第三話 キメラは無自覚ストーカーなのか
どうしてあの見えない壁、結界が消えたのかはわからない。
このご時世、わからないというのは危険だということだ。
昔は違ったらしいけど、今ではわかっていても予想できない場合が多い。
だから現在の私はいつ何が起きるかわからない、とても危うい状況にあると言えるだろう。
しかしこれは魔族から逃れるには絶好のチャンスだ。
秘境はただの遺跡やダンジョンとは比べ物なならないほど危険な場所とされる。
だから少なくともあの兵隊がここまで追ってくることはない。
ここに来るには兵士だろうと探検家だろうと、相当の実力者じゃいといけない。
そして幸いなことに、私は実力のある探検家だ。
つまり……私なら魔族から身を隠すと同時にこの秘境を誰よりも早く探検することができるのだ!
……これは身を隠すためであって、決して探検したいがための決定ではないので誤解しないように。
「よし、探検の時間だ!」
城の正門にたどり着いた私は高ぶる気持ちを抑えきれず両拳を天に突き上げながらそう叫ぶ。
ああ、楽しみだ。
この城はかつての最強国家であるルイーナ王国の王城で、しかも今まで誰も立ち入ったことがないとされる。
一体どんな遺産と神秘が隠されているのだろう。
想像するだけで……じゅるり。
「はっ、こうしちゃいられない!では、失礼しま~す」
城の正門、つまりは城を囲う城壁に空いている大きな門だ。
空でも飛んでみない限り正確な構造はわからないけど、少なくとも城壁は僅かに曲線を描いていることから円形のように見える。
円形の城壁の中に城の建物が配置されているのだろう。
……城のかなりの規模と老朽化で確信は持てないけど。
そしてここでわかるのが一つ、あの結界の片鱗だ。
石造りの建物や地面の岩などを見れば、その風化具合から今までどういう環境にあったのか大体の推測ができる。
結果から言えば、外とそう変わらない。
風は吹き、雨も降る。
冬には雪も問題なく結界を通ったのだろう。
自然環境も外と変わったところがないあたり、植物や動物も結界を通ったと推測できる。
つまり……。
「あの結界は知性を持つ存在だけを通さなかったみたいね」
ああ、ダメだ、結界のことがさらに気になってきてしまった。
張られた経緯と、急に今になって解除された理由が気になるっ!
……けどこればかりは考えてもどうしようもないので、私はとりあえず外からも見えたあの大きな建物に向かうことにした。
――そして歩いて数時間。
そろそろ何か出るだろうと思った頃にデジャヴを覚える。
「えっ、ここで城壁って……」
城壁と再び出くわしたのだ。
何らかの異常現象で城の外に移動させられたのかと思ったが、よく見たら以前通った壁よりずっと高い。
よかったぁ、追い返されたわけじゃなさそう。
ということは目の前の壁は内側の壁ということになる。
城の中に城壁があるのはそう珍しくない。
ただ、内側の城壁たどり着くまでこんなに時間がかかるとは。
この城、想像以上に広い。
城の中心らしき大きな建物に向かって歩き始めたけど、未だにそこにはたどり着けてない。
今までにも廃墟となった建築物は所々に見えていたが、ほとんどが地中に埋まっていた。
そんな中やっとそれっぽいのが出たと思ったら城壁だったということだ。
「さすがに広すぎない?」
魔王城に行ってみたことがあるけど、それより数倍はありそうだ。
そろそろ日が暮れそうなので、私はもう少し急ぐことにする。
異常現象の溢れるこの時代、外の中も危険なのは同じだけど、それでも室内の方がマシだ。
「今さら戻ってもしょうがないし、っていうか戻りたくないし、よし!進もう!」
戻って適当な廃墟で、っていうのも手ではあるけど、可能ならもう少しちゃんとしたところで寝たい。
……というよりは早くちゃんとした遺跡を拝めたい!
幸いまだ時間はあるし、ダメそうなら走って戻ればいい。
そう方針を決めた私は、速足で二回目の門をくぐった。
「なっ…………」
くぐった先で、私は絶句する。
外で見た大きな建物はまだまだ遠い。
だが遠いのは、つまりは外から見えていた部分は、中央部の天辺だった。
そしてその形は、中心の建物を軸に外側に離れれば離れるほど低くなる、円錐の構造をしていて。
そのすべての建物が通路で不規則に繋がっている。
まるで、迷路だ。
「…………これは、戻る必要はなさそう……」
私はそう呟いて、いよいよ室内に足を踏み入れるのだった。
――
結界が解除された。
それを知った俺は、すぐさまその確認に向かった。
中央から出て外へ。
結界というのは本で読んだので知っている。
何らかの条件を加えた特殊な壁だと書いてあった。
もしかしたらあの隠し部屋を隠している壁も結界かも知れない。
ともあれ今までは張られていた結界が消えたとなったらなんらかの異変が起きるかもしれない。
起きてからじゃ遅いので、早速確認である。
とはいえ、結界がどの辺に張られていたかなんて知らない。
『ルイーナ王城の結界』とのことから、おそらくはこの城全体を囲う形なのだろうという推測だけ。
なのでとりあえず行けるだけ外の向かってみることにした。
そしてそう掛からず二番目の壁の付近まで出て来た。
この壁の外には未だに足を運んだことがなく、俺はためらい気味で壁を見上げる――その時。
「よし、探検の時間だ!」
「……!!」
壁の向こうから、声が聞こえてきた!
