しかった。
ビルドレッド皇帝が、
「久しぶりに褥を共にしよう。忙しくてお前とはなかなか……」
「オイリーヌとは褥を共にしていたではありませんか」
「まぁ、オイリーヌに子が出来てな」
あああ、あの人にまた子が出来たのね。わたくしには出来ないのに
オイリーヌは翌年、女の子を産んだ。
ビルドレッド皇帝が初めて、その女の子に興味を示し、
「娘って可愛いもんだ。俺が守ってやるからな」
アルスもフェルドも、赤子に興味深々で、
「兄上っていつ呼んでくれるかな」
「そうですね。楽しみですよね」
その女の子はマリーアンナと名付けられた。
ビルドレッド皇帝はマリーアンナを凄く可愛がった。
二人の皇子たちも同様で。
あれだけ欲しかったビルドレッド皇帝の関心が、マリーアンナに注がれて、
でも、もうその頃にはビルドレッド皇帝への愛は、愛されたいという気持ちはとっくに枯れ果てて。
ただただ、アルスの為だけに生きていきたい。
アルスが立派な皇帝になったら、その時に初めて、わたくしは満足するの。
ただ、それだけの為に生きていたいの。
ひたすら、アルスの為だけに、エルディシアは生きた。
アルスの婚約者はやはり名門の公爵家から選ばれて、アルスの関心がそちらへ行ってしまったのは寂しかったけれども。
それでも、アルスがこの大帝国に君臨する日だけを願って。
そんな中、ビルドレッド皇帝が、辺境騎士団へ行ってしまった。
何でも、年頃になったマリーアンナに冷たい態度を取った、婚約者を叩き直すんだと辺境騎士団入りをしたビルドレット皇帝。
辺境騎士団が気に入ったと見えて、戻って来なかった。
戻って来ないと手紙が来た時に、涙が零れる。
何の涙だか、解らなかった。
とっくに、興味をなくしたと思っていた夫。
愛されたかった夫。
戦と政務であまり構って貰えなかった夫。
それなのに、娘だけには愛情を注いで。
ズルいズルいズルい。わたくしは愛されたかったのよ。
それなのに、もう二度と会えないなんて。
わたくしは、わたくしは……
大泣きした。
背をさすってくれたのはアルスだ。
「母上。お気持ちは解ります」
「あああ、わたくしはあの人を愛していたんだわ」
涙が止まらない。
でも、泣きながら思った。
アルスが来年、皇帝に即位する。
ずっと願っていた悲願ではないのか……
やっと、皇族へ嫁いだ仕事が終わる気がした。
「泣いてばかりもいられないわね。あんな男を忘れて、貴方が皇帝になる為に、力になるわ」
それから、しばらくして、ビルドレッドから手紙が届いた。
「元気でやっている。寂しがってはいないか?今度、魔物の美味い肉を送るからなーー」
寂しいと?今更、寂しいなんて思ってはいないわ。
あの人は返事を期待しているのかしら。
あれだけ嫉妬をしていたオイリーヌとお茶を楽しむ。
エルディシアがオイリーヌに、
「本当に身勝手な人で」
「本当にそう思いますわ」
オイリーヌは優雅な手つきで菓子をつまみながら、
「わたくし、フェルドの所へ行こうと思っておりますの。屋敷を用意してくれるって言ってくれて。あの人がいない皇宮なんて、ね」
「そうなの?寂しくなるわ」
「貴方はわたくしを憎んでいたでしょう」
「憎んでいたけれども、あの人がいないのですから、今更、憎んでも」
「オホホホ。そうよね。お手紙を書きますから。どうかエルディシア様もお元気で」
オイリーヌは、フェルドの所へ去っていった。
翌年、アルスが皇帝に即位して……長年の念願が叶った。
「ああ、やっと、わたくしは役目が終わった。後は死ぬだけだわ」
疲れが出たのか、そのまま寝込んでしまって。
夢にまで出てきた、ビルドレッド……
ああ、貴方はどこまでも勝手な人。わたくしは、今も尚、あの人を愛しているのね。
あんな身勝手な人を。
さようなら。貴方……
わたくしは……
「母上、しっかりして下さい」
「お義母様っ。お義母様がいないとまだまだ困ります」
「おばあ様ぁーー死なないでっ」
愛しい息子アルスと、その妻と…‥そして可愛い皇子。
あああ、わたくしの人生は愛されない寂しいものだったけれども……
でも、今はとても幸せだわ。
さようなら…‥。ビルドレッド様。貴方への想いはもう忘れます。