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その日の夜、海老名は東京に戻ってきた佐藤節夫から事情を聞くために、本庁の根岸という刑事と共に広徳寺へと出かけた。根岸以外に0.5人分の余計な厄介者も一緒だったが……自称名探偵・丸出為夫がどうしても一緒に行きたい、佐藤に直接会って話を聞きたい、とうるさかったからだ。当然のこと海老名はそれを断ったが、丸出は例のごとく、海老名の酒気帯び運転のことをみんなに言って回るぞと脅したので、嫌々ながら屈することになった。
「その代わり、あんたは話を聞くだけだぞ。絶対に一言もしゃべるな。仏像みたいにじっとしてろ。話の最中に1ミリでも動いたら、地獄に突き落として針だらけの山を登らせるぞ」海老名は苦虫を噛みつぶしたような顔をして、丸出にそう言った。
観音通り商店街の夜は早い。日が暮れると同時に、どの店も一斉にシャッターを下ろし、さながらシャッター商店街と呼ばれる廃墟のよう。客層は日の出と共に目が覚め、日暮れと共に睡魔が襲う高齢者が中心。ましてや今日はあのような事件が寺の境内で起きたものだから、昼間からどの店も開いていなかった。事件を知らずに昼間訪れた人は、ここは本当にシャッター商店街ではないのか?と我が目を疑ったことだろう。そんな静かな商店街の細い道を覆面パトカーがゆっくりと入って行く。
広徳寺の現住職・佐藤節夫。禁煙団体「タバコ撲滅学会」の理事も務める禁煙活動家。その活動範囲は観音通り商店街のみならず、日本全国にまで及ぶ。「おばあちゃんの原宿」巣鴨の有名な厄除け観音の住職にして、医師。その肩書を僧衣に縫い込みながら、日本全国を飛び回っている。金色を基調とした派手な僧衣に禁煙マークをベタベタと貼り付け、眼鏡にまで禁煙マーク。そんな奇妙な格好をしながら講演会場に現われ、「煙草は吸い込め詐欺」とか面白くも何ともない親父ギャグを飛ばす。満員の会場は笑いに包まれて大盛況であるとか。あくまでも一部のマスメディアの報道ではあるが。だがこの佐藤が理事を務めるタバコ撲滅学会の会員は確実にその数を増やし、マスメディアや中央・地方の役所にまで浸透しつつある。「学会」の名を冠してはいるが、その活動ぶりはまるでカルト宗教。強引なまでに禁煙を強要させ、従わない者には嫌がらせとも言えるほどの圧力をかけ続ける。
「受動喫煙のせいでどれくらいの方が亡くなってるのか、わかってるんですか? 5百万人ですよ、5百万人! 喫煙は自分の身体を蝕むだけではありません。煙草を吸わない周りの人々の身体をも蝕んでいるんですから」
そう言いながら佐藤は禁煙の意義を強調して回っている。それも国際的に認められた「医学的」で「客観的」なデータを引き合いに出しながら。
どれもこれも嘘臭いデータばかりだな。海老名はスマートフォンでタバコ撲滅学会のホームページを見ながら思った。だいたい受動喫煙で5百万人も死んでるんだって? どこの国の話だ? ナルニア国か? あの国ならヘルニアで死ぬ人間の方が多いだろ。
「んー、この住職、見るからに怪しいですな」車の後部座席で丸出がスマホを見ながらつぶやいた。
「ほう、おっさんもそう思うか」助手席の海老名が不愉快そうに言った。「あんたも充分に怪しいけど、その怪しい名探偵さんから見て、この住職のどこが怪しい?」
「まずこの顔は確実に人殺しの顔です。5人殺してますな」
「5人って、根拠は何だ?」
「額のしわの数が5本ありますんで……」
「そっか。それなら殺された竹屋の親父なら10人ぐらい殺してるだろう。人は誰でも年を重ねるごとに、必ず人を殺していく。そして人を殺すたびに、しわの数も増えていくってか。世の中って物騒だね。まったく、あんたらしいや」海老名は腹を立てながら、自分のスマホをスーツの内ポケットにしまい込んだ。「もういいから、黙ってろ。今度何かしゃべったら、その場で車から放り出すぞ!」
