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山で、迷ってしまった。
獣道すらないような山の中で。
来た方角が、皆目わからない。
山を下っていけば、どこかの人里に行ける可能性はある。
しかし地形が谷状になっていた時は、そこからまた昇らないといけないのだ。
行く方向によっては、数日間、山から出られない場合だってある。
しかし水と食料は、もうない。
なのに数日もさ迷ったら、命の保証はできない。
かと言ってここにとどまれば、確実に死が訪れるだろう。
下手に動けないし留まることもできないのだ。
――どうしたもんか。
迷っていると、突然声をかけられた。
「どうしました」
見ればそこに老人の男が立っていた。
近くに民家はなさそうなのだが。
中肉中背で、顔も平凡だ。
しかしそのどこにでもいるような顔には、大きな特徴があった。
目の傷だ。
左目は閉じられ、そこに上から下に向けて傷跡があった。
クロスする二本の大きな傷跡が。
俺は答えた。
「いやあ、山で迷ってしまって」
老人が答えた。
「それじゃあ人里まで案内しますよ。わりと近くにあります」
聞くものを安心させる、穏やかで落ち着いた声だ。
「そうですか。ありがとうございます」
俺はほっとした。
これで家に帰れるのだと。
老人が歩き出した。
ついていく。