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1-16 空腹ほど精確な時計は無い

 フローリアと押し問答をしている間に、夕日はとっくに沈んでいた。日が傾き始めた時点で部屋のランプが灯っていたので、時間感覚が分からなくなっていた。

 アンが現在時刻を認識したのは、部屋に運ばれてきた食事の匂いで空腹を自覚した瞬間だった。フローリアの部屋には時計が置いてあったので、振り返って時刻を確認すると早めの夕食時になっている。

「私、帰らないと……!」

 アンが慌てて立ち上がろうとすると、フローリアがまあまあというように手で制する。その間にもメイドたちが手際よく窓際のテーブルに配膳をしていく。

「帰寮は、食事を頂いてからにしましょう」

「え、でも、夕食まで頂くのは……」

「もう用意できてしまいましたわ」

 フローリアから完璧な令嬢スマイルを向けられた上に、ものすごく食欲を刺激する香りに胃袋は空腹を激しく訴えていて、アンは降参するしかなかった。

 窓際のテーブルセットに移動して着席すると、控えていたメイドが順番にサーブしていく。

 季節の野菜サラダ、キノコポタージュ、白身魚のオイルスパゲッティ、ローストビーフ、軽くトーストされたバケットが並べられた。フローリアの前に並べられた量は、その身体の大きさに合っているが、アンの前には大量に並べられている。

 貴族のテーブルマナーが分からなかったが、アンでもマナー違反しにくい料理が出されている。公爵家で食べられているようなメニューには思えなかったので、アンはそっとフローリアを盗み見たが、フローリアは澄ました顔で料理を頂いている。

 アンがマナーのことを気にして恐縮して料理を楽しめないことを想定してのメニューなのかもしれない。けれど、フローリアの様子からはそのようなことは全く分からない。

 まだフローリアと出会ってまもないけれど、令嬢にしては破天荒な面を持ちつつも、上に立つ者の矜持と人としての優しさを持っていることをアンは知りつつあった。

 公爵家の料理に舌鼓を打っていると、フローリアが「そういえば」と呟いたので、咀嚼していたものを飲み込んでから「なんでしょう?」と先を促した。

「食事で思い出しましたが、アンは魔力操作については誰かから習いました?」

「習ってはいないですね」

「それなのに、魔法も使えるんですか……」

 フローリアが呆れたというように言うが、アンには何のことなのか分からなかった。

「『魔法適性がある』というのは、身の回りの空気や自然に含まれる魔力を使う能力を持っているということなの。魔法適性のある人は通常、魔力も持っているわ。十歳の測定のときか、それ以前に魔法適性があることが分かった時点で、体内の魔力を使わずに魔法を発動させる訓練を受けるようになるの」

「そうなんですね」

「アンは魔法適性があったにも関わらず、学園入学まで魔力測定すら受けられていないから、体外の魔力を魔法に使う方法を知らないのよ。それなのに、無意識に魔法を使用するので、体内の魔力が消費され、消費された魔力を回復するために食事を大量に摂取しているのよ」

「そうだったんですね……!」

 まさにフローリアの三倍以上の食事を摂取している最中だったので、フローリアの言葉には重みがあった。

「魔力は体力と同じように、体内の魔力が消費されたら回復する必要があるわ。せっかく魔法適性があるならば、体外の魔力を使えるように訓練しておく方が、いざというときに役立つわ」

 そこで!と、フローリアが人差し指を上に立てたので、口に頬張っていたスパゲッティを嚥下した。

「明日から、魔法を使う練習をしましょう。放課後に魔術科用演習場を使えるように、先生に掛け合っておきますね」

 わたくしが教師役よ!とフローリアがにこりと笑ったが、魔法について全く知らないアンは

「よろしくお願いします!」

と大喜びで頷いた。

 その後、アンは勧められるまま食後の紅茶とデザートも頂き、公爵家の馬車で寮へと帰った。

 帰るときにもまた、すっかり綺麗に洗濯と乾燥された制服も渡されてしまい、再び恐縮してしまった。

 公爵家で入浴もとい丸洗いをされていたので、夜の入浴は省略して夜着に着替えてベッドに横たわると、ふうと溜め息が漏れた。

 今日一日のことを思い返すと、寮の自分の部屋はすごく安心できて、緊張していた身体が弛緩するのを感じた。まだ入寮してまもないのに、ここは自分のテリトリーだと感じられるようになってきている。

 ――フローリアに出会ったのも、学園に入学した日だから大差は無くて……。でも、出会って数日とは思えない関係になってきている、気がする……。

 それはきっと、フローリアが気兼ねなく、親しみと優しさを持って、アンに接してくれているからだろうと思った。

 孤児院という、ある意味で閉鎖的な空間で育ったアンには、フローリアの接し方は、多くの人へも同じなのか、はたまた護衛騎士であるアンに対して特別なのか、それはまだ分からなかった。

 でもきっと、とアンは思う。

 ――『相棒』というのは、家族や友人とはまた違った、意味のある関係なのかもしれない。

 フローリアがアンを護衛騎士以上の存在を望んでいることは確かだ。それ以上のことが今は分からないので、これからもっと知っていけば分かるかもしれない。

 フローリアとの関係について考えるのを止めて、明日の魔法練習に思いを馳せた。

 ――生まれた時から魔法適性があることに気が付いていたら、七年前のとき、何かが変わっていたのだろうか……。

 魔法練習への高揚感とともに、『もしかして』という変えられない過去への仄暗い感情も湧いてきた。しかし、それこそ考えてもどうしようもないことだろう。過去は変えられないけれど、これから起こることは自分で変えられるし、変えられるだけの力を手に入れたい。

 アンは感情を振り払うと、そっと目を閉じてベッドに身を委ね、夢の世界へと意識を手放した。

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