広徳寺に到着すると、海老名と根岸、そして丸出の3人は寺の「管理事務所」である住職の住居に入った。洋風の居間で佐藤節夫は偉そうに両腕を組み、ソファに深々と座っている。ホームページの画像で見た奇抜な僧衣姿ではなく、洋服の普段着に身を包みながら。その両脇には、住み込みの僧侶である宮原健と大熊勇介が仁王立ち。佐藤はソファにふんぞり返りながら海老名たちを見るなり、いきなり一言の挨拶もなしに、
「何ですか、あなたは!」と大声を張り上げた。しゃがれた甲高い声。「あなたですよ、その帽子をかぶったあなた!」
と言いながら、組んでいた腕をほどいて右手の指を突き出した。明らかにベレー帽にトレンチコート姿、そしてパイプ煙草を口にくわえた丸出為夫を指差している。
「私の目の前で煙草を吸うなんて、いい度胸をしてますな!」
「あ、こ、この方は犯罪のことに詳しい探偵さんでして……」
根岸が慌てて丸出を紹介しようとしたが、佐藤は、
「犯罪のことに詳しいのか何だか知りませんが、煙草を吸われる方の前でお話しすることなど何もありません! 禁煙しなさい! さもなくば今すぐ出て行ってください!」
初対面でいきなり重々しい雰囲気が部屋中に立ち込めた。
「あんたのことを言ってるんじゃないのか、丸出のおっさん」
海老名が横目で丸出を見ながらささやいた。
「は? 私のことを言ってるんですか?」丸出の鈍い頭がやっと反応したようだ。
「そうです、あなたのことですよ!」佐藤が大声で叫ぶ。「私の前でパイプを口にするなんて、許せません! 煙草を吸われる方とは口も聞きたくない!」
「このパイプはおもちゃです」丸出が弁解する。「煙など出ませんよ。私は煙草を吸いませんから」
「じゃあ、なぜパイプなんかくわえてるんですか?」
「私はシャーロック・ホームズの生まれ変わりですぞ。パイプをくわえないシャーロック・ホームズなど考えられませんからな。これは文化の問題です」
「文化の問題だか何だか知りませんが、喫煙なんて文化はこの世に存在してはいけないんですよ。そんな文化が存在していたことなど、歴史からも消されねばなりません。たとえ煙草を吸わなくても、喫煙具を目にするだけで不愉快です。今すぐそのパイプをしまいなさい!」
「いや、それはできませんな。パイプの吸い口を噛んでないと落ち着かないもんで……名推理も思い浮かばなくなるんですよ」
「ならば、ここから出てってください」佐藤は毅然とした態度で言った。「今すぐ!」
「ま、そう言うことだ、丸出のおっさん。さっさと出てってくれ」
海老名がしてやったり、と言わんばかりの笑顔で丸出に言った。
「だったらエビちゃんも一緒に出て行きましょう。エビちゃん、煙草吸うじゃないですか」と丸出が膨れっ面をしながら言う。
「吸ってません。(少なくとも今はな、と丸出に小声で)あんたがいない方が話を進めやすいんだから、さ、出てった出てった。とっととあのクリニックへ帰って、オネエ言葉のワトソン君とオカマでも掘り合うんだな」
丸出は根岸に目で助けを求めたが、根岸もその目付きだけで味方には付いてくれそうになかった。
「じゃあタクシー代くださいな。ここから家まで遠いんですから」
タクシー代は根岸が負担して(海老名は「俺は給料安いんだから1銭も出せねぇ」と言い訳)、丸出は悔しそうに寺から出て行った。
広徳寺の僧侶たちに対する聞き込みは、ようやく始まった。もっとも始めがあの騒ぎだったものだから、暖房のよく効いた部屋が異様に寒い。丸出はいなくなったものの、冷たい雰囲気だけはどんなに設定温度を上げても効き目がなさそうだった。
