第1話15/15
「その後の奴は案外と大人しかったの」
「でしたね」
列車は王都を走る、駅に近いためか速度を落としていた。
テオは身支度を整えて客車内の椅子に座る、猫も籠に入っていた。
「ところでのあの四天王の1人、炎のあやつじゃ」
「イーニスですか?」
「であるの。奴を打ち倒した結果、旧友は街を解放したが、なんと言う名の街だったか…… 」
「ソサンクですね」
「そうじゃ!ソサンク! ウヌよ旧友の残した書の中にソサンクにまつわる物は無かったかの? 物語りのはずじゃ」
「ソサンクですか? んー、記憶に無いなぁ」
「ソサンクも時と共に訛ったものだからの、元はソサーンクといったか…… 」
「あ! ん…… ソサーンク?」
「お? 思い出したか?」
「いや。思い出した、気がしたのですが」
「んー焦ったいやつよのぅ」
「その物語というのは、勇者様からお聞きになったので?」
「であるの。一度、二人で旅をしている時に聞いた話しであるわ。もう一度、翻訳が済んでいるならその話に触れたいと思っての」
「翻訳が済んでいたら覚えてると思うので、未翻訳の書にあるかもしれませんね。帰ったら探してみますか」
「暇な時でよいからの。探してくれると助かる、翻訳が済んでいるともっと助かる」
「善処しますよ」と言ったテオはハハハと笑った「でも、なんでその話を急に思い出したので?」
「聞いてくれるかウヌよ」
「もちろん」
「そう、旧友がイーニスから街を解放した折だったの。その街を納めていた貴族のなんとやらが旧友に名前を使わせてくれと」
「勇者様のお名前をですか」
「うむ、名前じゃ。旧友の名を街につけたいのだ。と、そう申し出ての」
「へー、その話は初耳ですね! ん?でもなぜソサンクと?勇者様の名前ではありませんね」
「そうなのじゃ、旧友はそれを断った。じゃがの旧友は言ったのじゃ。『ソサーンクはどうでしょう?』とな『イーニスに捕まった折、牢屋から抜け出す際、参考にした物語がありまして、その舞台となったところの名なのです』との」
「えー知らなかったなぁ! ネコさんそういうのもっと早く教えて下さいよ!」
「いやいや、すまんすまん。イーニスの名前を聞いてふと思い出したものでの」
「そう言う事ですか。思い出してくれてありがとうございます」
「うむ、かまわんて」
「あ、そうだ。その物語りの触りだけでもわかりませんか? 僕も一度読んでいる物語であれば思い出すかもしれません、思い出せば書庫のどのあたりにあるかも検討がつきやすい」
「そうか? 我も記憶が曖昧ではあるがのぅ。うん、あれじゃ、主人公は弁士じゃ、旧友は法律家も兼ねた役人の様な者とも言っておったの。どうじゃわかるか?」
「あー、弁士が主人公ですか。何冊かありますね」
「そうかのぅ」
「他には…… そうだ、勇者様はその物語のどういった所を参考にしたんでしょう? それなら具体的ですからわかるかも」
「お! そうであるな! そう、その弁士はたしか捕まってしまっておっての」
「捕まる? 弁士がですか? 珍しいですね、冒険譚? 」
「冒険では無かった気がするかの? まあ、捕まっておったのだ、捕まっておったが脱出を計った。その弁士は穴を掘ったんじゃ、自分の牢獄にの」
「牢獄に? 穴を?」
「穴をじゃ。それも何年もかけての」
「看守は? 見つかるでしょう? 解った、弁士が主人公だから弱みに漬け込んだんでしょ。で、言いくるめて」
「なんじゃその面白く無くなりそうな展開は。裏をかいたんじゃよ。弁士は法律家でもあったからの看守どもの法律相談を受けて信頼を得た」
「それでも穴を掘ってれば見つかるでしょうに」
「隠したんじゃよ」
「何で?」
「肖像画じゃ。旧友はポスターと言っておったの」
「肖像画…… なるほど」
「監修の信頼を得て、独房に肖像画を飾る事を許されたのじゃ、その時その時のプリマドンナの肖像画をの」
「穴を隠す大きさの肖像画なら動かすのも大変ですし、看守も見逃しそうですね」
「いやぁ、それがのぅ。どうも話を聴いてるとの一枚のペラペラの紙に写された、今でいう写真だった様での」
「写真…… ですか。あ、そうかカメラも勇者様の発案ですしね、勇者様の元いた世界ならあながち」
「という訳じゃな」
「にしても穴を隠す大きさの写真ですか、かなり高価な物を置くことが許されたんですね」
「そういう事であるな、看守どもにとっても弁士はよほど役に立ったのであろう」
ふんふんとテオがうなずく。
「ところがそれが裏目に出る。看守が弁士を手放さない」
「ほー、さしずめ捕虜の交換に応じないとかですかね? 他の虜囚は解放されていくのに、その弁士だけはいっこうに解放されない。業を煮やした弁士は年月を掛け穴を開け脱獄をする。そんなお話しでしょうか?」
「ん? んーまぁそんなところであったかの」
