別れ
私の「思い出トリップ」は続いている。彼と出会って3か月余り。毎週、土曜日か日曜日にデートしている。その度に、着て行く洋服を選ぶのが楽しかった。「綺麗とか可愛い」とか言ってくれたことがないのが淋しいけれど。
彼は京都の大学を出て運輸会社で事務をしている。年は一つ上の26才。私は出来れば結婚したいと思っている。焦っている訳ではないが、仲良しの友人達は皆、競うようにこの一年で結婚していった。年齢的にも良い時と思っていたが、何より彼が大好きだったから。
しかし、彼はそうではなかった。
あの、9月終わりの日曜日のこと。突然別れを切り出されたのだ。
「どうして?私のことが嫌いなの?」
「そうじゃない。大好きだよ」
「それなら、なぜ?」
「会社が倒産した。危ないと言う噂はあったけど、まさかと思っていたことが起こった」
結局、職を失った彼は故郷である、遠い徳之島に一旦帰り、実家の商売を手伝うことになる。長男だから、いづれは継ぐかもしれなかったが、弟さんが継ぐと聞いていた。
「待っていますから」と泣きながら言う私。
「いつになるか、何年かかるか分からない。近い内にこっちに帰るつもりだけど、仕事が直ぐに見つかるか分からない。ちゃんと仕事に就けて、やれる自信が持てないと結婚出来ない」私は「どうすることも出来ないの?」と問う。
「このまま付き合ってはいたいけど、僕は良いけど澪さんはそれでも良いの?」私は答えられない。何年かかるか、もう、出来ないままかもしれない結婚に希望が持てないことに空しさを感じる。有無を言わさず私を連れて行ってくれる方がまだ救われると思う。彼について徳之島に行くことも考えたが、親も友だちもいない、彼しか知らない遠い、行ったこともない島で暮らせるか自信がなかった。行ったとしても、慣れない土地で慣れない人々と暮らせば、必ず彼に頼るだろう。彼に依存し過ぎるだろう。そんなことはしたくない。
何事もなかったように、素知らぬ顔で、今まで通り彼と一緒に居たいけれど居られたらどんなに幸せか。
しかし、先のない、未来がないまま、だらだらと付き合い続けることに意味はもうないし、白黒をはっきり付ける私の性格では耐えられないと心を決める。今、思えばやはり若かった。もう少し時間を掛けることも、待つということも必要だったのに、答えを急いで出してしまうところが若かったと思う。
最後のデートで家の近くまで送ってきた彼に私は気持ちを正直に言った。彼は「それで良い」としか言わず、そっと私を抱き寄せた。
二人の頭上には夏の終わりを告げるように、濃いピンク色の百日紅の花が咲き誇っていた。
初めて好きな彼と相合傘をした、あのオレンジ色の傘は、ずっと大切にしていた…。