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第四話 対面と救い

「…………これは、戻る必要はなさそう……」


 そう呟いたルイシアがいよいよこの城の本格的な遺跡区域に足を踏み入れようとした――その瞬間。


「っ……!」


 直感的に身の危険を感じ、考えるよりも先に前方に身を投げるように身体を動かす。

 前転するように一回転したルイシアは危機感の正体を探すべく、自分が立っていた場所を振り向く。

 するとそこには――。


「えっ、魔族……?いや、でもその耳は……髪の毛と目の色も……」


 先ほどまでルイシアが立っていた場所にはいつの間にか一人の巨漢が構えていた。

 だがルイシアが驚いたのはそこじゃない。

 危機感を覚えた瞬間から予想出来ていたことだ。


 ルイシアが驚いたのは、彼の外見である。

 別に顔が不細工だとか、そういった次元の話じゃない。


 ルイシアが驚愕したのは、彼が三人種の特徴をすべて持ち合わせていたからだ。

 人間の体に、魔族の特徴である灰色の髪に角を生やし、亜人族の特徴であるエメラルドの瞳に尖った耳。

 しかもそれは魔族の中でも悪魔族(デビル)の特徴であり、そして亜人族の中でも要請族(エルフ)の特徴だった。

 あまりにも相反する二つの種族の特徴に、ルイシアはある異常現象のことを思い浮かぶ。


「キメラ……?」

「!!」


 ルイシアのその呟きを聞いたキメラはピクンと身を震わせ、茂みの方へと逃げ出そうとする。


「あっ、待て!」


 が、逃げ切る前に制止の言葉を掛けられ、それ以上逃げずゆっくりと彼女の方に振り替えた。

 ルイシアを見つめる夕日に染まったその瞳には恐怖の色が見え隠れしていて、彼女に対する警戒で満ちている。

 それを見たルイシアは、彼はここに住んでいて侵入者である自分を警戒しているのだと察した。

 直感と観察力は探検家としての基本能力である。


「大丈夫、警戒しないで。私にあなたの家を荒らすつもりはないの。そのままでいいから話し合わない?」


 待てと言われて動きを止めたことから言葉がわかるのではと踏んでのことだが、当たったらしく彼はその言葉に静かに頷いて見せた。


(この人……かどうかはともかく、少なくとも言葉はわかるみたい)


「私は探検家のルイシア。あなたは?」


 もしこの問いに返事が返ってきて、相手も言葉を話せるとわかれば、それだけで会話の難易度は大幅に下がる。

 数秒の静寂が流れてから、キメラの男はためらい気味に口を開いた。


「名前は、ない」


 小さい声での短い言葉。

 しかし間違いない言葉。

 これでルイシアは目の前の謎の男が、その正体は何であれ会話のできる知性のある存在であると確信した。



――



 私は膠着状態となった現状を打開すべく、彼との会話を目論見る。

 ここに留まるにしろ去るにしろ、お互いを知り理解する必要がある。

 ……できれば去りたくはないけど。


「あなたはここに住んでるの?」

「ここは俺の家」

「いつから?」

「生まれた時からずっと」

「えっ、生まれた時から!?」


 外見からして、最低でも十代後半に見える。

 誰も入ることのできないこの城で、二十年近くを一人で暮らしていたってこと!?

