1-4 入学式
入学式の朝。
アンは日の出とともに起床してベッドを整えると、室内で出来る運動をした。本当は学園の敷地内をランニングしたり、外で鍛錬が出来たらいいのだが、まだ入学式を終えていない身で学園内を走り回る勇気はなかったので、室内で行うに留めた。
大浴場は朝から開いているため、汗を流し、食堂で朝ごはんを食べた。今日から在校生も新年度が始まることもあり、昨夜よりも食堂内は賑わっていた。空いている席に座ると、周りの学生がアンのトレーに置かれた量にギョッとしていたが、運動後で空腹のアンは気付かなかった。
自室に戻って用意されていた制服に着替える。貴族は質にこだわるためそれぞれ仕立て屋で仕立てるが、平民には学園が標準品を支給してくれる。
学園には男女別の制服がある。女子はダークレッドの上品なジャケットに、白のスカート、ブラウンのリボンをクロスさせたタイ。男子も同色のジャケット、白のスラックス、光沢のあるグレーのネクタイとなっている。しかし、騎士科は動きやすさを重視するため、女子でもスラックスとなり、ネクタイとリボンタイの選択が出来る。一応両方用意されており、アンは鏡を見てどちらが合うか確認してネクタイにした。
新品の制服はパリッとして布がまだ硬いため動きにくさがあるものの、動きを制限するほどではない。
長い髪を新品のリボンで結び、弟達から贈られたネックレスを制服の下に見えないように着けた。忘れ物がないかカバンの中身を確認して、アンは自室を出た。廊下にも同じような格好をした生徒達がいたが、みんなスカートを履いている。流れに従って寮を出て校舎に向かって歩く。寮から校舎に向かう通りは平民街側の門から来た学生も混ざっている。校舎の手前で、貴族街側の門から来た学生達と合流する。
アンは不審にならない程度に女子学生の制服を見ていたが、見える範囲にはスラックスの女子学生はいない。同学年の騎士科では女子はアンだけと聞いていたので、在校生に居ないかと期待したのだが、少数だそうなのでそう簡単には見つからないのだろう。期待が外れて内心で溜め息を吐いた。
校舎は学科によって建物が分けられており、校舎同士は中庭を囲んで渡り廊下で繋がっている。騎士科は演習の授業が多いため、北の演習場側にある。東側に魔術科、西側が貴族科、南側には事務棟がある。演習場の校舎寄りには屋内競技場もあり、入学式はそこで行われる。
案内に従って校舎内を進み、合格通知書に記載されていた教室に入る。
騎士科は人数が多いため、二クラスに分かれている。学年によって一クラスの人数に違いはあるものの、おおよそ二十〜三十人で構成されている。
教室内の机は大半が埋まっており、自己紹介をしたり、既知同士なのか親しげに談笑している学生達もいる。机に座ってじっとしている学生もいたので、少し緊張が和らぐ。教室の入り口近くの学生はアンの方を一瞥したが、興味なさそうに視線を戻した。黒板に掲示されている紙には五×五のマス目と名前が書かれて座席が指定されており、アンの席は教室最前列の中心から一つ窓際の席だった。幸い周りには人がおらず、カバンを置くとそっと着席した。
孤児院には同い年の子供がいなかったし、ここまで多くの同い年の子供に会ったことが無かったので、居心地が悪く落ち着かない。アンは前を向いていたので気付かなかったが、その背中に刺さる視線も居心地の悪さを助長させていた。
始業のチャイムが鳴ると同時に教師が入室してきた。短く刈り込んだブロンドの髪に、薄い緑色の瞳は垂れ目で優しそうな印象を与えるが、体格がかなり大きく、鍛えられた筋肉がシャツの上からでもはっきりと分かる。
「はい、着席!」
教師は教壇に立つと、よく通る声で短く指示をした。それまで騒がしかった学生達も、指示を受けて席に着いた。
「このクラスを担当するライノルド・ジョーンズだ。ライノルド先生か、先生と呼びなさい。前職は第一騎士団だったが、縁あってこの学園の教師をしている。君たちはこれから騎士を目指す者が大半だから、学園の規則と紳士としてのマナーを守った行動をするように」
席から見上げたライノルドは、背丈がかなりあることもあり、威圧的な発声ではないのに迫力がある。
「それでもやんちゃ盛りの男子が集まっているのだから、羽目を外すこともあるだろう。その時は規則通りの処罰をするが、もし学園内で許可のない私闘を行った者には、ちょっと痛い目にあってもらうから、覚えておくように」
