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1-7 主従従?契約

 入学式の翌日も、アンは日の出とともに起床した。今日から授業が始まるが、今までの習慣を辞める気はなかったので、鍛錬の授業に影響が出ない程度に朝のトレーニングを行おうと思っていた。

 軽装で外に出ると、春とはいっても朝は少し肌寒かった。

 ストレッチを行い、学園の敷地内を歩き出す。いきなり走って道が分からなくなったらフローリアとの待ち合わせに遅刻するかもしれないので、行きは早歩きで道を覚え、寮に戻る時は走ることにした。

 今日は寮の北側に向かうことにした。そちらには魔術科用の薬草園や温室がある。薬草園沿いの石畳を歩いていると、園の中で水を撒いている人がいた。恐らく学園の庭師だろう。庭師も気がついたのか、会釈をされたので、アンも会釈を返した。

 薬草園を通り過ぎ、屋内競技場が見えてきたので折り返すことにした。足の動きを確認し、軽く走り始める。寮までの中間地点で最速になるように速度を上げていく。寮まではあっという間に着いてしまった。肌が少ししっとりする程度しか汗もかいていない。本当は木刀か模造剣があれば素振りをしたかったが持っていないため、ストレッチと軽い運動を行い、寮に戻った。

 入浴と食事を済ませ、自室で身支度を整える。

 まだ授業開始までは時間がある。けれど、フローリアの登校時間が分からないため、早めに校舎前で待とうと思っていた。窓から平民街の門から続く通りを見ると、数人ほどだが登校している学生もいる。アンはカバンを持つと、事務棟に向かった。

 事務棟の柱の前に立つと、左右二つの門から続く通りがよく見渡せた。貴族街側の門から登校してくる学生はまだいない。登校ラッシュはまだあとなのかもしれない。

 しばらくぼうっと立っていたが手持ち無沙汰になってきたので、持っているカバンを重り代わりに肘を曲げ伸ばしする。左右百回ずつやった辺りから登校する学生が増えてきたので、動くのを辞めて待機する。

 貴族街には各家のタウンハウスが並んでいる。そのため、タウンハウスから通う貴族の学生は多い。

 フローリアの背丈は女子学生でもかなり小さいため人波に埋もれてしまい、すぐには見つけられないかもしれない。そうすると、こちらから見つけるのは難しいかもしれない。

 アンは向けられる好奇の視線とひそひそと聞こえる話し声に落ち着かず、本当は俯いてしまいたかった。しかし、フローリアを見つけられない方がよろしくないので、前を向き続けた。

 ひそひそと話されていた内容は、

「グロリア伯爵家四男は入学早々馬鹿をしましたわね」

「身長がとても高いですわね」

「剣の腕もあって魔法適性まであるそうですわ」

「フローリア様が選ばれるだけのことはありますわね」

「主人を待つ子犬のようで可愛らしいですわ〜」

と好意的であったが、アンの耳までは入ってこなかった。

 人波を見ていると、通りの中心にぽっかりと空いた空間があり、それが徐々に近付いてきた。手前の学生がいなくなると、その中心にはフローリアが澄ました表情で歩いていた。

「お、おはようございます」

 アンは駆け寄ると、フローリアに頭を下げた。

「ごきげんよう、アン」

 アンの姿を見てフローリアもにこりと笑みを返した。今日も後ろにメイドが控えている。荷物を持とうかと言うと、断られてしまった。

「ところで、アンはいつ頃からこちらに居たの?」

「え、えっと、時計を持っていないので、時間は分からないです……。一時間ほど前からでしょうか……」

「そう……」

 怒られるのかと思ったら、フローリアは何やら思案する顔になる。時計は高価な魔導具なので、平民は教会の鳴らす鐘で時刻を知る。

「昨日の今日で何か言ってくる輩もいるかもしれなかったのに、ずっと待たせてしまい、ごめんなさい」

 フローリアの声が聞こえていた周りの貴族科の学生がギョッとして目を剥いた。高位貴族は余程のことがない限り謝罪の言葉を言わない上に、相手は平民の女だ。公爵家の令嬢が謝罪を口にするとは、ただの主従関係ではないのかもしれないと周囲は思った。

 アンは貴族のルールを知らないが、フローリアが悪いとは思っていなかったので、

「い、いえ、私が勝手に早く来ただけなので!」

と慌てて言った。しかし、フローリアはにこりと笑むと、「どうにかしておきますわ」と告げた。

 話は終わったと、二人は校舎に入ろうとしたら

「ローレンヌ嬢!」

と大きな声で呼び止められた。振り返ると、通りの脇の背の低い街路樹を乗り越えようとする薄茶の髪の男子学生がいた。頭や制服に葉っぱや草がついている。

 アンには見覚えがない上に、昨日クラスメイトに絡まれたこともあったので、また面倒事かと身構えた。

 男子学生は茂みに引っかかりつつ抜け出すと、二人の前まで来た。なんだなんだと周りからの視線にキョロキョロしていたが、意を決したのか勢いよく頭を直角まで下げた。

「昨日は、大変申し訳ございませんでした!!」

 昨日ということはあのクラスメイトの内の一人だろうか。首を傾げていると、隣のフローリアが「昨日の、ステファン様の取り巻きの一人よ」と面白そうに教えてくれた。

「僕に出来ますことなら何でも申し付けください!」

 お許し頂けないでしょうか!と頭を下げたまま言われ、アンは困り果てて、フローリアの方を向いた。フローリアが目を細めて笑んだので、お任せしますと無言で頷いた。

「お顔を上げてください。シュナイザー子爵家三男のラルフ様ね。アンが困っているようだから、主人のわたくしからの提案でもよろしいでしょうか」

「も、もちろんです!」

 フローリアの提案で何を言われるのか余程恐ろしいのか、頭を上げたラルフの目は潤んでいた。

「現在、騎士科にはアンしか女性がおりませんわ。そこで、あなたが支えて、円滑な学園生活を送れるようにして頂けますと嬉しいのですわ」

 それって下僕では……?とアンは思ったが、異を唱える気は起こらなかった。

「承知いたしました!」

 ラルフはまた勢いよく頭を下げた。その様子を見たフローリアは淑女の笑みを浮かべているが、アンには面白くなってきたぞと思っているようにも見えた。

「アン、昨日の方達の中で、最初に謝罪に来たのは彼ね?」

「は、はい」

「そういうことよ、ラルフ様。あなたのこれからの誠意、期待しておりますわよ」

「頑張ります!」

 ラルフが三回目となるお辞儀をするのを見て、アンは頭を抱えたくなったが、苦笑いするに留めた。

「よろしくお願いします……」

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