「昨日は講演会があって新潟にいたんですよ」佐藤が話を始める。「講演会は午後の3時から2時間ほど。その後、古町という繁華街で食事会を開きまして、ホテルに戻ったのが夜の8時ごろでしたかね? その後ひと眠りして、翌朝うちからの電話で目を覚ましましたよ。ホテルを出たのが朝9時ごろ。その後、新潟駅へ移動して新幹線で上野に着いて、戻って来たのが昼過ぎですか。いやぁ、それにしても迷惑な事件が起きたもんですね。これじゃあ参拝客も手を合わせられやしない。本当に迷惑至極ですよ」
「佐藤さんに事件のことで大熊さんが電話をかけたのが、朝の6時ごろと聞いてますが……」と根岸が言う。「間違いありませんね?」
「間違いないと思います」
「その後9時にホテルを出て、ここへ戻って来たのが昼過ぎ……自分の寺の境内で殺人事件が起きた割には、ずいぶんとのんびりしてますね」
「私だってもう60を過ぎて、機敏な行動はできませんよ。ゆっくりと朝食を摂る時間ぐらいあってもいいじゃないですか」
「殺害されてたのが小竹さんだったと知って、どう思いました?」
「あの人らしい死に方じゃないんですか? ちょっと暴力的で態度が悪かったですからね。ろくな死に方はしないと思ってましたが」
「なるほど。小竹さんはろくな死に方をしないと思ってた、か。なぜ小竹さんをそんなに嫌うんです?」
「いや、別に嫌いじゃないですけどね。ただ、あの人には本当に手を焼きました。なぜか私に反抗してばかりいましたから。私が禁煙しなさいと説得しても、あの人は煙草をやめようとしない。それどころか私の目の前で堂々と煙草を吸ったりするんですからね。私があの人を嫌いなんじゃなく、向こうが私のことを嫌いだったんですよ。あれは重度のニコチン依存症ですな」
「なぜそこまで禁煙にこだわるんです? 煙草ってそんなに身体に悪いんですか?」と今度は海老名が質問した。
「そうですよ、煙草はとにかく身体に悪いんです。私は医者として医療現場に立って、多くの方が喫煙が原因で亡くなる姿を目にしてきました。それも喫煙者だけではない。身内に喫煙者がいることで、その受動喫煙で亡くなる方も大勢見てきました。あらゆる諸悪の根源は煙草ですよ。煙草は百害あって一利なし。これは煙草をこの世から根絶しない限り、根本的な問題は解決しないと思いましてね。だから私は声を大にして禁煙を訴えかけ続けてるんですよ。禁煙は愛です。私は人類愛の観点から禁煙を訴えてるんです。でもそれを理解しようとしない喫煙者が多くて。なかなか思うようには世の中いかないもんですな」と佐藤は次第に興奮して、その口調も熱弁になっていた。
「竹屋の親父さんは身体中にニコチンパッチを張り付けられてました。ニコチンパッチはいつも佐藤さんの手近にあるものなんですか?」
「この寺には1枚もないはずです。もっとも私は週に1回、近くの病院で禁煙外来をしてますから、病院へ行けばパッチのサンプルがあるはずですが。実際のパッチは薬局に置いてありますから、普段から持ち歩くこともありませんね。だいたいニコチンパッチなんて、そこら辺のドラッグストアでも売ってますよ。誰にでも簡単に手に入れることができます。ま、この世から煙草が根絶されれば、ニコチンパッチなんてものも世の中に必要ではなくなるでしょうな」
その後も佐藤節夫に対する聞き込みは続く。佐藤はソファにふんぞり返りながら、一貫して海老名たちには上から目線でものを言い続ける。いかにも俺の方が立場は上なんだぞ、と言わんばかりに。しかも異様なほど多弁で雄弁。その口調からも、かなり興奮していることがよくわかる。まるで小竹清の殺害を過剰な言葉で覆い隠すかのように。それも皮肉や嫌味ばかり。口から発する一言一言が棘を持っていて、聞く方としては耳の穴に引っ掻き傷が残りそうになるほど。海老名は段々腹が立ってきて、煙草を吸いたくなってきた。
次に宮原健に対する聞き込み。宮原は小竹清の孫で、七味唐辛子専門店「門前堂」の1人息子。頭に手拭いを巻いた作務衣姿で眼鏡をかけたその風貌は、いかにも生真面目な修行僧という印象だった。
