3 結衣の出産
「ふっ、んー・・はぁはぁはぁ…」
結衣の陣痛はだんだんと強く、そして間隔も短くなっていっている。時折り、息混じりの声を上げるようになってきた。
だいぶ限界に近い。そんな表情をいているように見えた。
ずっと握りしめられている手が鬱血しそうだ。
しかし、それだけ苦しんでいるのが伝わってくる。
七海という子は、とても冷静で、周りの子たちに指示を出し、結衣の介助をしている。
この中で一番優秀なのが見てとれた。
逆に、さっき悠人を呼びにきた子は、まだ慣れていないようで、七海たちの周りを落ち着きのない様子でうろうろしている。
七海は、横向きなっている結衣の姿勢を仰向けにし、足を大きく開いた状態に変えていた。
そして、七海はその足の間に入り、何かを確認しているようであった。
「咲、また悠人呼んできてくれる?そろそろ子宮口全開になるから。」
「わ、わかった!」
七海は、結衣の足の間から顔を上げると、さっき悠人を呼びにきた子に声をかけていた。
しばらくして、咲は悠人を連れてやってきた。
「七海、どうだ?」
「今、発露ってところ。」
悠人は、七海の横につき、結衣の足の間を覗き込む。
2人は、何かを確認しているようだ。
さっきよりも、結衣が私の手を握る力が強くなる。
それとともに、叫び声を上げ始める。
今までで、一番大きな波の陣痛がきているようだ。
あまりの痛みにパニックになりかけている。顔を左右にふり、握る手を引っ張り踏ん張り始める。
「結衣!結衣!こっちを見ろ!」
悠人は、結衣の叫び声に負けないくらいの大声で、呼びかける。
結衣はなんとか悠人の方を見る。
「結衣、しっかり呼吸するんだ。むやみやたらに、叫んだらよりしんどくなる。」
結衣は、かろうじて頷く。
「そうだ。しっかり吸ってー、吐いてー。そうそう、上手だ。ゆっくり深呼吸して、一回落ち着こう。」
悠人の声を頼りに、結衣はなんとか呼吸を整えようとする。
まるで、魔法のように、結衣の呼吸を落ち着かせる。
しかし、それも束の間。
また握る力が強くなる。
もうほとんど陣痛の間隔がなくなっていた。
「咲。あー、結衣の手を握るのを代わってあげて。」
「は、はい!」
悠人に言われると、咲は私の方に近づいて、結衣の力が緩んだタイミングで、自分の手に持ち替えていた。
私はそのまま咲の少し後ろにずれる。
「ねぇ、こっちきて。」
悠人が私の方を見ながら声をかけている。
「わ、私?」
「そう。君。」
名前がわからない私をどう呼ぶか決めあぐねているようであった。
ゆえに、少し曖昧な呼びかけになってしまう。
ともかく、呼ばれたので、悠人のそばに行く。
そばに行くと、悠人は私の体を結衣の足の間が見える位置に引き寄せる。
「ここをよく見て。今、発露って言って、赤ちゃんの頭が見えるのがわかるだろ。でも、まだ完全には見えてない。すぐに引っ込んでしまう。これが引っ込まなくなったら、排臨っていうんだ。」
私は、悠人の説明を聞きながら、そっと結衣の足の間を覗き込む、結衣のそこから黒い毛が少し生えた塊のようなものが、出たり入ったりしているのが、見える。
「結衣、次の陣痛ではお腹の方を見て、長く息むんだ。」
悠人は、説明しながら、結衣にも声を掛ける。
よくわからないが、順調?に進んでいるのだろうか。
しばらくすると、その塊は、引っ込まなくなった。
結衣の表情はさらに歪んでいる。
思わず、叫びそうになるのを必死に耐え、悠人の声を頼りに呼吸を整えている。
「あーーーーーーーーーっ。」
先ほどまで、なんとか耐えていた声がまた漏れ始める。
しかし、今回は違った。
結衣の声と同時に、その塊が、外に出てき始める。
「結衣!頭が出てきたよ。しっかり呼吸して。ふっふっふーって吐くようにするんだ。」
悠人はこまめに声を掛ける。
私は、悠人に引き寄せられた足の間から動くことができず、赤ちゃんが出てくるところを眺めていた。
「七海と一緒に赤ちゃんを取り上げるんだ。」
えっ・・・。
赤ちゃんを取り上げるなんてやたことがないし、できない。
「ここを持ってくれる?」
七海は私に声をかけつつ、私の手を取り、誘導してくる。
「こ、こう?」
「うん。しっかり持っててね。」
赤ちゃんは肩が抜けると一気に出てきた。
「うわぁ。」
思わず声がでる。
私は、落とさないようにしっかりと持つ。
七海も隣で支えてくれている。
・・・・・・。
”オ、オギャー”
少しの合間が空き、産声が部屋中に響く。
安堵の声が周りから聞こえる。
「お疲れ様。よくがんばったね。結衣。」
結衣は、先ほどまでの歪んだ表情はもうどこにもなく、産んだ子供を見る目つきは母親そのものになっていた。