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9 出産と主治医

 季節は巡り、初秋。

 すっかりお腹の大きくなったミレニアは、出産予定日の1か月前から国立病院に入院していた。


 レナートからのプロポーズは、何度目かの食い下がりで承諾をもらえたらしい。彼から喜びの報告を受けたときには、8割方ほっとした自分がいた。

 残りの2割はといえば、未練がましいことのこの上ない。


 まだミレニアが好きだという気持ちが消せず、だからといって伝える気もなく、なんとも情けない宙ぶらりんの心を抱えた状態だった。

 目をそらしたいことがあるからか、心の傷を慰めたかったのか、より一層女性関係は荒れていた。

 再三レナートからも注意を受けたが、のらりくらりと交わし続けた。


 僕の私生活のひどさは、ミレニアの耳にも入ったらしい。いっそ軽蔑してくれたら楽になるかもしれないと自暴自棄なことを考え、それはそれで医者としての信頼を失うことにつながらないかとも心配した。


 仕事は変わらず忙しかったが、合間を縫って、ミレニアの病気について出来る限りのことを調べた。

 彼女の持病は、この科学国では見られない魔法国独自の病気だ。

 遺伝性で、男性は病気の因子を持つものの発症はせず、女性だけが若い内に100%の確率で発症する。

 魔力を持っている人間特有の、核という部分に構造上の欠陥があって起こる病気であるということ。

 ゆえに、科学国の医療技術では対処のしようがない病気だということが、分かっていた。


 国立病院にいる数少ない魔法医にも話を聞いた。

 本当は専門外だが、病気に対して最低限の知識はあるから受け持っているだけだと、その若い医師は言ってのけた。


「治療――は、無理ですね。私にできるのは経過観察くらいのものです。私以外の魔法医も、そこまでの知識はないですよ」


 そう言われたことで、分かった。彼らはミレニアを治す気がない。

 魔法大国であるゴンドワナの首都に行けば、適切な治療を施せる魔法医がいるかもしれないのに、医者を捜すことすらしていなかった。

 だが魔法国の魔法医に、彼女を診てもらえない事情も理解出来た。


 遠く離れたゴンドワナへ行くには、世界一恐ろしいといわれるキエルゴ山を越えなければいけない。体の弱い彼女に過酷な旅を強いるのは危険すぎる。

 ひとりの患者のために、科学国(ローラシア)と仲の悪い魔法国(ゴンドワナ)から、優れた魔法医に来てもらうことなどもちろんできない。

 だから一番確実なのは、自分で知識を得て、彼女を治療することだった。


「――ゴンドワナへ研修に行きたい? ……正気の発言とは思えないな」


 病院長である父には、険しい顔で一蹴された。

 相談する前から分かっていたことでも、悔しかった。

 魔法医の知識を勉強したいと言っても、取り合ってはもらえなかった。


 この国は科学を誇りに動いている。

 ミレニアのように、魔力と呼ばれる不思議な能力を持った人間は、ローラシアでは歓迎されない異端な存在だ。

 魔力持ちしかなれないような職業は希少で食いっぱぐれがないものの、軽んじられていた。もちろん、魔法医もそのひとつだった。


 厳格な父に、僕の話など聞いてもらえるわけもなかった。

 たたいたずらに、時間ばかりが過ぎていった。



「僕が、主治医に……?」


 ミレニアの主治医になってくれないか。

 そうレナートから頼まれたのは、ミレニアの出産が終わった数時間後のことだった。

 僕が駆けつけたときはすでに容態が落ち着いていたものの、ミレニアの顔色は悪かった。

 計画出産だったにも関わらず、一時母体の血圧が低下し危険な状態に陥ったとレナートは暗い顔で語った。


「ああ、君に頼みたいんだ。今の主治医もすすめてくれた。ビリーならミレニアを担当するのに申し分ないから、これを機に転院してもいいと……」


「馬鹿な、僕は魔法医じゃない。多少知識があるだけの、ただの科学国の医者だ。ましてや専門は外科だぞ」


 体のいい厄介払いだろう。

 どうせ助けられないと分かっている患者を抱え込む必要はないと。そういうことだ。


「分かっている。だけど、ぼくはもうこの病院は嫌なんだ。ミレニアになにかあったときに、命を預けられない医者ばかりいる病院なんて……一生のお願いだ、ビリー。彼女の主治医になってくれ」


 事情を知っていて、思い詰めた顔の親友に懇願されて、断れるわけがない。

 本当ならこんな不安などなにもなく、出産したばかりのミレニアとふたりで笑っていて欲しかったのに。

 僕はギリ、と奥歯を噛みしめた。


「僕が主治医になることに、彼女は賛成なのか……?」


 尋ねると、レナートは顔をあげて頷いた。


「君が負担でなければ、ぜひ頼みたいと言っていた。これは彼女の希望でもあるんだ。実はふたりで、前から話し合っていたんだ」


「そうか……」


 距離を取りたい気持ちもあって、ミレニアとは接触の機会が多くなることを避けていた。

 しかし元より、ミレニアの病気を治療することは僕の望みでもある。接触しなければ、治療など出来やしない。

 ふたりから許可が下りたのなら、悩む必要はないのかもしれない。


「分かった。僕でよければ、君たちのために全力を尽くすと約束しよう」


「ビリー……ありがとう!」


 ありがとう、ありがとうと手を握って何度も繰り返すレナートの背中を叩いて、「おいおい、僕はまだなにもしてないぞ。礼は早いだろう」と苦笑した。


 そうだ、僕はまだなにもしていない。

 ふたりのために、必ず治療法を見つけてミレニアの病気を治してみせる。

 どんな不可能なことだって、やってやろう。


 このときの僕は、本当に心の底からそれだけを思っていた。

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