第1話2/15
「あのー、ネコさん?」
テオが話を遮り問う。
日が落ちた公園は人が少ない、猫を抱え公園の横にある墓地へ続く道をテオは歩く。
腹を上にして抱きかかえられたネコが返事をする。
「どうした」
「そんな細かい所までご報告されたので?」
「無論だ」
「ア、ハイ」
「お前が猫人の耳に見惚れていた事は黙っておいてやったのだぞ」
「いやいやいや、見惚れてなんかいませんよ」
「そうか? 心拍数もあがったようだし、それに…… 」
仰向けに抱えられたネコが自らの後脚と後脚の間を凝視した。
「いやいやいやいや、僕も年ごろな男の子なわけでして。かわいい子が傍によれば当然の反応というヤツでしてですね」
「ふむ、かわいいとは認めるのだな」
「いや、あ、はい。それは一般的にはかわいいかなーとは思ってまして。その、僕個人がどう思ってるかとかでは無くてですね」
「そうだな、そのかわいい子にマーキングのごとく顔をスリスリされればな、さもありなんか」
「そーです。さもありなんです、さもありなん」
「よいしょ」と言いながらテオがネコを肩まで抱き直す。
「そろそろ大通りですから、ネコさん小声でお願いします」
「そうか。では、お淑やかを演じてやろうか」
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「にゃーー!でも、スンスン…… なんか、スン…… スス臭いにゃー!」
「仕方ないでしょー、さっきまで列車に揺られてたんだから。これでも降りる前にタオルで拭いたんだけどっっ」
「近い近い!」と言いつつ鼻にあたる耳の毛がかゆいらしく、ツウの頭に手置き離そうとする。
「にゃー それでもっぱりテオはいい匂いにゃ」
「わかったからっっ!離れて」
「離れにゃい!」
「だぁもう」
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「あのー。ネコさん?」
テオが大通りの一歩手前で立ち止まった。
「どした?」
「ほぼ話てんじゃん」
「であるな」
「それに要ります? このくだり」
「我が必要と思えこそ旧友に話した」
「そうですか」
「いやか?」
「嫌…… ではありませんが」
「安心せい。勇者には『このようにしばらく二人はイチャイチャしておった』と報告しておる」
「イチャイチャですか…… イチャイチャ、やっぱそう見えるかぁ」
「違うのか? 人の言葉では今の表現が相応しいように思えたがの」
「いや、まぁそうなんですけど、たぶん。まぁいいや。続きを聞かせて下さい。いちゃいちゃの件はもう大丈夫なんで」
「そうか? 幼年学校時代の昔話に花を咲かせておったようだが。その件も無しでよいか?」
「ええ、無しで!」
「そうか。では、メートル原器展示室での事件なども振り返って楽しそうに話しておったが、その件もか?」
「いや、あれも楽しそうに見えました? あいつが自分で解決したって言い張るから訂正をしただけなんですけどね」
「うむ、和気あいあいとしておったな。汝の助言がなければ解決しなかったとの事だったか? 今度はその事件の話が気になってきたの」
「それはまた今度話しますよ。今はネコさんがどう勇者様に報告したか、続きを聞かせて下さい」
「そうか? つまらんの。まぁよいわ。さぁ歩け」
「はいはい、行きましょうか」
「このように二人はしばらくイチャイチャしておった」という猫の声が聞こえテオの表情が緩んだ。
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「死者はジスト・ティクティオ、王立迷宮管理組合、通称ギルド所属の冒険者で38歳。本日の早朝、遺体で発見されました。ポロ警察の医務官によると全身を強く打ち付け死亡。死亡推定時刻は午前6時の前後30分。第一発見者の証言から5時45分頃に転落したものと考えられ、矛盾はありません」
王立迷宮管理組合事務所の隣、古い時代は練兵場だったという広場にたまった野次馬をかきわけてツウとテオは規制線の内側に入った。二人にその場に居た憲兵が報告する。丸メガネの兎人の憲兵は女性にしては低く落ち着いた声だった。彼女の足元の土の地面にはカーキ色の布がしかれ、遺体と思き膨らみがあった。
「報告ご苦労。死後3時間ってとこにゃね。転落というからには理由があるのか? 」
「はっ、第一発見者が悲鳴を聞いております。運ばれてきた遺体という可能性は低いかと」
「よろしい。で、曹長、君が至急伝をよこすほどだ。何か気ににゃる……」
言い終わる前にテオがツウの肩を叩く。
「んにゃ」とツウが振り返るとテオが広場に隣接する建物を指差していた。
拳から突き出た人差し指は水平だった、建物の一階の窓を指したらしい指先はクククと上に傾き始める。
指の動きに釣られてツウも上階を確認してゆく、2階、3階、4階、と首が傾き屋根の庇を彼女が確認したとき。
「どこから落ちたんにゃ?」
とその口から言葉が漏れた。
「はい、現着した隊員の話によればどこの窓も開いておらず、この冒険者の不注意で窓から転落という事であれば不自然かと、ご覧の通り他に高い建物はございませんし。どこから落ちたのか判別が必要ではと、そう考え目ぼしい窓から順に捜査しております」
