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1-11 持久走は地獄?

 演習場のトラックに移動すると、別のクラスも測定を終えて集合していた。

 教師を囲むように学生達が集まると、ライノルドが持久走の説明を始めた。

「これから持久走を始める。持久走はこのトラックをひたすら走るだけだが、持久力だけでなく忍耐力といった精神的な能力も見ている。なので、自分の体力か精神の限界まで走り切るようにしろ。脱落した者は、最後の走者が終わるまでトラックの中で待つように。……今まで行った身体測定の種目は成績に加味されるが、その中でも持久走は最も重視されるので、心して取り組むように。以上」

 学生達はスタート地点に並ぶように指示される。

 ステファンが睨むようにこちらを見ていたので、アンとラルフは学生達の一番後ろに並んだ。

「アンさん、お腹の具合はどうですか?」

「少し空いてきましたね……」

 心配そうにラルフが聞いてきたので、安心させようと明るく返した。アンの返答にホッとしたのか、ラルフは前方のステファン達を見た。

「持久走は自分のことで必死なので、ステファンも何かしてくるとは思いませんが……。気をつけてくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「……それと、僕はあまり体力も忍耐力も無いので、早々にいなくなりますし、アンさんはご自分のペースで走ってください」

「……分かりました」

 アンは頷いて、前に向き直った。

 教師の合図で学生達は走り出した。

 持久走と言われていたので全力疾走する者はおらず、各々のペースで走っている。アンも朝のトレーニングで走るときのように、自分が走り切れる限界の距離に合わせた速度で走る。最初はアンを追うように走っていたラルフは、いつの間にか後ろから居なくなっていた。

 トラックを2周ほどすると、速度のバラバラな学生達はトラックに散って走るようになった。誰を追い抜いて追い抜かれたのか分からなくなっていくが、アンにはクラスメイトの顔も名前も分からなかったので気にしていなかった。

 ラルフを追い抜いたときだけ様子を伺ったが、声を掛けるのを止めたくらいには必死そうだった。

 アンが5周目を走っているときには、すでに学生の三分の二が走り終えていた。代わり映えのない景色にアンは飽きてきていた。

 10周目を超える頃には、トラックを走っている学生は数人になっていた。その頃には、アンの頭の中では、今日の夕食は何だろうかという想像がされていた。

 お肉が食べたいな〜、と考えていたときに、午後の授業終了の鐘が鳴ったが、肉から滴る肉汁の想像に夢中になっていたアンの耳には届かなかった。

 もう一周走り切れるか自信が無くなったので、アンは16周で走るのを止めた。

 トラックの中に入って軽い足踏みをしながら、ポケットからタオルを取り出して汗を拭いているとラルフが近付いてきた。

「アンさん、お疲れ様です」

「ラルフさんも、お疲れ様です」

 弾む息を整えながら、アンはラルフに笑いかけた。

「全員走り終わったな! 授業終了の鐘も鳴ったので、身体測定は以上で終了だ。着替えた後、各自の教室に戻るように。以上、解散」

 ライノルドが終了の号令をしたので、座り込んでいた学生達はよろけるように立ち上がると校舎に戻り始めた。

「もしかして、私が最後でした……?」

「最後ですね」

 アンが走り終わってすぐにライノルドが解散の指示をしたので、ラルフに聞いてみたら肯定された。

「待たせてしまいました……」

「みんな、気にしていないですよ」

 アンが申し訳なさそうにしたので、ラルフは苦笑いで答えた。

 二人が校舎に向けて歩き出そうとしたところで、

「ローレンヌ」

とアンが呼ばれたので振り返ると、ライノルドが立っていた。「何でしょうか?」とライノルドを見上げる。

「シュナイザーと一緒にいるということは謝罪を受けたようだが、一応報告しておく。昨日のグロリア達から絡まれた件についてだ。エヴァンス嬢が連絡をくれていたので、立ち去ろうとしていたところを現行犯で捕まえ、その場で罰則を与えている」

