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1-5 令嬢の宣告

 騎士科全員が検査を終えると、教室に戻るように指示された。入学式の後は、ライノルドから学園の校舎や規則、授業の案内を受けて、自己紹介をして、初日は昼前に終わった。明日から授業が始まる。

 今日の昼食はなんだろうかと想像していたので、アンは声を掛けられたことに気が付かなかった。

「おい、お前」

 カバンを握って立ち上がろうとしたら、クラスメイトの数人が囲んでいた。

「私ですか?」

「そうだ、お前のことだ、ローレンヌ」

 偉そうに腕を組んで目の前に立っているブロンドヘアのクラスメイトを、座ったままのアンは見上げる。

「話があるからついて来い」

「はぁ……」

 何の話か分からなかったし、自己紹介だけでは名前と顔が一致しなかったが、おそらく貴族の子息なのだろう。早く食堂に行きたかったが、ここで断ると後々面倒になりそうだったのでついて行くことにした。

 男子学生達は、立ち上がったアンが自分達よりも頭一つ分高いことに一瞬怯んだが、貴族の矜持でまた威圧的な視線で見上げ直した。

 アンが連れてこられたのは、騎士科と貴族科の間の校舎裏だった。人の目の届かないところで、もちろん周りには人が居なかった。いかにも何をされるのか想像が出来て、でも流石に入学早々なので暴力は無いだろうと思いつつ、いつでも反撃できるように警戒した。

「お前さ、平民のくせに魔力量が多くて魔法適性があるからって、調子乗るんじゃねぇぞ」

 アンは校舎の壁を背に、クラスメイトの男子達に囲まれた。囲まれたといっても、アンの方が背丈が高いため、高圧的な発言と視線を下から向けられても迫力がない。孤児院で子供達に囲まれたときのことを思い出して、あの子達はどうしているかなと現実逃避をしていた。

「それに、お前、席順がどういう意味か分かってんのか」

「席順?」

「……これだから平民は」

 呆れたように大袈裟に溜め息を吐かれたが、席順が何を表しているのか知らなかったので、教えてくれるならもう少し我慢するかと思った。

「席順は入学試験の成績で決まっているんだ。教室の最前列の中心がクラストップ。その左右がニ位、三位で、二列目の中心が六位という序列になっている」

 最初に話し掛けてきたブロンドヘアの男子の隣にいる焦茶の髪の男子が言う。高圧的な割には詳しい説明で、なるほどと納得した。

「つまり、席順が最前列で魔力量も魔法適性もある私が気に食わないということですね」

「……理解が早いことだけは褒めてやる」

 ブロンドヘアの男子が苦々しく吐き捨てた。

 目立ちたくなかったのに目を付けられてしまい、今後は目立たないようにしろという話なのだろう。面倒臭いなとか、騎士を目指すのにそういう態度なのかとか、色々思うところはあったが、従う気は無かった。

 囲んでいる男子達は手を出しては来ないものの、やかましく何かを言い続けている。

「いったいそこで何をされているのかしら?」

 どう切り抜けようかと斜めを見ていたので、近くに来ていた気配に気が付かなかった。

「エ、エヴァンス嬢……!?」

 ブロンドヘアの男子が声の方を振り向いて驚いた声を上げたので、アンも釣られてそちらに目を向けた。そこには、女子学生とメイド服の女性が立っていた。

 女子学生は、明らかに高位貴族の令嬢と見られる立ち居振る舞いである。腰まで伸ばした眩しいくらい濃いブロンドヘアは毛先に行くほど緩くウェーブし、透き通るような水色の宝石の瞳が爛々と輝いている。白磁のような肌はシミ一つなく、光を放っているかのようだ。

 令嬢は「ごきげんよう」とにこやかに言うと、さらに近寄ってきた。男子学生達よりもさらに頭一つ分ほど小さいが、醸し出すオーラで場を支配していた。

「あら、あなたは、グロリア伯爵家四男のステファン様ですわね。それにあなたは……」

 令嬢が取り囲んでいる男子学生全員の名前を言うが、名前を覚えていないアンは当たっているのか分からなかった。

「それで、あなた方は、レディを取り囲んで、いったい何をされているのかしら」

「……レディって、女!?」

 ステファンと呼ばれたブロンドヘアの男子学生がアンに視線を戻して目を剥いている。他の男子学生達も信じられないといったように見てくる。

「……女です」

「はぁあ!? 女がそんなデカくて実技優秀で騎士科なわけあるか!?」

「はぁ、そうですか……」

 何と返事すればいいのか分からず、アンは内心で溜め息を吐く。

「全く見る目がございませんのね。今年は騎士科に一人女性が入学することもご存じでないとは。貴族たるもの、その程度の情報収集はお出来になった方がよろしいのでは?」

 アンの性別にショックを受けている男子学生達に令嬢がとどめを刺した。

「さて、このことはジョーンズ様にご報告致しませんとね」

 令嬢ににこやかに宣告された内容に、男子学生達は「くっ、失礼する!」とだけ言うと去っていった。

「謝罪も出来ないのですね」

 令嬢は心底楽しそうに見送ると、アンに向き直った。

「お怪我はございませんか?」

「あ、はい……。助けて頂いて、ありがとうございます……」

「お気になさらず」

 令嬢はニコニコとアンを見続けている。

「……あの、お礼が出来ればいいのですが、手持ちが全然無いので、何かお手伝い出来ることがあればいいんですが……」

「それも必要ありませんわ」

「え、でも……」

 令嬢は楽しいと言わんばかりに目を細めて笑みを深めた。

「わたくし、あなたにお話がありまして、探しておりましたの」

「話、ですか」

「場所を変えましょう」

 令嬢が歩き出したので、地面に置いたままだったカバンを持ち、後をついて歩いた。


 令嬢は中庭のテーブルセットの一つに腰掛けると、控えていたメイドがどこからともなくティーセットを取り出して紅茶を淹れてくれた。

 令嬢が紅茶に口をつけたのを見て、アンも一口飲んだ。今まで飲んだ紅茶よりも遥かに良い香りと味わいに、この一口だけでいったい幾らするのかと慄いた。

「わたくしは、エヴァンス公爵家長女のフローリアですわ。貴族科の新入生で、あなたと同学年よ」

「アン・ローレンヌです。騎士科所属です。」

 自己紹介をされ、不敬に問わないから楽に話すようにと言われる。平民である自分に公爵家の令嬢から話があるとは思えず、いったい何かと身構える。先ほどのクラスメイトの男子達に連れて行かれた校舎裏とは異なり、中庭はどの校舎からも見えるし、周りには歓談している学生達も多い。

 令嬢が紅茶のカップをソーサーに戻したのを見て、話し掛けた。

「……それで、エヴァンス様、お話とは何ですか?」

「フローリアでいいわ。この学園の制度で、公爵家以上の子息が入学すると同学年の騎士科の学生と主従契約をすることはご存じかしら」

「いえ、知らないです……」

 そう、とフローリアは楽しそうに目を細めると、高らかに宣告した。


「わたくし、あなたと主従契約するわ」

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