ヒロインの娘ですが、どうやら私は悪役令嬢のようです
「ナタリア・デイビアス! 今日をもってお前との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの壇上で高らかに宣言したのは、この国の第三王子で私の婚約者です。
いえ、たった今婚約破棄されたので、婚約者だったと過去形で言わなければいけないのでしょうか。
「理由をお聞きしても?」
せっかくの楽しい卒業パーティーに水を差されてぽかんとしている皆様に代わって、一応理由を聞いてみる。
多分、その腕にしがみついている子爵令嬢のせいなんだろうけれど。
「お前はこの学園でフローラに暴言を吐いただけでなく、暴漢に襲わせようとしたと言うではないか。そのような者を私の妃になどできぬ!」
「心外ですわ。わたくし、そのような事いたしませんのに……」
私は儚げに見える外見を利用して、目じりに涙をためてうつむく。
こういう時、ヒロインだったお母様に瓜二つで良かったわーと思います。
男爵家の庶子として生まれて学園に通ったお母様は、そこで高位の貴族の方に好かれ、風紀を乱したとして辺境にある寂れた伯爵家に嫁がされました。
国境沿いにある辺境伯であれば侯爵と同等の地位だけれど、背後に険しい山しかない伯爵家は目立った産業もなく貧乏伯爵家として有名で、しかもその嫡男がガイコツみたいな見た目をしていたので嫁の来手がなく、学園の風紀を乱したとして修道院に行くか嫁に行くかの二択で、お父様との結婚を選んだのだとか。
最初はお父様の見た目のおどろおどろしさに怯えていたお母様だけど、見かけに反して紳士的で優しいお父様を愛するようになって私が生まれたの。
そして何もないと思われた山でアンモナイトという化石を発見して……そこで、前世の記憶とやらを思い出したらしい。
お母様が言うにはアンモナイトの化石を見つけて、前世で化石オタクだった記憶がよみがえったのだとか。
化石オタクって何って聞いた、小さい頃の私はとても後悔したわね。
オタクって息継ぎせずに知識を披露する人の事を言うのね。私には真似できないわ。
お母様はその知識を使ってアンモナイトの化石を工芸品として売り出して、その売り上げで固くて掘れない透明な石を採掘したの。
ダイヤモンドと名付けた無色透明の宝石は、それまで見た事もないほどの輝きで女性たちの心を鷲掴みにして、デイビアス伯爵家は国内でも有数の資産家になった。
ついでに裕福になったお父様は、栄養価の高い物を食べてガイコツから切れ長の目の美青年に変身したのだとか。
そのお父様の姿を見て、お母様はここが自分のやっていた乙女ゲームの世界で、お母様はヒロインだったっていうのも思い出した。
「どうりで何もしてないのに、名高い貴公子たちにまとわりつかれるわと思っていたのよね」
あっけらかんと言うお母様は、実の所、貴公子たちの求愛に迷惑していた。
「だって皆さん婚約者がいらっしゃるのよ? どう考えても愛人になれってことかしらと思って、避けていたの」
幸い、婚約者のお嬢様方は良い方たちばかりで、お母様が逃げるのに力を貸してくださったみたい。
それはそうよねぇ。王太子に迫られたら、男爵令嬢の身分では中々断り切れないもの。
お母様が言うには、お父様との結婚はバッドエンディングなのですって。
「失礼しちゃうわよねぇ。あなたのお父様はこんなに素敵なのに」
まあでも確かに昔のお父様の肖像画を見るとガイコツみたいで陰気そのものだから、人気がなかったのは確かかも。
お母様が前世の記憶を思い出さなければ貧乏だったわけだし。
美形に変身後のお父様は、ゲームを作った人がちらっと公開していただけだけど、お母様はこんなにイケメンなのにどうして攻略対象じゃないのかしらって疑問に思っていたから、お顔をよく覚えていたの。
それを聞いたお父様は、きっとその時から私を愛していたんだな、って感激して……。
ええ、それで可愛い弟が生まれたわね。
ちなみに年子で妹もいるのよ。
「こちらには証人もいる!」
コンラッド殿下はそう言って、私が今まで一度も見た事のない人たちを連れてきた。
「あの、私、デイビアス様がフローラ様にひどい言葉を投げつけているのを見ました」
「私もです。聞くに堪えない暴言で、フローラ様がお可哀想でした」
「ええ、子爵家の娘ごときがコンラッド殿下に近づくのは許せないとおっしゃって」
…………。