 いや、彼の存在が一般的じゃないと思われる以上、外見と年齢が一致するとう決まりはない。


「……生まれたのって、いつ?」

「夏が始まるころ」

「今年の……?」


 頷くキメラ男。

 これで彼の存在が一般的じゃないのは確定だ。

 生まれて一年も経ってないのにこの外見、だけでなく喋れるしある程度の知識もあるように見える。

 記憶喪失という可能性もありそう。


 ちなみに今は真夏である。


「そう」


 彼の正体が気になるけど、今のところは触れないでおこう。

 先ほどキメラと呟いてしまった時の反応からして、藪蛇な気がする。

 ……まぁ、大体の予想はついているけど。

 彼は多分、人類のキメラだ。


「私はね、追われていたの」


 今度は私の話をする。


「ちょっとヘマをしちゃって追われることになって、でもそんな時にこの城の結界が消えてそのまま逃げ込んできたんだ」


 私としては、彼からここに泊まる許可をもらるのがベストだ。

 城の内部が気になるのもあるけど、やはり追われているのが大きい。

 もし許可を得られなかったら、ここから追い出されたら、すでに指名手配されているであろう私に希望はない。

 だから何とか説得しないと。


「それでなんだけど、もしよかったらしばらくの間ここにいていいかな?私をあなたの家に泊まらせて欲しい。あ、もちろんタダってわけじゃないよ?仕事があるなら手伝うし知らないことがあったらいろいろ教えてあげる。こう見えて私物知りなんだ」


 幸い、彼は会話ができるしそう悪い人には見えない。

 案外あっさりと許可が出るかも――。


「嘘だ」

「え?」

「探検の時間だ!と叫んでた」

「えっ、見られっ、え?」


 思惑が早速破綻された。


「城壁を通った時からずっと見てた。いろんなものを観察してた。逃げてきたのは嘘で俺の宝が目的。そうだろ?」


 み、見られてたあぁ……!

 私は頭を抱えて座り込んでしまう。

 まさかずっと尾行されてそれに気付けないとは……。

 なんていう不覚!

 これじゃ説得が困難だ。

 何とか解明しないと……!


「た、確かに!私は探検家として遺跡の宝にはとても興味がある!けど人が住んでいて持ち主があるとした話は別だよ。私はあくまでも探検家であって、泥棒になるつもりはさらさらない。本当に私は逃げてきたんだ、信じて欲しい!」


 私は立ち上がって必死に訴えかける。

 これで警戒を解いてはもらえないだろう。

 しかし後のない私にはこうする外ない。


「…………」


 彼から返事はなく、静寂が流れる。

 私の話を信じるかどうか悩んでいるのだろうか。

 思考を探るべく彼の目をじっと見つめる。


 夕日を帯びたエメラルドの綺麗な瞳。

 その瞳はなんていうかこう……清潔感があって、まるで大人を怖がる子供みたい。


 ……ダメだ、何を考えているのかさっぱりわからない。


「……本当なんだよな?」

「う、うん、本当!証明は出来そうにないけど、あなたのものに勝手に触れないと約束する!」


 証明できたらどれだけ良いことか。

 だけど残念ながら、私にそのすべはない。


「いいだろう。とりあえずは、信じてあげるとしよう。付いてくるがいい」


 ……なんか口調が偉くない?

 いや、一応信じてもらえたようだし、ひとまずはこれでいいか。

 私は城の中に入る彼の後を追い、ようやく室内に足を踏み入れることができた。



――



 あの後、私はある部屋へと案内された。

 迷路のような城内を迷いなく進む彼の後をついていく。

 どこに連れていかれるのだろうかと、もしやこれは案内ではなく連行なのではと少し警戒したけど、説明を聞いて警戒は興奮に変わった。


「結界が消えたのは多分だけど、俺がこれを見つけたからだ」


 案内されたのは、結界を張っていたという装置のある部屋だった。

 謁見の間らしい部屋の奥、王座の後ろの壁をすり抜けての地下部屋。

 円形のその部屋の真ん中の床には見たこともない魔法陣が刻まれていて、その横に球体の何かが転がっていた。


「今朝までに床の文様は輝いていて、球体は同じ光を発しながら文様の真上に浮いていた。それを見つけた俺が近づくと、俺をキメラだと言って――」


 彼は何があったのか、詳しく説明してくれた。

 装置が彼に反応したこと、彼を異常現状のキメラだと称したこと、異常現象の侵入を失敗したと判断した装置が結界を解除して沈黙したこと。


「やはり、あなたはキメラだったんだね」

「……俺は自分が人間だと思っていた。だから人間らしくなろうと服も着て食事をして勉強をした。でも、人間じゃなかった。なぁ人間、やはり俺は……化け物は……怖いのか……?」


