思い出コーナー
きのこ図書館の受付カウンターの一番端にある、「思い出コーナー」の丁度良い座り心地の椅子に座って、担当の女性の説明を聞き始めた。
「この思い出コーナーでは、ご利用者様の思い出にトリップして頂くことを目的にしております」「思い出にトリップ?」「はい。もう一度、行きたい場所に行く、会いたい人に会うなど。もう一度思い出をリアルタイムで経験して頂くことが出来ます」「どんな思い出でも出来るのですか?」「ご利用者様が望まれるものなら何でも構いません。もう一度経験したい思い出はおありですか?」「急に聞かれても思い付きませんが、どうやってそんなことが出来るのですか?」「簡単な方法です」そういうと、彼女は引き出しから一枚のカードを取り出す。可愛い傘だけのイラストがある。「ここに思い出の年月日、これは大まかでも大丈夫です。あとは会いたい人の名前とか、その時の状況などをご記入ください」「そのあとは?」「あとはお手持ちのスマホにこのカードをかざして頂けばよろしいです」「そんなことで良いのですね」彼女は微笑みながら「そうでございます。ただし、ご本人様の思い出はこのカード一杯まではご利用出来ますが、他に使えるのはご本人様のご家族一名様、その方がご存命ではないことが条件でございます」「どうしてですか?」「ご存命中であれば、たとえ、ご家族様といえども、その方の思い出の中に行く訳ですから、プライバシーの侵害になりかねません。ご存命でなければその範疇ではございませんので」
「なるほどよく分かります。もっと、詳しく教えていただけますか?」
一通り、話を聞き終わり時計を見ると、一時間経っている。本を借りるのも忘れて、外に出て振り返ると、巨大なきのこの、虫に噛られたような窓に灯りが点っている。家路を急ぐ私のバッグの中には、女性の書いた「ご利用の仕方と注意事項について」のメモ用紙がカタカタと音を立てていた。