第一話 どうやら自分はキメラらしい
異常現象とは万物から発せられるエネルギーである精髄の濃度を調節しようとする自然現象の結果である。
世界中に出現する魔物やダンジョンといった脅威がそれに当たり、それによって人々に資源をもたらしてくれる。
だけでなく三人種がそれそれ持つ力である気力、魔力、聖力もまた精髄あってのものだ。
つまり精髄とは、人類にとっての最大の脅威でありながら、力と資源を与え暮らしを豊かにしてくれる、なくてはならない両刃の剣のような存在と言えるだろう。
ではなぜそれが異常現象という物騒な名で呼ばれているのか。
その理由は規則性のない一部の現象が人類からしてはあまりにも異常だからだ。
異常現象と呼ばれる原因となる現象のうち、ある程度規則性の知られた場合は以下となる。
アンデッド、ドッペルゲンガー、キメラ、ストーキングドール――。
「ふぅ……」
そこまで読んだ俺は、ため息をつきながら本を閉ざした。
俺は現在、ある森の中に構えた城の廃墟らしき建築物に住んでいる。
城から眺めた風景には森しかおらず、せいぜい遠くに山が見える程度。
なぜ俺がこんなところに住んでいるのかと言うと、自分でもわからん。
気付いたらここにいた、それだけだ。
それからはこの城の探索の毎日を送っている。
先ほどまでに読んでいた本もその探索の過程で見つけたものだ。
読書はなんにもないこの廃墟で情報を得られる貴重な活動だが、今日はここまでにしよう。
まだ字を読むのが慣れてないせいか、どうにも疲れる。
「さて、探索でもするか」
寝床に使っている部屋から出て行き、廊下を歩く。
探索の目的は主に三つだ。
一つ目、先ほど読んでいた本のように何か情報になりうるものを見つけること。
二つ目、情報から得た価値のあるものを見つけること。
三つ目、食料調達。
俺はここで目覚めてから一度も自分以外の人に会ったことがない。
なので自分が人であるためには何をすべきなのかをわからない。
それを本が教えてくれた。
そのおかげで、俺は今服を着ている。
本によると人は服を着るらしく、それを知った俺は廃墟に転がる白骨となった死体から服を剥がし、身に着けることができた。
知らなかったら今もただのゴミだとしか思ってなかっただろう。
いや、死んだ人たち全員が身に着けているからそのうち気付いて真似したかも。
だが残念なことに、ほとんどの服は服としての原型を失っている。
剥ぎ取る過程で崩れてしまうのだ。
だから今の俺の姿を果たして服を着ていると言えるのかは……誰かに判断してもらうしかないな。
……そんな人いないけど。
「ふむ、こっちの廊下は行ってみたことがないな。よし、今日はこっちだな」
今日までに俺はいつも城の外部の方を探索してきた。
食料となる木の実が取れる森に寄りやすいからだ。
だが最近は食料の貯槽が十分になったこともあり、今回は城の中央部に入ってみることにした。
――しばし廊下を歩くと今までに見たことのないない部屋が現れた。
天井も高く、なんだか神々しい。
そして同時に、禍々しくもあった。
「……死体が多いな」
俺が赴いたのは中央部にある一番大きいな建物だ。
城はいくつもの建物が廊下でつながっているような構造で、真ん中には他より何周りか大きい建築物が立っている。
そしてその建物の中は、死体がそこかしこにあった。
いや、死体は城全体に転がっているから特別なことではないのだが……広さに比べて多い、って感じだろうか。
なぜここにこうも死体が多いのかはわからないが、俺にとってそんなことはどうでもいい。
重要なのはその服装だった。
いや、服装と言えるだろうか。
理由はわからんが、ここの死体のほとんどは外の死体と違って何も身に着けていないのだ。
「確か本には身分って書いてあったな」
身分の低い人は服を着られない場合もあったという。
かつてここに集まっていた人たちは低い身分だったのだろうか。
俺は死体を踏まないように気を付けながら部屋を進む。
人間は元から脆いのか、それとも時間が経ったせいか、この城で見た白骨は全部少し触っただけで砕け散ってしまう。
使えそうなものをうっかり潰してしまっては目も当てられないので気を付けよう。
「ん?これは……」
進む途中、俺は輝く何かが目に入って足を止めた。
「これはもしや、宝石ってやつか?」