コンラッド殿下、冤罪を被せようとするなら、もうちょっとちゃんとしたシナリオを考えた方がいいですよ。
だって、男爵家の庶子だったお母様がいるのに、私がフローラ様の身分をとやかく言う訳ないじゃないですか。
確かに「婚約者のいる男性にみだりに近づいてはいけません」って忠告はしたけど、それくらいだし。
いや、コンラッド殿下に未練があるわけじゃないけど、何も言わなくて黙認していると思われたら後が大変だもの。
それこそ結婚してすぐに愛人を迎えるって言われても認めなくちゃいけなくなるし。
確かに王位を継ぐ方は第五妃まで認められているけど、ただの第三王子の妃は一人だけと決まっている。もちろん貴族もそう。
とはいっても愛人は別枠なので秘かに囲う殿方はいるけど、さすがに結婚してすぐなんて言語道断だし、ラブラブな両親を見ている私としては、結婚前から浮気する人はお断りしたい所存です。
ただこちらから不貞を原因に婚約解消するにも、一応こちらは歩み寄りましたよ、ってポーズは必要だもの。
それで忠告したけど、暴言ではないわね。
明らかに言いがかりだわ。
後でお父様にこんな嘘の証言をしたのはどこの家の人たちか調べてもらわなくちゃ。
売られた喧嘩は倍にして返さないとね!
呆れて一瞬返事が遅れたら、それを肯定と受け取られた。
「お前のような性根の腐った女となど結婚はできぬ! 今すぐ立ち去り、もう二度と王都の土を踏むことは許さぬ!」
えっ。嘘。
あらあらまあまあ。
「それは王家による命令という事でしょうか」
「もちろんだ。コンラッドの名においてナタリア・デイビアスの追放を命じる!」
その言葉にショック……なんて受けませんわね。
だってもう学園も卒業したし、王都に用はありませんもの。
「承知いたしました。今すぐ王都を離れましょう」
私はにっこり笑って踵を返そうとした。
でもそこで、怒り心頭といった様子のお父様と目が合う。
その手前には困惑したような国王陛下が。
「これは一体何の騒ぎだ」
卒業パーティーでは来賓の皆様は卒業生の挨拶の後に入場する。
今年はコンラッド殿下が卒業という事で、国王陛下もおいでになったのだ。
「父上、聞いてください。私は極悪非道なナタリア・デイビアスと婚約破棄を致しました。そして新たにフローラ・エンドを婚約者に迎えたいと思います」
私が儚げ系美女だとしたら、フローラ様はふわふわの綿菓子のような方。
確か子爵家のご息女で、庶子として育ったはず。
学園で、王族や高位貴族が在籍する学年は、庶子の女子学生ってとっても多いのよね。
うちのお母様もそうだけれど、あわよくば目に留まって寵愛されたらラッキーって思うらしくて。
たまーに正妻として迎えられる事もあるから、そういう玉の輿を狙う方たちのバイタリティって本当に凄いのよ。
あれはハンターね、ハンター。
獲物を狙う目つきといったら男性には見せられないと思うわ。
そういう方は正妻になれなくても愛人になって子供を産んでお手当てをもらう、っていうケースも多いから、また庶子が増える事になる。
女の子は美人だったら政略結婚の手駒として貴族家に引きとられる事もあるけど、男の子は大抵聖職者か騎士になるしか道はないから、あまり良い事とは思えないけど。
それだったら裕福な商人の奥さんになったほうがよっぽど気楽だわ。
そうね、私もこの年で婚約者がいなくなったら次の候補を見つけるのは大変だろうし、次の結婚相手はお金のある商人でもいいわ。
うちと取り引きのある商家で良さそうな方っていたかしら……。
「この愚か者が!」
しおらしくうつむいてそんな事を考えていると、国王陛下の怒声が響き渡った。
「確かにお前とナタリア嬢の婚約は、私が初恋の君を忘れられなかったからだが、今となってはデイビアス伯爵家との確固たる繋がりを持つためだと、なぜに分からぬのか!」
えぇ……。そこで初恋の君を忘れられなかったとか言ってしまうのね……。
コンラッド殿下のうかつな所って、もしかして遺伝なのかしら。
確かに私が生まれる前からコンラッド殿下との婚約は決められていたけど、本当にそんな理由だったとは。
それにしてもなぜコンラッド殿下だったのかしら。
国王陛下の妃は五人いて、コンラッド殿下は一番下の第五妃の産んだ王子。デイビアス家との繋がりが欲しかったのなら、五男六女に恵まれているんだし、もっとまともな王子だっていたでしょうに。
もしかして一番自分に似ている王子を選んだとか……。
そんな事はないわよね……?
