4 限界
「ここが私たちの使う部屋ね。」
そういって、つれてこられて部屋は、入り口の扉のすぐ横にトイレがあり、奥に進むと、両側の壁にそれぞれベッドが置いてあるだけの小さめの部屋だった。ベッドの下は引き出しになっているようで、そこに収納できるようになっている。
一人暮らし用の部屋というよりかは、安いビジネスホテルの一室という感じである。
「私が右側を使ってるから、左側を使ってね。ベッドの引き出しの中に、洋服とか必要なもの入ってるから。」
そう言いながら、七海は自分の方のベッドに腰掛ける。
七海は先ほどまで見せていたしっかりとしたお姉さんのような表情とは違い、少し疲れた表情でお腹をさすっている。
「ふぅ、少し疲れたね。」
七海は、そう言いつつお腹を少し気にしている。
「あの、大丈夫ですか?」
少し気になり、声をかけてみる。
「大丈夫、大丈夫。朝からずっと介助してたから、少しお腹が張っちゃったみたい。少し休めば大丈夫だから。」
そう言いつつも、お腹の張りがきついのかベッドに横になり、お腹をさすりながら、目を瞑っている。
私も、自分のベッドに腰をかける。
腰をかけると、今まで無意識に張っていた緊張が解けたのか、どっと疲れを感じる。
そのまま横になると、気を失うかのように寝てしまった。
「・・起きて!ねぇ、起きて」
ん?
気がつくと、七海が私の横にいて、私のことを起こしていた。
「あ、起きた?」
私は、頷き、ゆっくりとベッドから起き上がる。
頭がぼーっとしている。うまく、頭が回らない。そんな気がする。
「ごめん。他の部屋の説明しようと思ってたのに、私が先に寝ちゃったから・・。ご飯の時間だからとりあえず行こうか。」
そういうと、七海は扉の方に歩き出す。
正直、とても動きたくない。体が重かった。
まだ、目が覚めてないのか、視界もぼやっとしていて、音は聞こえてはいるが、何も考えられない。
少し部屋の扉の方に歩き始めていた七海だが、まだ動き出せずにいる私に気がつき、戻ってくる。
「大丈夫?」
私の顔を覗き込んで、尋ねる。
また、うまく声が出せない。
何も答えず、ぼーっとしている私を見て、七海は私の手を取る。
七海に引っ張られるように立ち上がる。
「朝から何も食べてないでしょ。疲れてしんどいかもだけど、ご飯だけ頑張って食べよう。」
そういうと、私の手を取り、ゆっくりと歩き出す。
私も、七海に引っ張られ、ふらふらと歩き始める。
廊下を歩きながら、近くにある部屋やここの施設の説明をしてくれる。
だが、正直、七海に歩いてついていくので精一杯で話が頭に入って来なかった。
七海も、私に教えるというよりかは、気を紛らわせるために話しかけている。そんな感じである。
そういえば、七海は寝る前にお腹が張っているようだったが、今はそのようなそぶりは全く見せていない。
少し目線を上げて、七海の顔を伺ってみるが、しっかりとしたお姉さんのような顔つきに戻っている。
「ここが、食堂ね。その日の食事係がみんなの分を作って、配るの。」
七海は、ふらふらと歩いている私を先に席につかせて、2人分の食事を持って、戻ってきた。
私の目はもうほとんど開いていない。
瞼がとても重く、身体もうまく動かない。
「七海。さっきの子は?」
ふと、後ろから男の声が聞こえる。
男と言ってもここには悠人しかいないので、間違いなく悠人だろう。
「ここに。少しぐったりしてるみたいなんだけど…」
「ご飯は?」
「今から、とりあえずご飯だけは食べさせないとと思って、無理やり連れてきたの。」
「よかった。じゃあ、まだ食べてないな。君はこっち。」
悠人は七海が持ってきた私の分を取り上げると、悠人が持ってきたものを置く。
七海が持ってきたものとは異なり、ご飯はおかゆになっており、おかずは、胃に優しく柔らかそうなものであった。
「まだ、普通のご飯は食べられないからね。急に食べると、胃がびっくりするから、ゆっくり少しずつな。」
起きてから何も食べていないので、お腹は空いていると思うが、食べる気にはなれない。
悠人の声にも反応できずにいる。
自分の体が自分のものじゃないみたいだ。
「だいぶぐったりしてるな。」
悠人は、私の左側にくると、体を支えるように横に座る。
七海は、自然と私の右側につき、二人に両側から支えられる形になる。
そして、悠人に結衣の介助が終わってから、今までの私の様子を簡潔に話している。
「さっき起きたばっかで色々びっくりして疲れたのかもな。とりあえず様子をみよう。ご飯食べれそうか?」
七海は、少し冷ましたお粥を私の口元に運ぶ。
唇にスプーンの先が触れたのが分かった。
かろうじて、口を開ける。
すると、七海は上手にスプーンから、私の口の中に粥を少しずつ入れる。
口の中に入ってきた粥は、ほとんど粒はなく、そのまま飲み込める形状だった。
一口、飲み込んでみる。
悠人と七海は、うまく飲み込めたのを確認すると、ホッとしているようであった。
「そういや、名前!分からないみたいだから、美波っていうのはどうかな。」
「いいじゃん。なんて呼べばいいか分からなくて困ってたの。番号で呼ぶのもかわいそうだしね。」
ふらつく意識の中で、私の名前が決まっているようだった。
七海は美波の様子を見ながら、少しずつ粥を与える。
しかし、美波は不意にその粥を吐き出してしまった。
「ごめん。少し多かった?」
七海はすぐに吐き出した粥をティッシュで拭く。
急な吐き気を抑えられず、口に含んだ粥だけでなく、さっきまで食べていた粥も続けて吐いてしまった。
急に入ってきた食べ物を胃がまだ受けつけなかったようだ。
美波は自分の体をコントロールすることがままならず、胃の中身を全て吐き出すとそのまま意識を失ってしまった。