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彼はただ穏やかに言った「僕らは今を生きていよう」と

 ふくらはぎの裏がじんわりと汗ばんだのを感じて、川上宗弥は意識を取り戻した。

 新宿駅のホームで人に揉まれてから、なんとか席を押さえると、30分ほど眠っていたらしい。気づくと最寄りまであと二駅だった。十一月も中旬を迎え、木々の寒々しさとは裏腹に電車の座席暖房は日に日に温度を上げているようだった。宗弥は一昨日から着ているジャケットの皺を伸ばし、ポケットで縮められた用紙を眺める。

 「新たな人生の始まり」

なんて書かれた下にはニカっと笑った新郎と横で微笑む新婦の写真。新婦である川上紗綾もとい草野紗綾は宗弥の4つ上の姉だ。幼い頃から整った顔立ちで、大学に上がる頃にはモデルのスカウトから仕事をするようになった。そんな姉だから、20代半ばにはサクッと結婚するのだろうとどこかで思っていたが、以外にも結婚を決めたのは今年の冬、三十四歳のことであった。新郎の草野隼人は二つ年下の三十二歳で、二人は大学時代の先輩後輩だという。現在はオランダに本社を構える大手ベンチャー企業で営業をしている。二人の出会った西岳館大学はサッカーで有名で、草野隼人は附属高校からのサッカー推薦で入学していた。大学時代にはオランダにサッカー留学し、そこでのコネクションで就職も勝ち取った。いわゆる体育会系、サッカー馬鹿だと宗弥は思っていた。さらに、美しいドレスに身を包んだ姉は子供を授かっていた。いわゆる授かり婚、だった。学生時代の彼氏にはすごく厳しかった父がこんなサッカー馬鹿と自分の愛娘の結婚をあっさりと承諾したのにも合点がいく。

 新郎のサッカー部の友人が異常に招待されていた披露宴が終わると、仕事があると言って式場を後にした。母には渋い顔をされたが、あながち嘘でもない。宗谷は脚本家をしている。と言っても、自分の作品だといえるものは片手に収まるほどしかない。美術大学で映画・映像美術を専攻したのち、現在の映像制作会社に就職した。入社8年、同期の中には連続テレビドラマに抜擢されるようなやつも出てきている中、焦りだけが募り、原稿に向かう手にドスンと錘をかけていた。式場を後にしてからはビジネスホテルを一日延長して原稿に向かったが、結局進展は得ず、東京へ帰る新幹線で宗弥はパソコンの電源を落とした。


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