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1-14 はじめての公爵家訪問

 アンはフローリアの後について歩き、貴族街側の門の前に初めて来た。貴族街に直接繋がっている門は、貴族街にタウンハウスのある貴族出身者くらいしか使わない。なので、アンはこちらの門を見るのは初めてだ。

 門の前には馬車寄せがあり、下校する学生を迎えに来た馬車の豪華さにアンは一瞬眩暈がした。その中でもひと際豪華な馬車がフローリアとアンの前に停まった。

 従者がステップを置くと、フローリアに手を差し出して乗り込むのを支えた。アンは辻馬車ぐらいにしか乗ったことが無く、馬車の乗り降りのマナーがあることも知らなかったので、フローリアの見様見真似で従者の手を借りて乗り込んだ。

 フローリアに促されるまま向かい側に腰かけて、辻馬車とは雲泥の差の座面の柔らかさにギョッとした。クッションの付いた椅子に座ったことは数少ないが、そのどれもを凌駕する座り心地にすっかり委縮してしまい、アンはカチコチに固まった。

 従者が扉を閉めてまもなくすると、馬車はゆっくりと走り出した。

 王立学園を出てしばらく坂道を下ると、王城が馬車の窓から見えた。王城は王立学園のすぐ隣にあるが、学園と隔てる高い塀で屋根くらいしか見えない。平民街からも王城の上の方しか見えないので、アンは初めて王城の大部分を目にした。白亜の王城は、大きさもさることながら、その存在感も圧倒的であった。

 アンは身を乗り出さないようにしながら、馬車の窓から王城に釘付けになった。フローリアはアンのその様子を微笑ましく見ていた。

「王城の敷地には、騎士団や魔術団、兵団の本部や訓練所があるわ。学園の卒業生の大半は王城で勤務することになるわね」

「そう、なんですね……」

 アンは正面に座るフローリアを見た。

 アンは騎士を目指しているので、王城の騎士団に所属することが第一目標になる。

 ――自分は数年後にあの城で、騎士として過ごしているのだろうか?

 そっと視線を戻し、白く反射する王城を見つめた。

 馬車はゆっくり石畳の道を進み、しばらくして減速した。門を潜るのが窓から見えていたので、公爵家に着いたのだろう。そのことを認識すると、急に緊張がアンの身体を支配した。

 フローリアに流されるまま訪れてしまったが、平民であるアンには貴族のマナーは分からない。学園では学生同士は身分に関係なく平等であるとされているが、学園の外ではその限りではない。

 落ち着いてからでも良いかとフローリアに声を掛けようとしたが、すでにフローリアは馬車から降りている最中だった。アンは間に合わなかった!と天を仰いだが、フローリアに続いてすぐに降りなければと意を決して、馬車から降りた。

 従者に礼を言い、目線を上げると、公爵家のあまりの大きさにアンは見上げてしまった。孤児院と学園くらいしか知らないアンには、他の貴族の家の大きさが分からなかったが、公爵家は桁違いなのではないかと思った。

 馬車寄せから玄関までの間のアプローチに、フローリアによく似た色彩の少年と何人かの使用人が立っていた。

 少年の濃い金髪は短く切り揃えられ、神経質そうな濃い水色の瞳がアンをじっと見ている。精悍な顔立ちで、背丈が上の弟のビルと近い。もしかしたら年も近いのかもしれない。

「姉様、お帰りなさいませ」

「ただいま、ラル。お母様は?」

 ラルと呼ばれた少年は「お母様はお茶会に出掛けています」と答え、フローリアに目配せをした。

「ラル、こちらは私の護衛騎士のアンよ」

「アン・ローレンヌと申します」

 訝し気な視線を向けてくる少年に、アンは緊張しながら礼をした。少年は小さく「ローレンヌ」と呟いて、アンには聞こえていたがそれ以上追及されなかったので何も言わなかった。

「アン、この子は私の弟のジェラルドよ」

「ジェラルド・エヴァンスです。騎士科唯一の女性にお目に掛かれて光栄です」

 ジェラルドは先ほどまでの訝し気な視線を引っ込めると、貴族男子然とした慇懃な礼をした。その変わり様に驚いたが、ジェラルドはその後も丁寧な姿勢を崩さなかった。

 紹介された執事とメイド長に促され、一行は公爵家の中へと入った。

 白の大理石を使われた玄関ホールは広く、美しく配置された調度品がホール全体の調和を生み出している。公爵家の豊かさを自慢するような嫌味さは無く、品の良さだけを感じられる。

 アンは呆気に取られて立ち止まってしまったが、素晴らしい玄関ホールや調度品を日常風景として目もくれない他の面々はアンの様子を微笑ましそうに見ていた。

 ジェラルドと執事、メイド長は「ごゆっくりお過ごしください」とアンに言うと、邸宅の奥へと消えていった。

 替わるように控えていた見覚えのあるメイドに案内されて、アンはフローリアの自室へと案内された。

 フローリアにソファへ座るよう示されて腰かけると、流れるように紅茶と菓子がサーブされた。

 正面で優雅に紅茶を飲むフローリアに倣って、アンも紅茶に口を付ける。公爵家から出された紅茶を頂くのは二度目だが、この一口がいったい幾らするのか慄く味わいがする。

「アンには弟君が二人いて、確か、上の弟君が来年学園に入学するのよね?」

「は、はい……」

 アンは自分の弟の話をしたことが無かったので、なぜ知っているのかと思ったが、確認するように聞かれたので肯定するしかなかった。

「ラルも来年入学だから、同学年になるわね!」

 フローリアが楽しそうに言う様子に、上の弟だけでなく下の弟も交流することになるだろうことを予想して、心の中で先に謝った。

「……先ほどはラルが不躾な視線を送ってしまい、ごめんなさいね」

「あ、いえ……、当然のことかと……」

 とても貴族には見えない人間をいきなり連れてきたのだ。いくら学園の制服を着ているとはいえ、警戒することは正しく思えた。

 カップをソーサーに戻したフローリアは、はぁと溜め息を吐いた。

「恐らく、アンのことを男性だと思ったのでしょうね。ラルは、私と交流のある男性に異様に敵対心を持つので、あのような態度をしたのでしょう。でも、アンの声で女性だと気付いて、態度を改めたのでしょうね」

 そうだったんですね、とアンは返答するしかなかった。

 アンは身長も同年代の男子学生より高く、その男子学生と同じ制服で、髪も短く切ったばかりである。それを初対面の人が正しく見極める方が難しい。

 ジェラルドがフローリアと交流のある男性に異様に敵対心を持つ、という言葉が気になったが、深く触れてはいけない気がしたので、聞き流すことにした。

「……そういえば、私はなぜ公爵家に招かれたのでしょう」

 流されるままにアンは公爵家まで連れてこられたが、目的までは聞いていなかったので尋ねると、フローリアの瞳がランランと光ったように見えた。

 アンはその輝きに嫌な予感がしたが、連れてこられてしまった以上、その目的が果たされるまでは帰ることは出来ないだろう。

「それでは、始めましょうか」

 フローリアの手本のようなにこやかな表情に、予感が的中してしまったと、アンは諦めの表情を浮かべた。

明日20時にも更新があります!

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