「爺さんには昔からよく面倒を見てもらいました。別に悪い印象は持ってません」宮原は佐藤が座っている隣で仁王立ちのまま、表情も変えずに淡々と話す。「爺さんがこの寺であんな死に方をして、ものすごいショックです。誰があんなことをしたのか知りませんが、許せませんね。たぶんニコチン依存症患者の仕業でしょう」
「ニコチン依存症といえば、殺されたお爺さんも喫煙者だったんですよね? そのことについてはどう思ってるんですか?」と根岸が質問する。
「煙草を吸ってることが、あの爺さんの唯一嫌な点でした。煙草は身体に悪いんだから、もうやめようよ、俺は爺さんに長生きしてもらいたいんだよ、って何度も言ったんですけど、なかなかやめてくれなくて。ニコチン依存症というのは本当に恐ろしい病気ですね」
「なるほど。ところで君は、ある芸能人に対して殺害予告をして逮捕されてるんですよね? そのことについては反省してるんですか?」
「もちろん反省してます。もうあんなことは二度とやりません。ネットに匿名で書き込みをしても、すぐばれちゃうんですから。やりたいとも思いませんよ」
「ということは、直接ネットに匿名で書き込めなくても、あの芸能人には今でも殺意を持ってるのかな?」今度は海老名が質問する。
「持ってませんよ。俺にとっちゃ、あいつなんてもうどうでもいいんです」宮原は少し腹を立てながら言った。「最近はテレビも見てません。俗世間のことには関心を失いました」
「ほう……ところで、この寺の坊さんになると聞いて、爺さんは何て言ってたの?」
「初めはあまりいい顔をしませんでしたね。どうもこのお師匠様とは仲が悪かったですから。でもお師匠様が俺に声を掛けてくれなければ、俺の人生はもう終わってたんです。今の俺がいるのも、お師匠様のおかげですよ」
「そうですよ。こんなまだこれからの若者が、あんなことで人生を終わらせてしまうなんて、もったいないじゃないですか」と佐藤が話に割り込んできた。「まあ、あの爺さんの孫ではありますけど、煙草が大嫌いと聞きましたからね。これはまだ将来有望だと思って、うちで引き取ることにしたんですよ。ある意味で彼は、私とあの爺さんとの架け橋みたいなものです。こんな若者に人を殺せるわけがないじゃないですか。ましてや血のつながった実の祖父なら、なおさらです」
続いて大熊勇介に対する聞き込み。大熊は宗岡晴香殺害容疑で、一時容疑者として浮上したこともある人物。大熊も宮原と同様の作務衣姿。これで眼鏡でもかければ、どっちが大熊でどっちが宮原なのか区別がつかないぐらい、2人はよく似ていた。
「晴香が殺されたことは、とてもショックでした」大熊も佐藤が座っている隣で仁王立ちのまま、表情を変えずに話をする。「もちろん俺が殺したわけではありません。でも晴香が殺されたことで、俺の命も奪われたようなもんですよ。俺の人生そのものが終わったような気がして……お師匠様に声をかけてもらえなかったら、今頃は晴香の後を追ってたでしょうね」
「大熊さんは殺害された小竹さんと血のつながりはないけど、小竹さんのことはどう思ってたんですか?」と根岸が質問した。
「いい人でしたよ。子供の頃から親しくしてくれました。だからここの境内であんな死に方をして、とても心が痛いです。殺人事件なんて1件でも起きてはならないことなのに、どうして俺の周りだけで2件も起きるんでしょうか? もちろん俺が殺したんじゃありませんよ。あの人にはいい思い出ばかりで、恨みなんか全くありませんから」
「あなたのお父さんは1年前に亡くなってますね。さらにお母さんも1カ月前に自殺してる。この3年の間にあなたの周りで4人もの方が亡くなってる……もちろんあなたのせいだと言いたいわけじゃないんだけど、そのことに関してはどうお考えなんですか?」
