1-6 主従契約
「わたくし、あなたと主従契約するわ」
「え、えぇ!?」
宣告された言葉が理解出来ず、素っ頓狂な返事をしてしまった。
「拒否権はございませんわ」
にこやかに追い討ちをかけられ、助けを求めるようにメイドに目を向けたが目線すら合わなかった。
「り、理由を聞いてもいいですか……」
「もちろんですわ。一つ目に、あなたが平民出身だからですわ。わたくしは公爵家の人間ですので、後々のことを考えますと、貴族の中から選ぶのは贔屓になると見られることもありますの。二つ目に、殿方を近くには置きたくないの。騎士科に入学する女性は少ないですが、幸いあなたがおりましたので良かったですわ。三つ目に、あなたは魔法適性があることに今まで気付いていなかったようですし、魔力量もあるので、磨けば光る原石をわたくしが磨いてみたくなったの。以上よ」
「あ、ありがとうございます……?」
「わたくしも魔法適性がありますし、とっても強いのよ」
えっへんというように胸を張られたが、その見た目からどの程度強いのかは全く分からなかった。
「主従契約といっても口約束よ。学園に所属している間だけのもので、卒業後の効力は無いわ。主従の関係も契約内容もそれぞれで異なります。でも、学生の間は高位貴族とともに過ごすことになるから護衛の経験になりますし、卒業後にそのまま護衛騎士を務めた方もおりますし、第一騎士団や近衛騎士になった方もおりますわ」
「あなたにもメリットはありますわ」と言われれば、断る理由もなくなる。
「分かりました、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
アンが頭を下げると、フローリアはにこりと微笑み返した。
「……それで、どういった主従関係を考えていますか?」
「そうね、主従関係ではあるけれど、授業以外では常に私とともに行動し、話をしたりお茶をしたり討伐をしたり……、要約すると“相棒”といったところかしらね」
「相棒、ですか……」
「もちろん、護衛騎士としての実力やエスコートも出来るようになって欲しいわ。あとは、魔術や魔法の技術も身につけましょう。魔法についてはお教えしますわ」
「分かりました、ありがとうございます」
アンには聞く限りメリットしか無いように思えた。
「エスコートやマナーについては騎士科の授業にありますので、学んだことを少しずつ実践してくださればよろしいわ。魔術や魔法については、騎士科の授業だけでは足りないと思いますので、魔術科の先生が放課後に行っている他学科向けの魔術と魔法の授業を受けるか、わたくしと放課後に勉強いたしましょう」
アンには決められず、どちらがおすすめか聞くと、放課後の授業は週三回とのことだったので授業を受けて、授業がない日はフローリアと実践をすることになった。
まずは明日の朝に事務棟の前で落ち合い、昼休憩ではアンが貴族科の教室に迎えに行って昼食を共にし、放課後も貴族科の教室に行って、馬車場まで見送ることになった。
「これから、長い付き合いになりますわ。主従関係と呼ばれますが、わたくし達は“相棒”になりますので、固くならず、礼儀は忘れず、気の置けない間柄になりましょう。なので、わたくしも今から固い言い回しはやめるわ」
フローリアの言葉にアンは頷いた。それでも、フローリアは公爵令嬢で、アンは平民出身だ。身分差はどうしてもあり、同い年の友達のいないアンには“相棒”の距離感や間柄がどのくらいなのか分からなかった。そこは模索していくしかないのだろう。
「改めて、これからよろしくね、アン」
「よろしくお願いします、フローリア様」
今日はここでいいと言われたので、アンは事務棟の前でフローリアを見送った。フローリアの後ろを歩いていたメイドが一瞬振り返り、憐れみを込めた視線を向けてきたが、アンにはその意味が分からなかった。
時刻は昼をとっくに過ぎており、フローリアとの会話に緊張していたのか、忘れていた空腹が強烈になって帰ってきた。自室で軽装に着替えると、寮の食堂で遅い昼食を食べた。メニューは、ロールキャベツのトマト煮だった。
食べ終えるとまた自室に戻り、アンは部屋の窓を開けて外を眺めた。平民街から見たときは分からなかったが、学園は王都でも少し小高い位置にあり、寮の三階からだと平民街の密集した街並みが見渡せた。平民街の右手の西には市場や商店が南北に伸び、そのさらに西の奥には貴族街が広がる。貴族街の街並みは遠過ぎてぼんやりとしか見えなかった。
王都の街並みを眺めていたら、生まれ故郷からずいぶん遠くに来たことを実感した。アンの育った孤児院では同い年もいなかったし、一番歳が近いのは上の弟だったので、同い年の子供がたくさんいることにも驚いた。
それに、今日は色々なことが起きて、目まぐるしい一日だった。
気持ちの整理をしようと、日記帳を開いて、今日あった出来事を書き記した。部屋に流れ込む暖かい風が心地よかったので、窓は開けたままにした。