1-3 王立学園②
気を引き締めたのも束の間、腹からぐうという音がした。旅の間はきちんとした食事を取れていなかったため、空腹が限界を迎えたのだろう。
アンは同年齢の女子の平均に比べると食事量が多い。孤児院では負担になってはいけないという遠慮もあって、あまり食べないようにしていた。なので、背丈は成人女性の平均よりもはるかに高いが、背丈に栄養が持っていかれてしまい、剣を振れるだけの筋肉はあるものの、筋肉質でも肉付きがいいわけでもなかった。しかし、学園では平民出身者は学費が免除される上に、食堂では三食提供される。もちろん度を越した量や大量に残すことは規則違反になる。しかし、食べ切れる量ならばいくらでも許される。アンはそのことを知っていたので、最初は目立たないように、あまり食べすぎないように気を付けつつ、少しは食べてもいいかなと考えていた。
王都の学園の食堂のメニューはさぞかし美味しいに違いない……、とスキップしそうな気持ちを抑えつつ、食堂へ向かった。目立たないように、と緊張しながら食堂に足を踏み入れると、夕食の時間には少し早いがすでに食事をしている学生たちがいた。食堂は女子寮の学生の三分の二程度なら同時に食事を出来る程度の広さであった。今はまばらに席が埋まっている程度で、空席も多い。
食堂の入り口近くに座っていた数人の学生は、入ってきたアンに一瞥し、身長の高さに驚いたものの、特に騒ぎ立てることもなかった。アンはキョロキョロと食堂内を見回し、奥にカウンターがあり、そこで配膳されるのだろうと目星をつけて近付いた。カウンターの奥には調理場があり、口元に少し皺のある女性が人好きのする顔でアンを迎えてくれた。
「あら、見ない子だね! 初めましてかな?」
「はい、新入生です」
名乗るべきなのか分からなかったので、肯定だけする。
「随分背が高いんだね……。あ、もしかして騎士科に入る子かい?」
「あっ、はい……」
寮の管理人なら知っているかもしれないが、食堂の女性にも自分を知られているとは思っていなかったので再び緊張が戻ってきた。
「騎士科に入る女の子は少ないからね〜! それに、今年はあなた一人だけらしいから、私でも知っているのよ〜」
女性がにこやかに教えてくれた内容に、いくら目立たないようにしても同学年の騎士科の女子が私だけなら、いくら気を付けても無駄だろう……、と諦めた。
がっくりしているアンに女性は気付いていたが触れることはなく、それならと話し続けた。
「背も高いし、騎士科はたくさん食べる子もいるし、食べたいだけ盛るから、遠慮しないで言ってね!」
「……ありがとうございます」
「それじゃあ、よそうから食べられそうなところで止めてね」
女性はアンに笑いかけると、鍋からミートソーススパゲッティをよそい始めた。女性は迷いなく盛り始めたが、少し多めになったところからアンの表情をチラチラと伺いながら少しずつ足していく。アンは盛られるスパゲッティの量をじっと見ていたため、女性が自分を確認していることに気付いていなかった。遠慮しないでいいとは言われたが、度を超さないようにと思いつつ、度とはどのくらいだ……?と悩んでいた。
結局、アンが「ありがとうございます」と言って止めたのは、歴代最高記録を超してからだった。女性はアンの言い方に遠慮しているのだろうと察したが、ここで足りないか聞くのは不躾になると思って何も触れずに、スパゲッティの皿をにこやかに渡した。アンが少し固い笑顔でお礼を言いながら受け取ったので、次回来た時はもう少し多めに盛ってあげようと決めた。
カウンター近くの学生達は会話を聞いており、振り返ったアンの持つトレーに載るスパゲッティの量がどれくらいなのか、好奇心から視線だけを向けて驚愕していた。アンはそれには気付いていなかった。遠慮して自分には少し物足りないくらいで止めていたが、それでも孤児院や王都までの食事に比べたら段違いの量と、美味しそうな匂いに顔を綻ばせていた。
るんるんと笑顔のまま席に着き、食前の祈りを捧げるとスパゲッティを食べ始める。ひき肉が多く使われているため、噛み締めるごとに肉の脂の甘みが口いっぱいに広がる。トマトの水煮が使われているのか、ところどころ実の塊があるものの酸味は少ない。麺は柔らかめだが、ミートソースと絡めて炒められていたので味が染みている。
孤児院の薄味に慣れているアンには、とても味が濃くて食べ応えがある。一口ずつを味わい、噛み締めつつも、夢中で食べていたら、気付くと皿は空っぽになっていた。空の皿を見つめてしょんぼりとしたものの、久しぶりに満腹近くまで食べられたことで幸福感に満たされていた。
食後の祈りを捧げ、トレーを返却口に持って行く。
「ごちそうさまでした!」
配膳をしてくれた女性とは別の女性だったが、アンが元気にお礼を言ったら、にっこりと笑い返してくれた。食堂に来たときのオドオドとした雰囲気はなく、ご機嫌に食堂をあとにした。
アンは部屋に帰ると引き出しに仕舞っていたレターセットを取り出して、弟達に向けて、王都までの旅程と学園に着いたこと、寮の食堂に大変感心したことを書き記した。弟達は平民にしては珍しく魔力を持っているし、上の弟は来年入学する上に光魔法属性まで持っている。弟達が不安にならないように、近況だけでなく学園についても教えてあげようと思っていた。
思ったよりも手紙の枚数が増えてしまい、膨らんだ封筒を押さえて封をした。寮の入り口に投函箱があり、管理人が配達員に渡してくれるらしい。
至れり尽せりな環境に、アンはほっとしつつも、明日から始まる学園生活にはやはり緊張するのであった。
後日、王都のアンから届いた手紙を受け取った弟達は、封筒の厚さに驚いたものの、中身を読んで呆れてしまった。アンが大食いなのに遠慮して食べないようにしていたことを知っていたので、手紙の大半が食堂のメニューが美味しかったという内容で、心配したのに杞憂だったかと思った。