14 告解
「……ミレニア、この話はやめよう」
ひどく沈鬱な気持ちで、言葉を遮った。
ミレニアは首を横に振ると「やめないわ」と返した。
「だってこれは全部、私が嘘をついた罰なのよ」
「……なんだって?」
「レンは……レンは、とてもいい人だった。だから自分を騙したわ。人として好きで、尊敬できるならいいって……セオドアの父として、申し分のない人だって。あなたも言ったじゃない」
「なにを――」
「だから……私を愛してくれるなら、私も彼のことを愛そうって、ずっと、そう思ってきたのよ。それで誰も傷つかないと思っていたの。でも……でも間違ってた。こんな風に終わるなんて……まさかレンが私より先に死ぬなんて……!」
「ミレニア……なにを言って……やめるんだ」
思わず彼女の肩を押さえた。
彼女がなにを言おうとしているのか、怖くて続きを聞きたくなかった。
「私が嘘をつかなければ、きっとレンはこんな風に死なずにすんだのに!」
「ミレニア!」
掴んだミレニアの肩を揺すった。
怖かった。これ以上聞いてしまったら、なにか大切に守ってきた物が崩れてしまいそうで――。
「もういい、君のせいじゃない。僕にとっても……レンは、大事な人だった」
「ビリー……ごめんなさい。ごめんなさい、レン……こんな終わり方をする人じゃなかった。あの人が帰ってくるなら、私代わりに死んでもいいわ!」
「ミレニア……」
「私が全部悪いの。なのになんで、私じゃなくて、レンが……!」
「ミレニア、落ち着くんだ。熱が上がる」
押さえた肩の力が抜けた。
唐突に、冷めた声色でミレニアが言った。
「殺されたのよ、あの人に――」
「あの人……?」
「……セオの……父親よ」
「なんだって?」
まさか、と。それだけ返すのがやっとだった。
セオの実の父親が、レンを殺害した犯人?
「証拠もないから、誰にも話していないわ……でもそうなのよ。人に言えない職業だとは分かっていたけれど、まさか、今になってレンに危害を加えるなんて……」
「そんな……どうしてそいつはレンを……」
「分からないわ。分からないの……ただ、セオが『自分と同じ髪色の人をはじめて見た』って……それで、そうじゃないかって、気が付いたの」
「セオと同じ……」
特徴的なセオドアの髪の色は。
やはり、父親譲りだったのか――。
「あの日、レンが言ったの。『どこか星を見るのにいい場所はないかな』って……それで私、前に自分が住んでいた場所を教えたのよ……あの辺りは静かで灯りが少なくて、空が広い場所だったから……」
あの人と、過ごした場所だったの、と。
ひどく沈んだ声で告げた。
そこで、その男と出くわしたいうことなのだろうか。そんなことが――。
「こんなことになるなんて、思ってなかったのよ……ごめんなさいレン……ごめんな、さい……」
「もういい、もう黙って」
熱に浮かされたように繰り返す彼女を、どう止めていいか分からなくて。たまらず抱き寄せた。
一瞬息を飲んだ気配があって、それでもミレニアは僕の背中に腕を回した。
「……愛してたのよ」
「……ああ」
「忘れようとしても、忘れられなかった。レンのことだけを見ようと思ったのに、どうしても出来なかった。長い間、自分も、周りも騙してきたわ……」
それは、ずっとセオドアの本当の父親を想っていた、ということなのか。
だが衝撃的な告白は、意外な名前に取って代わった。
「ビリー、あなたのことよ」
今度は僕が息を飲む番だった。
聞いてはいけないことを、聞こうとしている。
「馬鹿な女ね……死ぬ間際になってやっと言えたわ。ビリー、好きよ。振り向いてもらえなくても、本当はあなただけがずっと好きだったの……ひどいでしょう?」
「……ミレニア……なにを」
「ビリーはいつも女の人と一緒だったでしょう……? でも、私には指一本触れなかった……どこまで行っても、私はあなたにとってただの患者か、親友の奥さんだったの」
ミレニアは「悲しかったわ」と消え入りそうな声で続けた。
頭の芯が熱を持ってしびれていた。
思考を拒否する心の弱さのせいだと分かっても、その言葉に向き合う勇気が持てない。
少しの間黙っていたミレニアは、静かに続けた。
「忘れてくれていいわ。なにも望んでない。でも、もう黙っていられなかった。本当のことを言えずに死ぬのは嫌だったの……ごめんなさい」
「……違う……違うんだ」
信じがたい、ミレニアの言葉を飲み込んで、そう思った。
どうして彼女が謝るんだろう。
間違えたのは、僕なのに――。
彼女の幸せを願うと言いながら、結局はただの自己満足だった。
辛い思いをしているのは自分だけだと、そう信じて、ミレニアに向き合おうともせずに……逃げていた。
自分では彼女を幸せに出来ない。手を伸ばせばみんなが不幸になる。そう怯えて。
だからこれはきっと、僕の罪なんだ。
「君は悪くない。僕が、大馬鹿だったんだ……」
やせたミレニアの体をかき抱いた。
こんな風になってから、はじめてこの腕に抱きしめられるなんて。なんて馬鹿なんだろう。
どこからか、間違えたことを認められないようになっていた自分の意地を。
死ぬまで黙っていなければいけなかったはずの、想いを。
「すまない……レン……」
長年見たことがなかった涙が一筋、自分の目からこぼれたことに気がついた。
取り返しのつかないことを、悔やんでいるのか。
「すまない、ミレニア……」
それとも。
「僕も、君を愛してる」
ようやく、この気持ちを伝えられることに安堵したのか――。
ミレニアが小さく「うそ」と返した。
「嘘じゃない。君とレンで幸せになれると思ってた。邪魔をしたくなかった。だから……偽った」
「うそよ」
「本当だよ。僕がいまだに結婚もしないでフラフラしてるのは、全部……」
君のせいだ、とは言えなくて。
「ビリー……もう一度言って」
「……愛してる」
かすれて、震える。
しまい込んできた本当の気持ち。
「愛してる、ミレニア。ずっと……はじめて会ったときから君だけを――」
触れた頬の熱さが、現実のものだと思えなくても。
その言葉に嘘はひとかけらもなかった。
「必ず見つけてくる、君を治す方法を……そうしたら――」
心に誓って、今度こそ。
偽りのない自分で、君の前に立ちたい。
「ねえビリー……セオのこと、見ていてあげてね」
「……君が一緒に、この先も見ればいい」
「お願いよ。約束して」
ああ、これは罰だろうか。
君は僕に、そんなことを約束させるんだな。
「ひどいな、僕に断ることができないのを知っていて」
「あなたにしか頼めないの。これから先も、あの子を助けてあげて」
「……分かった。約束するよ。だからもう、自分のことだけ考えて」
「ありがとうビリー……大好きよ」
重ねた唇はやはりどこか夢の中の出来事のようで。
その甘さは、痛みに酷似していた。