本で読んだことがある。
確か輝きを持つ希少な石で、高く売れるというやつだ。
高く売れるというところの意味が分からないが、希少という表現と高いという表現から価値が高いのではないかと推測している。
床に転がる白骨の首元に着けられている、緑の輝き。
なるほどこれが宝石か。
初めて見た。
暗い中でも綺麗に輝くそれは、俺の推測を確固たるものに変えた。
「……後で持って帰ろ」
最初の頃は見つける次第に持って行ったのだが、抱えきれず落としてしまい壊してしまったことがある。
あれ以来は記憶しておいて帰り際に持って帰ることにしている。
なので今は探索の続きだ。
死体を踏まないように避けながら部屋の一番奥にたどり着くと、そこには派手な椅子があった。
そしてその椅子には派手な服装の白骨が。
本で読んだことがある、王ってやつだ。
一番偉いやつだ。
「座ったままで死んだのか?」
今まで見てきた死体はどれも床に転がっているのばかりで、こうして座っているのはなかった。
不思議なものである。
「さてそろそろ帰るか。……ん?」
帰ろうとした俺は、ふと不自然な風を感じた。
ここは廃墟なのでどこであろうと風は通る。
だが俺が不自然と思ったのは、壁の方から吹いてきたからだ。
いくら廃墟とはいえ、壁をすり抜けてまで風が吹いたりはしない……と思う。
今まではそうだった。
そしてその方向は、王が座っている椅子の後ろの壁から。
俺は少し警戒しながら、壁に手を触れた。
すると……。
「おお?なんだこれ、すり抜けた!?」
そこに壁の感触はなかった。
壁があるにも拘わらず、伸ばした俺の手は壁などないかのように止められることなく腕の限界まで進んでいった。
……壁をすり抜けてまで風が吹いたりはしない……というのは俺の思い違いだったらしい。
「なるほど、秘密通路ってやつか」
壁のふりをする壁の向こうまで足を進んでみると、あっさりと通過することができた。
そしてそこには一本道の階段が。
こういうのは初めて見たので、俺はわくわくしながら階段を下りていく。
なにか面白いものがあったらいいなー。
通路はそう長くなかった。
途中からうっすらと光が見え、下りてみるとその正体が姿を現した。
「これは……一体……」
そこには不思議な光景があった。
まず、円形を成しているその部屋の真ん中の床には、光の直線と曲線が複雑な形に絡まっている。
そしてその上には同じ光を発している玉のような球体が浮いていた。
ちょうど俺のみぞおち辺りの高さである。
「……きれいだ」
こんなのは見たことがない。
不思議で、綺麗で、幻想的で、とにかく絶句するに足りるその光景に、俺は本で見た光に誘われる虫のように、その球体に近づき手を伸ばした。
だが球体に手が届く前に、正確には床の文様に足を踏み入れた瞬間に、異変が起きた。
「うわっ、なんだ!?」
白い光を発していた床の文様と球体が緑の色に変わり、球体の上に文字が浮かび上がる。
文章が浮かび上がっては消えて次の文章が浮かび上がった。
『知的生命体の反応を確認』
『個体名、不明』
『種族、キメラ』
『異常現象による知的生命体キメラの反応から、異常現象侵入の阻止失敗を確認』
『ルイーナ王城の結界を解除及び装置の停止を実行』
『結界の解除を確認』
『これにて本装置は役割を終了し停止します』
そして最後の文章が消えると、床と球体から光が失われ、浮いていた球体は床にガランと落ちた。
「…………」
突然のことで愕然とした俺は、闇に包まれた部屋の中で、ぼーっとしたまま佇む。
まず、この城の名前はルイーナというらしい。
つまりかつて国だったこの王国の名はルイーナ王国ということになるのだろう。
そしてこの城には結界が張られていて、それをやっていたのがこの装置と。
とても貴重な情報だ。
ここの正体と、結界とその装置の存在。
知っておいて損はないだろう。
だが重要なのは、重要なのはそこじゃない。
この装置はおそらく、俺に反応した。
俺に反応して、俺の存在が原因で起動して、そして終了した。
俺を指さして個体名不明に種族キメラ。
さらには異常現象侵入の阻止失敗と。
つまりは俺に名前はなく。
そしてその正体は異常現象で。
そのうち一つだと。
「そうか。俺は、人間じゃなくて、キメラだったのか」
どうやら、自分はキメラらしい。




