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第六話 生存のためには

「そういえばリック、塩分はどうしているの?」


 部屋の片付けが終わってしばらくした時、自分の部屋で本を読んでいた俺にルイシアがそう尋ねてきた。


「塩分?」

「食料と水分は木の実で解決するとしても、人は塩分がないと死ぬんだ。君も人類のキメラである以上、同じな可能性が高い。これまで生きてこれたということはどこかで塩分を摂取しているはずなんだけど、心当たりはない?」


 塩分、と言われてもそれが何なのかわからない。

 わからないんじゃ食べたことがあったとしても何が塩分なのかわからない。

 だがルイシアの言う通りなら俺が塩分を口にしたことがあるのは間違いないのだろう。

 ならば味でわかるかも知れない。


「塩分ってどういう味なんだ?」

「塩の味、しょっぱい」


 ……俺が味の表現も知らないことを忘れていた。

 しょっぱい……?しょっぱいってなんだ。


「ええと、木の実とは違う味なのか?」

「木の実は甘いかな。酸っぱいのもあるけどしょっぱくはないよ」


 甘いのも酸っぱいのもよくわからないが、一つだけ心当たりがあった。


「なんとなくだけど、あるかも。付いてきて」


 ルイシアと共に城の外に出る。

 これも彼女に教えてもらったことだが、現在の城の構造からして内側の城壁までが城と言えるらしい。

 昔はどうであれ、内側の壁と外側の壁の間に城に該当する建物がないならそれは城の外になるとかなんとか。

 つまりここで言う城の外とは内側の城壁から出たということである。


「ルイシアの言う塩分ってこれなんじゃないか?」


 俺は目的の木の実を一つ取り、ルイシアに手渡す。

 それは小さい粒みたいな実がたくさん吊るされたような外見で、木の実にしてはややグロい。

 実を受け取ったルイシアはその外見に臆することもなく粒を一つ取り、口の中に放り込んだ。


「ん、しょっぱい!なるほど、これがあったのか」

「これがしょっぱい味なのか。あまり上手くはないんだけど、なぜかふとした時にこれが欲しくなってよく食いに来るんだ」

「体が本能的に塩分を求めてるからだよ。……ところでなんだけど、リックって知識が妙に偏ってるよね」


 木の実から俺の方に視線を移し、そう首を傾げる。


「夏とか宝とか、基本普通に会話できるのにしょっぱいは知らない。明らかに知識に偏りがあるよ。ってあれ?そもそも言葉はどうやって覚えたの?私が来る前まで誰もいなかったんでしょ?」

「それは俺の知ってるほとんどが本によるものだからだよ。本で読んだのは知っているけどそれ以外は基本的な知識もない。まだまだ勉強が足りないってことだな」


 だが今は本だけでなくルイシアもいる。

 一人前になるのもそう遠くないだろう。


「それがそもそもおかしいんだよ。本を読むにしても字を学ばないと読めないし、読めないんじゃ知識どころの話じゃない。それに、本を読んだだけじゃ人は喋れないんだ。言葉を聞くことで言葉を習うんだよ普通」

「えっと、言葉は最初からわかっていたけど?」

「え?」


 俺はこの城で目を覚ました時、その瞬間から言葉はすでに分かっていた。

 ここはどこ?俺はだれ?みたいなことを言ってた。

 そして字も同じく、本を読んだ瞬間から難なく読めた。

 が、ルイシアの反応からして普通じゃないのだろう。

 なんというか、俺は我ながら謎だらけだな。


「ここで目を覚ました時から喋れたし、字も読めた」

「……君は謎だらけだね」

「まったくその通りだと思う」


 それから俺はルイシアにこの木の実がある場所を他にも何か所か教えた。

 これで塩分に困ることはないだろう。

 俺も彼女も死ぬ心配はない。


「これで塩分は解決できたな。そろそろ帰ろうか」


 そう思っての提案だったが、ルイシアの表情はあまり優れない。


「ん……いや、これじゃダメだね。今は夏だから大丈夫だけど、冬になったらほとんどの植物は萎れてしまう。そうなったら塩分が取れないよ」

「えっ、それじゃ食料もヤバいんじゃ……」

「そうだね……よし!少し早めだけど、冬に備えようか!」



――



 この城で暮らしていくにあたって解決すべき点はたくさんあるけど、私たちはまず冬に備えることにした。

 冬越しにおいて最も重要なのはやはり食料だ。

 魔族なら魔術で冷凍するだけでいいし、亜人族なら聖術で腐らないように、もし腐ってしまっても新鮮な状態に戻すことができる。

 だけど人間の気術はそんな器用なことはできない。

 私は人間だから気術しか使えないし、その気術すら使えないリックには期待できそうにない。


 じゃあどうするのかって?

