1-9 大食い現場目撃
「食堂に行かれるんですか?」
「そうよ。貴族科でも食堂を利用する学生は多いわ。学園の食堂は全学科、全学年の学生が集まるし、思い掛けない出会いがあるかもしれないですからね」
「そうなんですね」
フローリアの斜め後ろを歩いていたら、横に並ぶように言われた。昨日、フローリアのメイドは斜め後ろを歩いていたので同じようにしていた。しかし、フローリアはお気に召さなかったようだ。
「主従契約と言いましたし、周囲もそのような認識の方が多いでしょう。大っぴらには言えませんが、わたくしたちは相棒を目指しているのです。相棒は横に並び立つものでしょう」
「そういう、ものですか……」
そうなのです、とフローリアが言うので、アンはそれ以上異議を唱える気は無かった。
それでも、平民と貴族で、立場も経歴も違うし、フローリアはアンに魔法を教えられる程度には扱えると言っていた。フローリアの描く相棒とはどのようなものなのか、アンには想像が出来なかった。
思案していると、食堂に着いた。食堂は貴族科の教室棟のさらに西側に独立して建っている。建物は平屋建てで、一つの広い空間にテーブルセットがたくさん置いてある。建物の西側はガラス張りになっており、その先にはテラス席と、テラス席のさらに奥の草むらにはベンチがたくさん設置されている。
テーブルセットにはすでに多くの学生たちが座っている。空いている席もちらほらあるので、食堂に来る学生を賄えるだけの席数はあるみたいだ。
食堂では、メニューの系統ごとに受け取るカウンターが分かれている。サンドイッチといった軽食、スパゲッティなどの麺類、肉・魚といった主食とパンのセットといったように分かれており、目当てのメニューのカウンターの前に列を作るといった方式だ。
フローリアは「受け取ったら、また合流しましょう」と言い、軽食の列へと並んでいった。アンは軽食では全く足りないので、主食とパンセットの列に並ぶことにした。主食は日替わりメニューになっており、今日は肉をパン粉で包んで揚げた物だった。枚数は申告すれば好きなだけ食べられるので、アンは皿いっぱいに盛って貰った。パンも手のひらサイズだったので、三個受け取った。
カウンターから離れ、テーブルセットの海を見回すと、少し離れた席にフローリアが座っており、アンを手招きしていた。
「お待たせしました」
アンがトレーをテーブルに置くと、フローリアはその量を見て、目を丸くした。
「まぁ、いっぱい食べるのね」
「はい、お腹がすぐに空いてしまうし、すごく空くんです……」
「それって……」
フローリアが何か考えるような顔でアンをじっと見ていたが、「なんでもないわ」と言ってサンドイッチを食べ始めた。アンもそれにならい、大量の揚げ物を食べ始めた。
「そういえば、騎士科は初日の午後は身体測定でしたよね」
「そうですね」
「……アン、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
揚げ物の半分を食べ終えたアンが不思議そうな顔をした。知らなかったのかとフローリアは頭を抱えたが、揚げ物を美味しそうに食べ続けるアンを止める気も起きなかった。
「あら、フローリア様。ごきげんよう」
横を通り過ぎようとした女子学生が、フローリアに気付いて声を掛けてきた。
「アドルフ様、ララノア様、ごきげんよう」
フローリアと親しげに挨拶する女子学生と後ろの男子学生に、ちょうど揚げ物を口に入れたタイミングだったアンは会釈をした。
「お二人とも、こちらは護衛騎士をお願いしました、アン・ローレンヌ嬢ですわ」
「はじめまして、アンと申します」
「アン、こちらはシーン伯爵家三男のアドルフ様と、婚約者のエルマン伯爵家長女のララノア様よ」
「はじめまして。アドルフ・シーンです。魔術科ですが、以後、お見知りおきを」
「はじめまして。貴族科のララノア・エルマンと申します。どうぞ、ララノアと呼んでください」
アドルフは薄い緑色の瞳でアンをじっと見つめた。薄茶の短い髪に、顔立ちは精悍な青年に成長しそうな雰囲気である。
ララノアはアンに穏やかに微笑んだ。髪は淡い透き通るような銀色で、腰まで緩やかにウェーブしながら、ふんわりと伸ばされている。柔らかな眼差しの瞳は淡い金色で、肌も陶磁器のように滑らかで白く、整った顔立ちは人形のようだが、優しい表情だ。
「お二人ともこれからお食事でしたら、よろしければ隣のテーブルが空いておりますのでいかがですか?」
「お邪魔にならないかしら……?」
フローリアの提案に、ララノアが気遣わしげにアンを見たので、
「全然構いませんよ! 私のことは気にしないでください」
と慌てて返した。
「それでは、お隣失礼いたしますね」
ララノアはフローリアの隣に、アドルフはアンの隣に腰掛けた。
「ララノア様とは領地が近くて、家の派閥も一緒なので、幼少期から仲良くさせて頂いておりましたの」
フローリアがアンに教えてくれた。領主をする貴族家の名前は領地の名前から由来するため、領地の名前を知っていれば貴族であることが分かるようになっている。しかし、アンは自分が住んでいた領地の近くである国の南東部周辺の領地しか分からなかった上に、平民には貴族の派閥の詳細は知られていないので、フローリアとララノアの家同士も親しいことを知らなかった。
「アドルフ様は幼少の頃からララノア様と婚約されておりますので、わたくしも親しくさせて頂いておりますわ」
「そうなんですね」
アドルフが苦笑するように肯定した。
一通りの間柄の説明が終わり、四人は食事を再開した。ララノアはサンドイッチ、アドルフは日替わりパスタだった。
「アン様はたくさん召し上がるんですね……」
アンが食べている揚げ物の量に、ララノアが目を丸くして驚いている。最初の量の半分にはなったものの、それでも男子学生が食べるよりも多い量が残っている。
「ララノア様、これでも半分になっているのですわ……」
「まぁ……」
フローリアが元の量を告げると、ララノアはさらに目を丸く見開いた。
「確か、騎士科は初日の午後に身体検査で持久走があるんじゃなかった……?」
「はい、午後の一番最後にあります」
アドルフも声に驚きを含ませながら尋ねたので、アンは頷いた。
「え、大丈夫なのか……?」
「アンは知らないようですが、効率が悪いようなので大丈夫でしょう」
アドルフの疑問にフローリアが答え、その答えに納得したのかアドルフはそれ以上聞くことはなかった。
背丈はぐんぐん伸びているが、食事量が異常に多いので効率が悪いとは常にアンも思っていた。なので、フローリアが答えた内容の意味を知らなかったし、察することもなかった。
アンは黙々と揚げ物を食べ、四人はほぼ同時に食べ終わった。ララノアとライノルドは、アンの食べた量にも速さにも驚いていた。
四人は食堂を後にし、校舎へと向かった。アドルフとは貴族科の校舎の前で別れた。
「それでは、また放課後に会いましょう。身体測定、頑張って」
フローリアの応援の言葉にアンは「はい!」と頷いた。他人との差が目に見える機会なので、自分の実力は出し切りたいと思った。
フローリアとララノアを教室に送り届けると、アンは騎士科の自分の教室に戻った。