「にゃるほど。犯人は被害者を建物から突き落としてご丁寧に窓を閉めたと、曹長はそう判断したのかにゃ?」
「はっ」
返礼をする曹長を横目に改めてテオは建物を確認をする。その建物は王立迷宮管理組合事務所、通称「ギルド」と呼ばれる組織の物で、建物自体もそう呼ばれている。街の古い住人からは王立ギルドとも呼ばれ、建物そのものはポロの街で最北かつ最標高のそして最古の建築物でもあった。
ギルドの3階の角部屋、建物では一番北にいちする部屋の窓にはポロ警察の捜査員が見え、その真上にあたる4階の窓を憲兵服の捜査員がちょうどバタンと開けたところだった。
「屋根の上から落ちた可能性は?」
「詳しい捜査はこれからですが、ひとまず怪しい足跡が無かったため窓から捜査を開始しています」
「にゃーお」
ツウが腕を組み考え事を始める。
「あのー」とテオが挙手した。
「これは、アイン先生。ご挨拶が遅れました、無事到着されたようで何よりです」
「曹長さんごきげんよう、それに先生はやめてくさいね」
「やめませんよ、アイン先生。で、なにかご質問でも」
「やめないですか、知ってましたけど。えー、怪しい足跡などはと仰いましたが怪しくない足跡は有ったのですか?」
「はい、屋根にしっかりと煙突作業の業者が着けたものと思しき足跡が数カ所」
「なるほど」
「この辺では屋根に登る時、要は雪下ろしや煙突掃除の時にしか履かない特別なブーツがあるにゃ」
「なるほど、被害者の彼はそのブーツを履いていなかった」言いつつテオがカーキ色の布を見つめる。
「ええまさしく。足跡と呼べるものは、そのブーツのみでしたので」
「じゃあ誰か…… その特別なブーツを履いた誰かが屋根まで彼を担ぎあげて落とした? 」
「それは…… 考えてもみませんでしたが」
「考えてもみにゃかった? ふむ、曹長にしては珍しいにゃ」
「はっ、そこはご遺体をご覧いただければと」
「にゃ? そうか?」と言いつつツウが屈む、遺体に掛けられた布の端を手にとると祈りの言葉を口にする。すかさず曹長が移動し布のもう一方の端を掴む。
「テオ、少し下がるにゃ」
「あぁ、すまない」と言いテオは2,3歩あとずさりした。
ゆっくりと布が捲られると、野次馬の一部からかすかな悲鳴が上がる。
悲鳴に混じって「マジか」「本当にか」「ヤツもか」などという彼を知るらしき人物の声も聞こえた。
冷たい地面の上、男が背中を天に向け倒れていた。彼は服装から察するに冒険者の中でも格闘家や武闘家と呼ばれる職の者らしいことが伺えた。
所謂、前衛と呼ばれる職の中でも己の筋肉を頼りにする職業であるためか、彼の体躯は大きく逞しかった。鍛え上げられた背中や肩の筋肉、強敵に付けられたらしい古傷の残る二の腕、強烈な蹴りを繰り出すであろう太ももの筋肉に服の上からでもわかる尻の筋肉、その横には簡単な楯なら突き破るであろう固い固い拳があった。
野次馬からは見づらいようだったが鍛え上げられた肉体のその逞しさとは裏腹に恐怖にひきつったらしい顔がテオには伺えた。
「これは……」
「二人がかりでも無理だにゃぁ」
ツウがその場にかがみ込み遺体を見分する。
曹長が手帳を開き補足を入れ始めた。
「えぇ、被害者は迷宮から帰ってからすぐといった様子でした。証拠にドロップアイテムなども換金せず所持しており、肩当や腰巻などの装備品も外さずそのままです。それら装備品もそれなりの重量ですから、彼自身の体重も含め並みの大人が2人や3人では…… 」
「だにゃぁ、彼自身の足跡もないのにゃら屋上という線は薄いかにゃぁ」
「それゆえ窓から転落した…… いえ、突き飛ばされたものとみて捜査をおこなっております」
「突き飛ばされたと考える根拠はあるのか?」
「ツウそれは…… 窓から転落したならそっちの石畳かその内側に」
「はい、そちらの通路に落ちるのが自然かと」
「だにゃあ。となると脅して被害者自らジャンプなんて事も…… 」
ツウが周囲を見回した。ギルドの建物は南北に長く、遺体が置かれた建物の西側の広場は現在は冒険者が訓練に使うものと考えられた。そして、建物と広場を隔てるように2,3人横並びで通れるほどの道が石で敷かれている。その広場と石畳の通路の境界の広場側にその亡骸はあり。北に見える迷宮の入り口に足をむけ道と並行に倒れている。
「転送魔法とかでしょうか?」
不意に曹長が口を開いた。
「にゃお?」
「魔法で上空に転送させてそのままドスン」
「可能性は無くは無いが、殺すとなればそれこそ石畳の上に落とすんじゃにゃいか?」
「そうですね」
「仮にこの場で魔法が使われたにゃらば魔素の残る空気で最初に着いた隊員が気がつくはずにゃ。で、最初に現着したのは?」
「ポロ分隊所属のタート上級兵です」
「見逃すと思うか?」
「いえ」
「にゃら信じろ」
曹長が返礼をしたと同時「ツウ」としばらく遺体に釘付けだったテオが言った。
「んにゃ?」と彼に目線を合わさんと腰を曲げツウが返事をする。
春とは思えないような北国らしい冷たい風が建物の窓を鳴らした。
「必要のか」と顔を上げたツウが言った。
ツウと目があったテオは無言でうなずいた。