本当にそうだったら、国王陛下のお母様に対する執着がちょっと気持ちが悪いわ。
思わずお父様の方を見ると、お母様の肩を抱きながら、恐ろしい形相で国王陛下を睨んでいた。
お父様、気持ちは分かりますが、その表情はさすがにまずいのでは……。
ヒヤヒヤしていると、私の視線に気がついたお母様がお父様の顔を見上げて苦笑した。それからそっと耳元で何かをささやく。
するとお父様の顔が少しだけ和らいだ。
ナイスです、お母様。
さすがヒロイン様。
「エンド子爵家も帝国との貿易で栄えております」
確かにドレスを見るとお金がかかってそうだわ……。
あら、でもあのドレスのお色、殿下の髪と瞳の色じゃないかしら。
そういえばパーティーの前には今まで義務とばかりに殿下からドレスが贈られてきていたけれど、卒業パーティーの前には頂いていないわ。
もしかしたら、あのドレス……。
「そんな物はデイビアス伯爵家とは比べるまでもない。王国の国家予算に匹敵するほどの利益を上げておるのだぞ」
さすがお父様、やり手ですね。
全てはお母様に贅沢をさせたいという気持ちが原動力となっているのでしょうけど。
「コンラッド、今すぐナタリア嬢に謝罪をして――」
「その必要はありませんわ。わたくしの婚約破棄と王都からの追放は、王家によるものだとはっきり伝えられましたもの。一臣下としては粛々とそのお言葉に従うのみです」
うふふ。
これで思う存分、化石を掘れる。
お母様から話を聞いているうちに、私も化石マニアになったのよね。
ちょうど裏の山肌にドラゴンの化石がありそうな地層があるから、早速掘りに行こうかしら。
王都を追放されれば社交で往復しなくても良くなるし、私にとっては最高の環境になるわ!
心の中でスキップしながらお父様とお母様の所へ向かう。
後の事は真っ黒な笑顔を浮かべているお父様が何とかしてくれるでしょう。
残念ながらコンラッド殿下は勝手に私を王都から追放した事で謹慎かしらね。もしかしたら王位継承権のはく奪なんて事も……。
お父様ならやりそう。
私は深く考えない事にして、足を速めた。
でもそこへ待ったがかかる。
「ナタリア嬢、待ってください!」
振り向くとそこには、私より二歳年下の第五王子のリオン殿下がいた。
リオン殿下は私の化石沼友達だ。
沼っていうのはその趣味にハマっているという意味だとお母様から教えて頂いて、面白いので使っている。
といっても、私の化石沼友達なんて、リオン殿下しかいないのだけれど。
リオン殿下と初めて会ったのは、年に何回か設けられた、コンラッド殿下との顔合わせの時だった。
私が五歳くらいの時から始まった交流は、私にとってはまったく面白くない物だった。
だってその頃の私は領地でのびのびと化石を掘っていたし、ある程度の教養は身に付けていたけれど、お母様も男爵家の庶子だし、領地が豊かになってきたとはいえ、私の為だけに実績のある家庭教師を雇う訳にもいかず……今思えば、ちょっと貴婦人らしからぬお転婆だったかもしれないわね。
そんな私が窮屈な王宮でのお茶会を楽しめるわけがなく、お相手のコンラッド殿下も、初対面の時から私が気に入らなかったのか、とてもとても態度が悪かったので、婚約者として交流するといっても、お互いにつまらないと思いながら対面していた。
それでも少しはコンラッド殿下と親しくなれないかと、私の宝物を見せてあげようとしたの。
でも私が初めて一人で見つけて一生懸命磨いたアンモナイトの化石を、「こんな変なものを見せるな」とコンラッド殿下は床に叩き落とした。
小さいけれど、虹色に光ってとても綺麗な化石だったのに……。
泣きながらカケラを拾っていた時に出会ったのが、リオン殿下だった。
私よりも小さくて、国王陛下より王妃陛下に良く似た可愛らしい少年で、アンモナイトのカケラを一緒に拾ってくれた。
そのカケラを凄く綺麗だとほめてくれたので、私はその中でも一番大きなカケラをリオン殿下にプレゼントしたのだ。
そこから化石がいかに不思議で綺麗かを熱弁した私に、リオン殿下も目をキラキラさせて話を聞いてくれた。
そうよね、領地でも小さな男の子って、皆化石が好きだもの。
本来はそういう反応が普通よね。
リオン殿下はいつかうちの領地に化石を掘りに行きたいと言っていたけれど……。私が領地に戻ってしまったら中々その約束ができないから、今のうちに予約をしておきたいのかしら。
そう思って振り向くと、なぜだかリオン殿下がひざまずいていた。
な、なにごと!?