「看守どもを見返した弁士のしてやったりな顔が浮かぶようです」
もうそろそろ駅に着くという所で列車が止まってしまった。
パーサーが事情を確認しあう声が聞こえてきた。
「で、ネコさん?」
「なにかの?」
「勇者様はどういった所を参考になさったので?」
「ん。あぁそこも気になるわのう」
「えぇ」
「旧友も虜囚となって暫く、助けが来る事を期待していたらしい。もしくは捕虜交換とかな。でも、全くそれらしい気配が無かった物だからの、不貞腐れておったらしいわ。それを見かねてか四天王の…… 」
「イーニス」
「じゃ。イーニスがの、寝返らんかと持ちかけおったんじゃ」
「らしいですね、一般的には勇者様は物怖じせず断り続けたというのが定説ですが」
「ところがどっこい、本人から聞いたが、けっこう心は揺れていたらしいわ」
「あぁー。やっぱり、最近ネコさんから聞く勇者様はどれも人間くさいですからね」
「じゃろう? 世間が言う勇者みたいな堅物が妻を何十人と娶ると思うか?」
「はは、たしかに、ははは。しかもこの時助けた令嬢のみならずイーニスの娘とも子を儲けますからね、勇者様」
「であろう。そしてなんとイーニスの奴は寝返りの条件として娘を旧友の妻にと。そう、言うておった。それでかなり心が揺れたらしい」
「え?ほんとですか? 勇者様もしかしてこの時から狙ってたの? イーニスの娘さんの事」
「であるな。本人たちは戦後、たまたま出逢ったと、娘も旧友が虜囚の際に一目みた程度の事はあると。当時はそう言っておるがのう。虜囚の頃は毎夜食事を共にしたと、そう我には旧友は話しておったの」
「なんと。では再戦を誓った置手紙というのも」
「であるな、イーニスの娘宛のラブレターだったというのが真実だ」
「あちゃー…… これはちょっと。公表、出来ませんね」
「できぬか? まぁ、旧友も当時の仲間も皆、亡くなっておるし良いのではないか?」
「そんなことありませんよ。少なくとも1人、まだ生きているじゃないですか」
「誰がじゃ……? あ、我か」
「ですよ」
「我は世間的には行方不明、死んだも同然じゃからのぅ。あまり気にする事でもないのではないか?」
「そうですか? 少なくとも僕は気にしますよ」
「汝はまぁ、お人好しよの」
「まあ、ネコさんは人ではありませんけど」
「であるな」
ははは、と2人で笑った時であった。列車がガタンと音を立てて再び動き出した。
「で、あれだ話を戻すか」
「ええ、ですね何でしたっけイーニスに寝返らないかと持ちかけられて」
「そう、旧友は心が揺れた。女と仲良くなった、その女はイーニスの娘で寝返るなら妻にめとるがよいと言われた」
「そして、さらに心が揺れた」
「であるな。それはある日の夜の食事時であった。イーニスは旧友を口説かんと毎夜晩餐に招いた、もちろん娘と共に3人の食事だ。だがその日、娘は不在だった、体調を崩し暫く部屋に篭らねばならないと。それを聞いた旧友は言ったそうだ『姫がいない食事がこうも味気無いとは驚愕だと』そして続けて言ったそうな『独房といえど一人で過ごす事を苦した事など一度も無かったのに、最近では一人がこうも苦しいかと思い知らされる事ばかりです』と」
「これはもう、落ちる寸前ですね」
「であろう。イーリスもそう思ったに違いない訳での。そんな四天王に旧友はこう続けた『娘の肖像画が一枚、独房にあれば嬉しい。寝る前に、それを月夜で眺めながら、ワインを一杯たしなめられれば、それにこしたことは無いのではないか』と」
「なるほどー! いやー!あー! 長年の疑問が! あー!」
「ほほほ、そんなにか、ほほほ。そうだ、汝よついでに教えておいてやるとな」
「えー! まだあるんですか!?」
「まだ一つ出来すぎておる所があろうに」
「武器庫で開いたままのスクロールだ!」
「であるな、聞きたいか?」
ふんふん!と声にならない声を発する。
「ロマン?であったかの? それらを壊すかもしれんぞ?」
「ツウいわく! こちとら勇者研究家です! どんとこいです!」
「よしよし、では話してやろう。件の娘であるが、それから部屋に籠ることが増えた。体調が優れぬからとな。ある日旧友は言った。たぶん我が考えるに壁にワインで描いた魔法陣、それの段取りが着いたのだろうな。イーリスと二人の食事の折『白状しますとこの城に侵入の際、武器庫でとあるスクロールを見つけた、角に使用用途および方法ともに不明と書かれたものだ。ここに来る前、王都で見た物に似ている。それは拡げるだけで効果のある物で特に女性特有の病に対して効果的である、効果範囲は限られるので娘の部屋などに設置しては?』で……」
「夜這いじゃん! 夜這いする気マンマンじゃん!!」
「で…… あるな」
ゆっくりと動いていた列車がガタンと止まった。車窓からは駅のホームを歩く人影が蠢いていた。