第二話 逃走の先は……
とある野生のキメラによってルイーナ城の結界が解除される数分前。
「はぁ、はぁ、っ、はぁっ」
城の近くの森にて、人間の少女が一人、何者かに追われていた。
草むらを切り抜けて、岩を飛び越えて、木の根に足を引っかかりそうになりながらも、ただひたすら一直線に。
息を切らしながら必死に逃げる。
「おい、あっちだ、追え!」
そんな彼女を追うのは数十人の魔族の兵士たち。
魔力を使った飛行魔術を用いて、木々の上から少女を追う。
「速度が落ちてきてる。そろそろ限界のようだな、探検家!いい加減諦めたらどうだ?」
追手のリーダーらしき人物が速度を落とすことなくそう叫ぶ。
彼らは魔力を使う魔族、体力にも影響を与える気力と違い、魔力による飛行は疲れない。
つまりただ面倒くささからの提案である。
しかし必死に逃げている少女にそんな提案がまともに届くはずもなく、スルーされる。
「ちっ、面倒掛けやがって。どうせ逃げられないっていうのによう。おいお前ら!早く帰りたければさっさと捕まえろ!」
「隊長!この先は例の廃城です、これ以上進んではいつぶつかってしまうか――」
「問題ない。どうせやつの方が先にぶつかる。それを見て速度を落とせばいい。これはむしろチャンスだ。先を越さないように気を付けて飛ぶよう全員に伝えろ」
「はっ!」
彼らの会話は少女にとって大事な情報であったが、たとえ聞こえても彼女にそれを理解する余裕はない。
この先が行き止まりだとは夢にも思わず、少女は限界に近い体力を振り絞る。
魔族に魔力による魔術があるなら、人間には気力による気術がある。
少女は気力を全身に巡らせて身体能力を強化し――。
「ッぐあああああぁ!!」
残された僅かの体力をすべて使い切る勢いで速度をさらに上げた。
「なっ、いきなり速度が……!気力で無理やり体を動かしたのか。ったく、人間っていうのは化け物しかねぇのか?」
呆れたように悪態を吐くリーダーの男。
だがこれは少女にとっての最後の博打だった。
残された力を全部出し切るダッシュ、力尽きたらしばらくは走るどころか動くこともできないだろう。
これで振り払えなかったら終わりなのだ。
しかし少女に最善を尽くす以外の選択肢はない。
最善を尽くせばその努力は必ず報われると、そう信じて七秒ほど走った少女は――。
「ぶあッ!?」
突然何かにぶつかったように走ってきた方向へと弾き飛ばされた。
数メートルをゴロゴロと転び、倒れてしまう。
「全員止まれ!これ以上進むな、ぶつかるぞ!」
リーダーの命令により、高速飛行していた追撃隊が一斉にブレーキを掛けて勢いを殺す。
弾き飛ばされた少女は身体強化をしていたため怪我はなく、すぐに立ち上がって気を取り戻す。
兵士たちが体制を整える間に素早くぶつかった場所に向かい、何が起きたのかを調べた。
「なんだろ、これ。見えない……透明な、壁?」
そこには、どれだけ目を細めても視認することのできない壁があった。
見えない上に、触ってみても感触がない。
にも拘らず壁があるかのようで、手のひらを押してもみてもそれ以上は決して進めない。
探検家という職業柄、不思議なものをたくさん見てきた少女だったが、そんな彼女にも未経験な体験だった。
「今だ!囲え!」
「っ、そうだ、逃げなきゃ……!」
初めて見る不思議な壁に興味がわくが、今はそんな場合じゃない。
直線方向がダメなら進路を変えて引き続き逃走を……と思って行動を再開した時はすでに遅かった。
「っ!」
空を飛べる彼らに距離を除けば障害物などないに等しい。
移動を止めて、あまつさえ見えない壁に気を取られてしまった少女は逃げ遅れてしまった。
結局、見えない壁に背を向けたまま完全包囲される。
「ははっ!城の結界にぶつかってしまったようだな。もう逃げられねぞ」
リーダーの男が数秒遅れて下りてくる。
いつもならこれくらいの包囲は突破できる彼女だが、本調子じゃない今ではそれも叶わない。
「疲弊しているがそれでも気力を使う人間だ。念のため、捕獲魔術を使え」
捕獲魔術とはその名の通り、当てた相手を捕獲する魔術。
食らってしまえばおしまいである。
(くっ、どうすれば……!)