「……そうでしたか」

 ラルフをチラリと見ると、気まずそうな表情をしている。

「騎士科の女性はローレンヌだけだから、もしまた何かあるようだったら、すぐに報告しなさい」

「分かりました、ありがとうございます」

 アンが礼を言って頭を下げると、ライノルドも頷いたので、二人は校舎に向かって再び歩き出した。


 汗を拭いて着替え、教室でライノルドから明日の授業についての連絡を聞いた。

 貴族科の教室に迎えに行こうとしたところで、フローリアが廊下に立っていることに気が付いた。騎士科の学生達もフローリアの姿に驚いているが、声を掛けることはなかった。

「フローリア様!? これからお迎えに行こうと思っていたんですが……、すみません」

 アンはフローリアに近付くと、初日から迎えに行けなくて申し訳ないと謝った。

「謝る必要は無いわ。授業終わりに、騎士科の測定がまだ終わっていないと聞いたので、演習場にも行っていたの」

「え、そうだったんですか」

「えぇ! アン、最後の走者になっていて、素晴らしいわ! それに、たくさん食べていたのに大丈夫みたいで、安心したわ」

 フローリアがにこりと笑って褒めてくれたので、アンは「ありがとうございます」と気恥ずかしそうに答えた。

「孤児院だと娯楽も限られているので、草原を駆け回っていることが多かったからですね」

「……孤児院出身?」

 アンは気恥ずかしさを誤魔化すように明るく答えたが、フローリアは孤児院という単語が気になったようだ。

「ローレンヌ、ということは国境沿いの村の名前ね。もしかして、7年前の……」

「そうです、帝国が侵攻してきたときに、ローレンヌ村に住んでいました」

 フローリアが言いにくそうにしたので、アンは何でも無いというように返事をした。それでも、それ以上何を言えばいいのか分からなくて、口を閉じてしまった。

「あれ、フローリア嬢?」

 重くなりそうな空気を打ち破るように、男子学生が声を掛けてきた。アンは振り返ると、そこにはエリアスが立っていた。

「エリアス様、ごきげんよう」

 フローリアは一瞬で切り替えると、淑女の礼をして微笑んだ。

「あぁ、ローレンヌ嬢はフローリア嬢の護衛騎士だったね」

「エリアス様はアンと同じクラスだったんですね」

 二人が和やかに話しているので、アンは気持ちを切り替えられないまま、ただ会話を聞いていた。

「エリアス様はこれから殿下をお迎えに?」

「行かなきゃいけないね……」

 エリアスが肩を竦めて答える姿を見て、苦労人ということはこういうことなのだろうかと、アンはぼんやりと思った。

「ローレンヌ嬢も、『保護者』がんばってね」

「は、はぁ……?」

「アンの保護者はわたくしですわ」

 エリアスの言葉にアンは曖昧に答えるしかなかった。

 フローリアがぷんぷんとしながら答えている様子に、エリアスは楽しそうに笑い声を上げると「失礼するね」と言って立ち去った。

 エリアスが見えなくなるまで、フローリアは不機嫌そうにその後ろ姿を見送った。

「ところで、アン」

「はい」

 アンを見上げるフローリアが、今までにないくらい接近してきた。

「あの、汗臭いと思いますので……」

 アンはその勢いに後退りしたが、フローリアも離れた分だけ近付いてくる。

「アン、あなたの髪は長くて、真っ赤な色も綺麗ですが、……とても痛んでいるわ」

「……はい?」

「せっかく美しい髪をお持ちなのに、パサパサに痛んで、ごわついて、はっきり言ってボサボサです」

「はぁ……?」

 フローリアがアンの髪の毛先を手に取ると、嘆かわしそうに毛先を撫でる。

「きちんと洗って、乾かしていますか?」

「……洗って、乾かしています」

「何で洗っていますか?」

「……固形石鹸です」

「固形石鹸!?」

 髪を見るために俯いていたフローリアが、ばっとアンを見上げて叫んだ。その突然の声量に、アンは驚いてビクッと跳ねた。

「寮に戻ったら、大浴場に行くわよね。わたくし、王都のタウンハウスから通いなので、寮がどういったところなのか興味がありましたの」

 良いことを思いついたというようにフローリアが楽し気に言うので、アンはまさかと思ったが先を促す気にはなれず、フローリアを見つめるしかなかった。

「アン、一緒に寮の大浴場に行きましょう。わたくしが髪の手入れを教えてあげるわ!」

 フローリアの突飛な提案に、アンは否とは言えなかった。

 エリアスの言っていたことは、こういうことかと思い至った。

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