はっきりと言葉にしなかったが、第一騎士団は別名を魔法騎士団と呼ばれる。ライノルドは元魔法騎士団の所属であること、髪色から雷属性を持っているので、ちょっと痛い目というのは雷でビリリとされることだろう。
そこまで理解出来た学生がどの程度いたのかは分からないが、ライノルドの迫力に気圧された学生達はただ頷いた。
「それじゃあ、入学式が始まるから、屋内競技場に移動する。学科とクラスごとに指定の席があるので、そこに着席するように」
学生達は立ち上がると、屋内競技場に移動し始めた。アンは立ち上がって初めて気付いたが、周りの男子学生達よりも目線が高い。男子の成長は十四歳くらいから急に伸び始めることを知っていたが、それにしても自分の背丈は高くないか……。また溜め息を吐くと、屋内競技場に入った。
壇上があり、壇上の近くから貴族科、魔術科、騎士科となっている。周りのクラスメイトの流れに従って着席した。しばらくすると、入学式開会の言葉が述べられた。学園長の挨拶に続き、新入生代表として第三王子が挨拶を行った。新入生代表はその学年で最高位の貴族か王族が行う。アンは知らなかったが、王族の子供も多くはないため、大半は公爵家か侯爵家の子息が行うことが多い。
入学式が閉会すると、教頭が壇上に現れた。曰く、入学に伴って魔力・魔法属性検査を再度行うこと、クラスメイトの魔力量を知ることで己を見直し切磋琢磨するように、とのことだった。
通常、魔力・魔法属性検査は十歳になる年に、生まれた領地の教会で行われる。
魔力を持つ者は少数で、その大半を貴族が占めている。平民にも極少数ながら魔力を持って生まれる者がいるため、魔力検査は国内全員に行われ、魔力を持つ平民は学園への入学が確定し、手厚く保護される。
魔力を持つ者の中には、魔法と呼ばれる魔術とは異なる体系の能力を持つ者がいる。魔力を術式や指定の詠唱によって具現化・発動することを魔術と呼び、学問として研究されている。一方、魔法は魔力を使用するものの、詠唱方法も個々人によって異なり、学問というよりは超常現象に近い。
魔法属性には、火、水、土、風、雷の五大属性と、光と闇の二大属性がある。魔法適性を持つ者は髪の色が、持っている最も強い属性の色になる。それぞれ、緑系、青系、赤系、茶系、金系、銀系、黒系の髪色となる。もちろん、魔法属性を持たない者でも、その系統と同じ髪色を持つ者は多いが、あまり見られない緑系や青系ではパッと見ただけで魔法属性があることが分かってしまう。
魔力量は、成長や魔力の使用量に応じて、少しずつ増えることもある。しかし、魔力検査を頻繁に行うことはないので、十歳から四年経った現在で魔力量が増えている学生もいるだろう。そういったことも兼ねた検査だったのだが、アンは帝国の侵略による混乱で検査を受け損ねていたので初めて検査を受けることになる。魔導具を魔石無しで使えるので、魔力はあることを知っていたが、どの程度の魔力量なのかは知らない。
検査装置は魔導具で、手前に板が付いており、そこに手のひらを触れて魔力を流し、十段階の目盛のどこを針が差すかで魔力量を測定する。目盛の上にはそれぞれの魔法属性に対応した石が埋められており、それが光ることと光の強さで魔法属性の適性を判断する。
教師の誘導で、屋内競技場の後ろに座っていた騎士科から検査を受ける。騎士科は魔力に関係なく実技で入学できるため、平民や貴族でも魔力を持たない者が多い。検査はサクサクと進み、アンの順番になった。
女性教師に名前を聞かれて答えると、魔導具の板に手を触れて魔力を流すように指示される。手のひらに意識を集中して魔力を流すと、針は七を過ぎたところで止まった。
「ローレンヌさんは平民出身なのに魔力量が多いですね。それに、強い火魔法属性とほんの少し光魔法属性があるみたいですね」
「え!?」
教師の言葉に驚いて検査装置の石を見ると、眩しいくらいの赤とほんのり白に石が光っていた。後ろにいたクラスメイト達が騒めいたが、アンは驚いていて耳に入ってこなかった。
「あれ、知らなかったの? ローレンヌ、というと国境の村の名前よね……。もしかして、検査を受けていない……?」
「あ、はい……」
「そうなのね……。これだけの魔力量と魔法適性があるなら魔術科でも良さそうだけれど、……いいの?」
言外に騎士科でいいのかと聞かれているのだろう。性別のこともあるのかもしれない。
それでも、アンは騎士を目指しているので答えは決まっていた。
「はい、騎士を目指しているので」
「そう、それなら魔術騎士だけじゃなく、魔法騎士も目指せるから、頑張ってね」
微笑んだ教師の応援の言葉に、アンも笑顔で返事した。