 彼のことが少しわかってきた気がする。

 おそらくここで異常現象として突如に発生したのだろう。

 しかし自分以外に言葉を話す存在はなく、ずっと独りぼっち。

 普通のキメラならそれでいいだろう。

 だけど彼は、人類のキメラだ。

 本質が人類だからこそ、自分を人類の一人だと思い込み、人間を勉強して……人間であろうとした。

 なのにやっと出会った話す装置に化け物だと言われて、納得してしまった。

 勉強したからこそわかってしまったのだろう。

 自分に三人種全ての特徴があることに。


 彼は、自分を化け物だと知ってしまった子供だ。

 だけど話してみてわかった。

 彼は――化け物じゃない。


「化け物は怖いよ」

「……っ」

「でも、君は化け物じゃない」


 俯きかけた彼が顔を上げ、私の目を見つめる。


「君は確かにキメラで、異常現象によって生まれた存在だけど、その本質は違う。キメラでも、ただのキメラじゃない。君は、人類のキメラだよ!」

「人類の、キメラ……?」

「うん、人類のキメラ。つまりその本質は人間。君は人間だよ!」

「……そうか、そうだったのか!つまり俺はキメラという新しい人種ってことだな?」


 ずっと暗かった彼の顔が明るくなり、笑顔を浮かべる。

 純粋なエメラルドの瞳を光らせて喜ぶ彼の端正な顔立ちは、私が一瞬見とれるくらい明るいものだった。


「――その通り!だから心配しなくても私が君を恐れることはないよ。君はれっきとした人間だからね!」

「よかった……俺はちゃんと人間だったんだ……。ありがとう、俺が人間だと教えてくれて。人類のキメラなんて知らなかったよ」

「言ったろ?私は物知りだって」


 とは言ったけど、人類のキメラという存在が報告されたことはない。

 これはあくまでも、私の推測だ。

 しかしこの推測は間違いなく正解だ。

 そんな確信がする。


「ありがとう、本当にありがとう、ルイシア」


 いつの間にか私の目の前にひざまずいた彼がそう何度も感謝の言葉を述べる――私の両手を取りながら。

 予想外の行動に驚き、両手を羽ばたかせるようにして彼の手から脱出しながら一歩後ずさってしまう。

 プロポーズかよ!

 急に心の距離が近づきすぎたような気がする……。


「あ、ああ!好きなだけ感謝するがいい」

「?」


 慌ててつい偉い口調が出てしまった。

 もしかして、先ほどの彼もこんな感じだったのかな……?


 首を傾げて私を見つめる彼。

 くっ、何か話題をそらさないと……。


「そ、そうだ!君、名前がないんだったよね?私が名前を付けてあげるよ!」

「俺に、名前を?」

「うん、人間はみんな名前を持っている。君は人間だけど、生まれたばかりでまだ足りないところが多いと思う。だからその一歩として、ね!」


 ちょうど名前がなくて不便だと思っていたところだ。

 いい話題を探した私!


「……名前のことは知っているよね?」

「知っている。生まれた時に親に着けてもらうものだと、本に書いてあった」

「そう、名前は人に付けてもらうもの。だから私が付けてあげるよ」


 名前に意味を与えるのはいいことだが、名前の意味を考えて生きる人はそうそういない。

 やはりここは、単純に似合う名前の方がいいと思う。

 ということで、彼を観察する。

 角や尖った耳はさておき、彼は灰色の髪にエメラルドの瞳を持つ、端正な顔立ちの男だ。

 純粋な反面、私を襲おうとしたことからしていざという時は行動を起こす気概もある。

 程よくかっこいい語感の名前がいいだろう。


 ――よし決めた!

 期待の眼差しをぶつけてくる彼に、私は口を開ける。


「うん、決めた。君の名前は――リックだ!」

「リック……これが俺の名前」

「うん、これからはリックと呼ぶからね」

「リック……そうか、俺はリック」

「気に入ってもらえたようで何よりだよ。これからもよろしくな、リック」


 私とリックは、握手を交わした。

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