「親父は末期の癌でした。それからすぐにおふくろも鬱病を患いまして……本当に悲しいですよ、俺の周りで次から次へと人が死んでいくなんて……世の中は無常ではありますけど、なかなかそんな世の中に付いていけません。やっぱりみんな俺のせいなんでしょうかね?」
「いや、おまえのせいじゃない。悪いのは煙草だ」佐藤が大熊の方を向いて言った。「おまえのお父さんは煙草を吸ってた。お母さんも煙草を吸ってた。ついでにおまえのガールフレンドも煙草を吸ってたっていう話じゃないか。だからみんな煙草が悪いんだ。おまえのせいじゃない。おまえはお父さんやお母さんやガールフレンドに、煙草をやめるように説得してたんだろ? その心掛けだけでも立派だよ。悪いのは煙草。だからその悔しさをみんな煙草にぶつけなさい。それでおまえの煩悩も晴れるんだ」
「なるほど、大熊さんの周りで亡くなられた方々は、みんな喫煙者だったわけですか」海老名が言った。「あなたが煙草を嫌うようになったのも、周りが喫煙者だらけだったということなんですか、大熊さん」
それに対して、なぜか佐藤が返答した。
「そうですよ。ニコチン依存症患者に囲まれれば、誰だって煙草が嫌いになるのも当然じゃないですか」
「あの、佐藤さん、あなたに言ったんじゃなくて、大熊さんに質問してるんですけどね」海老名は佐藤に業を煮やして、ついそんなことを口走ってしまった。そのいら立ちは、もはや破裂寸前。「で、大熊さん……」
「私は大熊の師匠ですよ。代わりに話をして何が悪いんですか、刑事さん」佐藤の刺々しい口調がさらに鋭さを増してきた。
「今は大熊さんに質問をしてるんです。佐藤さんに答えてほしい時にはこちらから佐藤さんを指名しますから、今は少し発言をお控え願えませんかね?」
「ほう、私はしゃべっちゃいけないとでも言うんですか? じゃあもう何も話すことはありませんな。私たちは3人とも無実です。だからこれでもうお引き取りを……」
「わかりました、佐藤さん。それならば、あともう一つだけ佐藤さんに聞きたいことがあるんですけどね」海老名が苛立ちながら続ける。「ある喫煙者と訴訟を抱えてる件ですよ。あなたが理事を務めるタバコ撲滅学会の会員が、同じマンションの全く離れた部屋の住人が喫煙したせいで、受動喫煙症になったとか。それでその喫煙者の住人と裁判になってますね? 一審では敗訴して控訴してますが、まだ訴訟を続ける気ですか?」
「当たり前じゃないですか。患者さんが受動喫煙症にかかったのは事実ですからね。あの喫煙者もたちが悪いですよ。色々と馬鹿げた難癖を付けて、自分を正当化したがってるし」
「でも佐藤さん、その受動喫煙症の患者とやらを、ちゃんと診察しないで診断書を書いたことで、医師法違反の嫌疑がかかってるんですよね? しかもその事実を認めてる」
「そ、それは……別に認めたわけではありません」佐藤が狼狽しながら言う。「ただ向こうの弁護士も卑劣な手を使ってきましてね。それに乗せられてしまったんですよ。向こうも相当手ごわいですけど、正義はこちら側にあります。最後は必ず我々が勝訴しますから。ところでこの裁判があの爺さんが殺されたことと、どういう関係があるんですか? 訴訟を抱えてる人間は必ず人を殺してるはずだ、とでも言いたいんですかな?」
「そんなことは一言も言ってません。ただあなたには医師法違反の疑いがあるんですよね? そのことを確認したかっただけです」海老名はそう言いながら、とにかく落ち着け、と自分自身に心の中で言い続けていた。
「医師法違反に問われてるから、私があの爺さんを殺したんですか? あれは民事裁判ですよ、刑事裁判じゃないんですから。とにかく私たちは竹屋の爺さんを殺した犯人じゃありません。もうこれ以上お話を続けても意味がありませんな。お引き取りください」
「佐藤さん、もう少し冷静になって……」
「もうお引き取りください!」佐藤はきっぱりと大声で言い放った。「今すぐ!」