「ナタリア・デイビアス嬢。婚約を破棄されたばかりでこのような事を言うべきではないのかもしれませんが、この機会を逃せばもうあなたにお会いする事はかなわないでしょう。ですので、今ここにお願い致します。ナタリア様、あなたは兄上の婚約者だからと諦めておりましたが、秘かにずっとお慕いしておりました。どうか私の妃になってください」
そう言ってリオン殿下が私に手を差し伸べる。
その真摯なまなざしには、嘘や偽りは見当たらない。
でも突然そんな事を言われても……。
私は困ってしまって、背後の両親に助けを求めた。
お父様は切れ長の目でじっとリオン殿下を見つめていて、お母様はわくわくした様子で胸の前で両手を握っている。
……分かっていた事だけど、お母様は頼りにならなそう。
「もちろんデイビアス伯爵家へのメリットも考えてあります。まず私はデイビアス家の領地から産出されるダイヤモンドを、より簡単に研磨できる装置を発明致しました。私がナタリア嬢と結婚致しましたら、その技術は全てデイビアス家へ提供いたします」
あ、お父様の眉間の皺が浅くなったわ。
「そして次に、私が臣籍降下する際に、母方の爵位を受け継ぐ予定となっております。サファイユ侯爵となりますので、ナタリア嬢が暮らしに困る事はございません」
お父様、なるほど、というお顔になっていますわね。
リオン殿下のプレゼンに、かなり心が動いていらっしゃる様子。
「最後に、私はナタリア嬢を心から愛しております。仲睦まじいあなたのご両親を手本にし、生涯その誓いを違えぬと誓いましょう。どうかこの手をお取りください」
あ、お父様がにっこりした。
そうよね、お父様とお母様をお手本に、なんて言われたら、お母様を溺愛しているお父様が反対するはずがないわ。
リオン殿下、結構策士だわ。
私はまじまじとリオン殿下を見る。
美しさという点でいえば、コンラッド殿下のほうが美しいけれど、あちらは性格の浅慮さが顔に出てしまっている。
それに比べて知的なリオン殿下は、好ましいといえば好ましいのよね。
でも王家と縁続きになるのは、ねぇ……。
「もし結婚してくださったら、化石の博物館を建てます」
「えっ」
「最初はそんなに大きな博物館を建てるのは難しいかもしれませんが、化石の美しさを、私と一緒に国民に広く知らしめませんか?」
「それは素晴らしい考えですね!」
気がついたら、リオン殿下の手をしっかり握っていた。
あっと思ったけど、博物館の誘惑には勝てなかった。
その後、私は正式にコンラッド殿下との婚約を解消して、改めてリオン殿下と婚約を結び直した。
コンラッド殿下は希望通りフローラ様と結婚されたけれども、王位継承権ははく奪され、その子供にも認められなかった。
王宮の一角で肩身の狭い思いをしているという話だ。
私は化石の博物館のために、毎日化石を掘りに行っている。
髪の手入れも肌の手入れも全くしていないけれど、今のままの姿が一番綺麗だと言ってくれる人がいるので、まあ、いいんじゃないかしら、と思っている。
そういえば卒業パーティーの後、お母様が不思議な事を言っていらした。
「もしかしたら、あなたは悪役令嬢で、あの子爵令嬢がヒロインちゃんだったのかもしれないわねぇ」
って。
聞きなれない言葉に、どういう意味か聞き直したけれど、お母様は曖昧に微笑むだけで教えてくれなかった。
悪役って不穏な響きだけれど、お母様が言うには真のヒロインという事なので問題ないみたい。
どうやら私は、物語のヒロインの娘だけれど、悪役令嬢だったみたいです。