一回目のトリップ
午後1時に家を出たのにもう4時を回っている。
スーパーに寄るのも面倒になり、帰り道のお惣菜屋さんで、夕食にする稲荷寿司と煮物を買って来る。母の元気なときはお昼はちゃんと蕎麦とかうどんの麺類、お好み焼きとかにしていたし、夜も肉類、鶏肉、魚とかを片寄らないようにメインにして、野菜や豆類も欠かさず取り入れて作っていた。仕事を60才で辞めたので時間もあったし、料理することは好きだったので、苦にはならなかった。
しかし、一人になると、いい加減な食事になってしまう。それではいけないとは分かっているが、一生懸命作っても食べてくれる人のいない空しさ、ともに「美味しいね」と言い合える相手のいない淋しさを感じるのもいやだった。
さっさと着替えると「思い出コーナー」の魔女のような女性の書いたメモを取り出してみる。そこには「思い出へのトリップは6回までにしてください。それ以上は出来ません。時間は約一時間。途中で止めることは出来ませんので、時間は余裕をみてお取りください。リラックス出来る場所で、心を落ち着かせてからお始めください」とある。一緒に貰った「思い出カード」も見る。スマホ大の厚紙のような、何の変哲もないものだが、カードの一番下に赤字で文字が印刷されている。それは「くれぐれも思い出へのトリップは6回までです。ご利用は計画的に」
以前、テレビでよく見た消費者金融のCMのフレーズのようだ。
再三書いているので、余程大事な注意事項らしく、頭に入れておくことにする。
さて、私が行きたい思い出とは?と考えていると、先日見付けた、亡き母宛の古い電報を思い出す。両親の結婚式の日に届いたお祝い電報。差出人は男性。結婚前の母が勤めていた会社の同僚で母の初恋の人らしい。どんな人なのか、何があったのか、何故母はその人と結婚しなかったのか。私の疑問と興味は尽きない。
第一回目の思い出旅行は若かりし頃の母の思い出にしようと決める。カードに、「昭和33年3月以前、母の名前と、初恋の男性の名前である雑賀智史」と記入し、スマホに、カードをかざし終えると、リクライニングシートに身を委ね、深呼吸を一つすると眼を閉じた。暫くの静寂のあと、気が遠くなるような感覚がする。それが終わると段々頭がはっきりしてきて、映画が始まるような高揚感に包まれる、いよいよ思い出トリップに出掛ける。
怖いような、楽しいような、ワクワクするような不思議な感覚を味わいながら……。