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8 僕たちの覚悟

 ミレニアのお腹には子どもがいる。

 それをレナートに伝えたのは、ミレニアではなく、僕だった。


 彼女が話していない以上、余計なことかもしれない。

 それでも言わずにはいられなかった。確かめずにいられなかったからだ。

 話を聞いたレナートは、ひどく動揺しながらも口を開いた。


「……彼女は、誰とも結婚する気はないと言っていたから……まさか、そんな相手がいたとは思わなかった。一体どこの誰なんだろう。ビリーは知っているのかい?」


「いや、プライベートなことだし、別れた相手についてはなにも聞いていない。そいつはミレニアが妊娠していることすら知らないんじゃないかな。いずれにせよ、彼女から連絡もしないということは、きっとまともな相手ではないんだろう」


 ただ、ミレニアがいつも身につけている骨のブレスレット。

 あれの贈り主なのではないかとだけ思っている。

 外さないということは、未練があるということだ。


 レナートは黙って考え込んでいた。

 ショックを隠せない様子に同情もしたが、僕はやはり確かめずにはいられなかった。


「どうするんだ? レン。彼女はどうしても産むと言っている。君の気持ちが聞きたい。こんなことを言うのは気が引けるが、彼女は目が見えず、持病がある。そこにこの話は重すぎるだろう。君なら望めばいくらでもいい縁談がある。それでも……ミレニアを望むのか?」


 彼に尋ねて、なんと答えて欲しいのか。

 もちろん彼女を望んで欲しかった。

 だがそれと同時にどこか頭の片隅で、望まないと言ってくれることを期待していた。

 欠片も期待しないでいられるほど、僕は清廉潔白な男じゃなかった。

 レナートはしばらくの間黙っていたが、やがて「うん」と言った。


「どうしても、彼女以外が考えられないよ。ミレニアが産みたいのなら、僕がお腹の子の父親になりたい。彼女は、嫌がるかもしれないけれど……もし許してもらえるなら、自分の子どもだと思って育てる」


 辛くないわけはないだろうに、そう言い切ったレナートに迷いはなかった。


「そうか……君ならそう言うと思った」


 答えを聞いて安堵して。

 悲しくなったことを、許して欲しい。

 彼の覚悟は聞けた。僕も、覚悟を決めなければ。


「レン、彼女を……ミレニアを、幸せにしてやれよ。君なら出来る」


 それは、僕の覚悟を形にした言葉。


「ありがとうビリー。もう一度……いや、彼女がイエスと言うまで、あきらめないよ。それでもし、彼女が僕の手を取ってくれるなら……僕の生涯をかけて幸せにしてみせる」


 それは、レナートの覚悟を形にした言葉。

 僕たちは似ていないようで、きっとこんなところまで、よく似ている。



 ◇ ◆ ◇



「先生、レンに話したのね」


 とがめる口調ではなく、そう言ったミレニアに顔を上げた。

 コンサートが終わって、楽屋にふたりきり。

 僕たちは向かい合って座りながらレナートを待っている。


「ああ、勝手にすまない」


「あの人、お人好しすぎるわ。お腹に素性も知らない男の子どもがいてもいいのですって。自分の子として立派に育ててみせるって……私をあきらめる気はないって、言われたわ」


「ああ、そうだろうね。そういう男だ」


 何故だか暗い表情のミレニアに、僕は尋ねた。


「君は、レンが嫌いなのかい?」


「……いいえ。レンはとてもいい人よ。でも私の命ごと、レンにこの子まで背負わせるなんて、考えられない。あの人がわざわざ私を選ぶ理由が分からないの」


「……最初は一目惚れだったらしいよ。今はそれだけでもないだろうけど。レンは言ってなかった?」


「知らないわ。私、そんな、一目で気に入られるような美人じゃないのに……なにが良かったのかしら」


「ミレニアは綺麗だよ」


「うそ。お世辞はいらないわ」


「本当だよ。君は、誰より綺麗だから――レンが見惚れるのも頷ける」


「……先生って、きっと誰にでもそういう素敵なセリフをささやけるのね」


 ふいにトゲのある言葉を返されて、どきりとする。

 これは僕の女性関係を非難する言葉と思って間違いないだろう。でも、ミレニアからそんなことを言われるのははじめてだった。

 平静なふりで、偽りのない言葉を返す。


「そう、だなぁ……まぁ、心になくても女性が喜ぶ言葉くらいささやけるけど。でも、ミレニア相手にそんな嘘はつかないよ」


「どうして?」


「え?」


「どうして、私にそういう嘘はつかないの?」


 質問の意図が分からなかった。


「どうしてって……だって、君はレンの大事な人で、僕が――」


 一時の温もりを求めて、一緒にいるだけの女性とは違うから――。


(言えるか、そんなこと)


 僕が黙ったのを見て、ミレニアは「ごめんなさい」と謝った。


「困らせたかったのではないの。知ってるわ、私は先生にとって愛の言葉をささやく対象ではないものね」


「それは……」


「綺麗って言ってもらえたのがうれしかったの。変なこと言って、ごめんなさい」


 それきり黙り込んだ彼女に、なんと言葉をかけていいか分からなかった。

 なぜそんなことを言い出したのか、本当に分からなくて。

 きっと、少し混乱していた。


(ミレニアは、僕のことをどう思ってるんだろう)


 確かめたことはなかった。

 確かめてはいけないとも思った。


 レナート、早く来い。

 この会話をすぐにでも終わりにしたい。

 彼女とふたりきりで普通の顔をしていられる時間なんて、そう長くない。


 本心をさらけ出してしまう前に、どうか来てくれ。

 覚悟を忘れて、彼女を僕のものにしてしまいたいと、そう願ってしまう前に。


誤字チェック終わったので、全話予約投稿しました。

朝の10時、夜の8時で1日2話公開予定です(ˊ꒳ˋ)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっ、ちょっ!!! そんな急展開が待っているんですかっ(>_<) ミレニア……彼女の思いはもしや、と思いますが嫌まだ先は分からないっ。 あ、連投すみませんっ。まさか投稿しているとは思…
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