 ふっふっふ、人間には人間の方法があるのだよ!


「それで、これで一体どうしろと」


 私から渡された私の髪の毛一本を手に、リックがそう尋ねてくる。

 よくぞ聞いてくれた!


「説明しよう!冬を越すためには保存食を作らないといけない。保存食は肉と果物があればいいんだけど、それを使って作るためには道具が必要だから、まずはその道具を作る。でも道具を作るにも材料が要るんだけど、幸いここには木が使い切れないほどある。さ、これでわかったでしょ?」

「いや、全然わからないけど。これでどうしろと」


 髪の毛を見下ろすリック。

 そんな彼に私は正解を伝える。


「その髪の毛で木を~」

「この髪の毛で木を?」

「――ぶった切るんだよ!」

「……は?」


 耳を疑うような顔で私を見下ろす。

 やはり、人間の常識がまだ足りないね。

 大丈夫よリック。

 私が手取り足取り教えてあげるからね!


「見てて」


 気力の使い方をまだ知らない彼には説明より見せる方が早い。

 私は切る予定の木に近づき、髪の毛の両端をそれぞれ掴んで真っ直ぐになるようにして構えた。

 そして髪の毛に気力を流して強化――行き届いた気力の固定を感じ取った瞬間、そのまま木に向かって横に振るう。


「…………」


 振るった際の空気を切る音が鳴り、静寂に包まれる。


「えっと、ルイシア、少し休まないか?外に連れ出した俺が言うのもなんだが、暑さにやられたのかも知れない。うん、とりあえず城に戻ろう。冬越しの準備は明日からしても――」


 その時、リックの言葉を遮るように木から摩擦音が響き、続いて木の根元――私が切った部分がずれ始めた。

 ずれ続けた木はやがて均衡を保てず、横に倒れる。

 口をポカンと開けたまま倒れる木を見つめるリックに、自然と笑みが浮かぶ。


「なっ、ななっ」

「見た?これが人間のみに許された、魔族と亜人族に対抗できる力、気術さ!」

「ど、どうやったんだ?」

「人間の気術はそのほとんどが強化にある。自分の身体能力を強化したり手に持つ武器を強化したり。触れるのが条件だけど、触れさえすればどんなものでも防具と武器になれるんだ。今回私は髪の毛を鉄のように強化して木をぶった切ったんだ。私の髪は細い方だから鋭さも問題ないしね」


 これが他の人種から化け物呼ばわりされる理由でもある。

 魔族の魔術は自分自身に影響を与えることができず、亜人族の聖術はせいぜい回復程度。

 その反面、人間の気術は体力がある限りほぼ無敵になれる。

 今見せた髪の毛のように全身を強化すればそんじょそこらの攻撃じゃかすり傷一つつけられないのだ。

 こんな特徴のせいで武闘派で脳筋の認識があるけど、決してみんながそういう訳じゃない。

 私みたいに賢い子もいるのだから!


「冬越しの準備ついでにやってみなよ。リックも練習すれば出来ると思うんだ。人間にとって気力はこの過酷な世界を生きるための必要な力だから、リックもいずれは覚えないといけないし、ちょうどいい機会じゃにない?」

「わかった。……えっと、これを握ってどうすればいいんだ?」

精髄(エッセンス)はあらゆるものから常時発散されている。そしてそれは人間の体内で勝手に気力へと変換される。まず目を閉じて自分の中にある気力を感じてみて」


 リックは言われた通り目を閉ざし、集中する。

 気力とは人間にとって手足を動かすほど当たり前の機能で、本来なら特に意識せずとも年を重ねれば遅かれ早かれ習得することになる。

 しかしリックは普通の人間じゃない。

 ある程度の練習は必要だろう。

 ……最悪、使えないかもしれないけど。


「――~んん、ふぅ……。ダメだ、何も感じられない」

「あはは、まぁリックの場合、一朝一夕では難しいかもね。まずは自分の中の力を感じることを第一目標にしよう」

「わかった……!あれ、でも冬越しは?」

「リックは手練に集中して。冬越しの準備はその間に私がやっておくから」


 ここにいさせてくれるんだ、これくらいはしないと。


「えっ、いやそれは――」

「いいのいいの、リックはそっちに専念して。っていうかそもそも気力が使えないんじゃ役に立たないんだ」


 リックは頑固に手伝おうとするけど、これから私がしようとする作業はただの労働じゃない。

 気力を使った技術の要る作業だ。

 彼の気持ちはわかるけど、彼が気力を扱えるようになるまでは手練に専念してもらおう。


 そしてなんとかリックをあやした私は保存食作りに取り掛かった。

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