驚いた俺はとっさに茂みに身を隠す。
「声……であってるよな?」
自分以外の人に会ったことがないので、今聞こえたのが声であっているのか確信が持てない。
だが音であるのは間違いなく、その音は言語を成していた。
つまり、声なのだろう。
これが声じゃないならなんだっていうのだ。
「……綺麗な声だ」
自分の喉を鳴らしての声とはまるで違う。
なんて言えばいいだろうか、まるでそれは、暖かい日差しのようで、どこか透き通った感じもして。
ずっと聞いていられそうだ。
「はっ、こうしちゃいられない!では、失礼しま~す」
もう一度聞きたいという俺の願いが届いたのか、再度暖かい空気の揺れが俺の耳をくすぐる。
聞くだけで元気をもたらしてくれる、そんな声だ。
ああ、声とはなんて素晴らしいものなのだろう。
――すたすた。
生まれて初めて聞く声音に浸っていたら、足音が聞こえ始めた。
位置は声と同じく壁の向こうで、徐々に近づいてきている。
声と足音からして向こうにいるのは一人のようだが、それでもこれは明らかな異変だ。
今までは誰も来たことがないのに、結界が消えた途端にこれである。
俺は気を引き締めて気配を消した。
しばらく待つと、声の主が姿を現した。
声の主は、本で見た探検家のような服装をした、ちょっと小柄な人だった。
ストレートな紫色の髪が肩甲骨辺りまで伸びていて、髪の毛より少しだけ明るい紫の瞳をしている。
ほんの少しだけキリっとした感じの目つきに紫でありながら透明感のある瞳が帽子をかぶっていてもよく見える。
声に相応しい、非常に整った顔立ちだ。
「あの結界は知性を持つ存在だけを通さなかったみたいね」
城内に入ってきた紫の人は周囲を見渡し、廃墟や地面を観察するとそう呟いた。
その言葉から、やはりこの城は結界に守られていて、あの人は結界が解除されたことで入ってこれたのだとわかる。
それから彼は見える全てを観察しながら城の中央へと向かった。
それを俺は気配を殺して尾行する。
「えっ、ここで城壁って……」
そしてやがて一番目の城壁にたどり着き、俺は今さらながら焦りを感じ始めた。
初めての人間に浮かれてここまで来てしまったが、俺はあの人物のことを何も知らない。
ただの来訪者ならいいが、服装からして探検家のように見える。
探検家とは遺跡などを探索して宝を持ち帰る人たち。
だがここは遺跡じゃなく俺の家だ。
つまり、敵である可能性がある!
「さすがに広すぎない?」
しかしだからといってどうする。
話しかけてここに来た目的が何なのか聞いてみる?
いや、俺は人間じゃなくキメラらしいからそれは無理だろう。
間違えたら最悪殺される。
「今さら戻ってもしょうがないし、っていうか戻りたくないし、よし!進もう!」
考えてるうちに彼の止まっていた足が再び動き出した。
何にも妨害されることなく、俺の家に入っていく。
早く対策を考えなければっ!
どうせ戦いになるならいっその事こっちから先に襲い掛かるのはどうだろうか。
いや、相手の強さをわからない上に、俺は何かと戦ったことすらない。
負けたら最悪殺される。
何か衝突せずに家を守る方法はないだろうか。
「なっ…………」
答えが出ないうちに彼が門をくぐってしまった。
未だに平和的な対策は思い浮かばない。
だが何か行動を起こさないとマズいのは確かだ。
幸いというべきか、彼は今なぜかぼーっとしている。
やるなら今しかない!
「……確か首の後ろを叩けば気絶するんだったな」
俺は気配を殺したまま茂みから出て行き、彼のところまでダッシュ。
できれば手荒な真似はしたくないが、仕方ない。
何をしても博打なら最低でも俺が主導権を握る!
ダッシュで距離を詰めた俺は彼の真後ろまでゆっくりと近づき……。
「…………これは、戻る必要はなさそう……」
足を踏み出そうとする彼のうなじを狙って手を振り下ろした。