少しでも逃れようと後ずさりながら考えるも、現状の打開策は思い浮かばない。
縋る思いで後ろの見えない壁を背なかで押してみるが、微塵も動く気配はない。
「へへっ、あの名高い探検家ルイシアもこれで終わりだな。運よく死刑を免れたら、特別に俺が可愛がってやるぜ」
捕まったら死刑、運が良くても奴隷なる。
それを今さらながら実感した彼女、ルイシアは悔恨の感情を覚えた。
(ああ、そうか。私は死ぬのか。悪くなかった人生もこれで終わりか)
らしくもない正義感なんて、とっくの昔に捨てたはずなのになぁ。
諦念と共にそう思った矢先――。
「あえっ?」
ルイシアは唐突な浮遊感に襲われた。
そして世界が傾き……。
「うがっ!」
続いて背中に謎の衝撃が走る。
「……結界が、消えた?」
訳がわからず蒼天を眺めていると、兵士の一人からそんな呟きが聞こえた。
結界、つまりは見えない壁のことだと気づき、自分はそれが消えて転んでしまったと悟る。
状況の把握が終わったルイシアの行動は早かった。
瞬時に立ち上がり、背を向けていた方向へと全力ダッシュする。
「あっ、逃げた」
「逃げたな、どうしよう」
「これは仕方なくね?」
「くっ、何をぼさっとしている!早く追え!」
「えっ、追うんですか??」
「あったりまえだろが!追わずにどうする!」
「で、でも隊長」
「ああん!?」
「ここって……秘境ですよね?」
探検家ルイシアが逃走の末に行きついたのは、世界に少数存在する秘境のうち一つ、ルイーナ城の廃墟だった。
――
「はぁ、はぁ、た、助かったぁ」
力尽きて倒れてしまった私は、ようやく誰も追ってこないことに気付いて倒れたまま安堵する。
あの時見えない壁が消えてくれなかったら今頃捕まって連行されていたことだろう。
本当に助かった……。
でもなぜ急に追ってこなくなったのだろう。
もちろん追ってきてもらっては困るけど、不可解で気になってしまう。
魔族の飛行魔術は人間の身体強化と違って疲れない。
事実上制限なく飛べるのだ。
「どれだけ移動しても疲れないとか、本当にずるい」
だから魔族から逃げるのは不可能とされていて、私も奇跡でも起きない限り逃げられないと思っていた。
何の理由もなく追撃をやめるのはおかしい。
「つまり私の奇跡頼りの逃走は成功した?」
記憶が正しければ、見えない壁が消えたところから追ってこなくなった気がする。
もしやあの壁、魔族は通れないとか?
壁は人間である私に反応し、人間である私だけを通してくれた……?
んん……、わからん。
「――まぁ、今そんなこと考えても仕方ないか。んしょ」
あれこれ考えてみたものの答えが出るはずもなく、私はとりあえず行動を再開することにした。
数分横になっていたことで歩けるくらいには回復したから問題ない。
今はまず身を隠すのが先決だ。
逃げるのが不可能に近い以上、逃げるという状況を作らないようにするのがベストだろう。
奇跡は二度も起きない。
次見つかったらさすがに捕まってしまう……。
「そういえばここってどこ?」
目的地などを考える余裕もなかったため、現在私のいるこの場所がどこなのかわからない。
地図はあるけどここがどこなのかを知らないんじゃ意味がないし。
「何かここがどこなのかわかるような……あ」
ここは森で、周囲は木々のみ。
なので目印や建物などはないだろうと思いながらも周囲を見回してみたのだけど……。
「あった」
鬱蒼な森の中からも見えるほどの大きな城を発見した。
「……あれ?ここら一帯で城は秘境の入れない廃城しかないはずなんだけど……」
鞄から地図を取り出し、記憶が正しいかどうか確認する。
――……やはり城は入れない廃城しか……ん?
「……入れない?……あっ」
そこで、私は気付いた。
「見えない壁で入れない廃城……!」
私が足を踏み入れたこの場所こそが、誰も立ち入ることを許さなかった秘境だということに。




