法律家伯爵令嬢は婚約破棄されました。
17作目です
よろしくお願いいたします。
「公爵令息である俺は伯爵令嬢との婚約を破棄し新たに男爵令嬢と婚約することにする!」
きゃっる~ん。あたし伯爵令嬢。今婚約破棄されてるの。ちなみにここは学園の卒業パーティー。テンプレよね。キャハ!なんちゃって。
「あっはい。」
「はいじゃないが。」
公爵令息が詰めてきおる。取り乱してほしいのか?
「どげんかせんといかん?」
「いや方言を返してほしいわけじゃない。貴様の有責でこの婚約を破棄すると言ったのが理解できないのか?」
「有責も何も、私達の婚約は一方の主張で破棄はできませんし、破棄って言ったほうが有責なんですよ。」
馬鹿って言ったほうが馬鹿なんです。
「何を言っているのだ。貴様が男爵令嬢に行った悪事は明白だ。隠れて彼女の教科書を破り、ドレスを汚し、更に階段から蹴落とした。そんなやつを俺の妻にすることは出来ない。簡単な理屈ではないか!ここで貴様を断罪してやる!」
「公爵令息様。私は伯爵令嬢さんが謝ってくれればそれで・・・・。」
ひっついていた男爵令嬢がうるうるしながら公爵令息を見つめています。
「ああ君はなんて優しいんだ。そこにいる伯爵令嬢とは雲泥の差だ。」
「公爵令息様♡」
小芝居が続いています。そろそろツッコミを入れてもいいかな?
「またあからさまな冤罪を・・・。まずそれらが事実なら刑事告訴なさってください。とくに階段から蹴落とすなどは事実であったなら暴行罪や傷害罪に当たります。警察の現場検証も必要でそれで起訴されて初めて私の有責が認められます。その他のものに関しても被害届などを出されましたか?証拠品は?それらのものから私の指紋でも出ましたか?」
公爵令息が一歩退きます。
「難しい言葉で煙に巻こうとしても無駄だぞ。うちは公爵家だ。伯爵家の貴様がなんと言おうと俺が正しい!少なくとも俺が有責ということはありえない!」
「法治国家である王国でそれはありえませんが、それほど言うのなら婚約証書はきちんと確認済みですよね。」
「婚約証書?」
見合いの場で早々に席を外し婚約締結に立ち会っていなかったが、やはり確認していなかったか。
「『婚約証書第10条本婚約の解消は当事者間の合意を持って行うものとする。なお前条までの条件に反し一方に相当の責がある場合は解消できるものとするが、この場合王国法務官または次席法務官が確認を行ったのちそれが相当であったと認める場合にのみ書面を発行しこれを相手に送付することを持って解消されるものとする。尚パーティーや茶会の席等、公衆の面前で婚約破棄を行った場合行った側の有責で婚約は解消されたものとし、追加の慰謝料として1億イエーンを支払うものとする。』理解できましたか?法務官が状況を確認しない限り認められないのですよ。そして今、あなたのおかげで無事婚約は破棄されました。本当にありがとうございます。」
「なん・・・だと・・・・。」
愕然としていますね。
「20年ほど前にこの国に婚約破棄の嵐が吹き荒れた結果大抵の婚約には解消に関する条文が入っていますよ。」
標準貴族用婚約約款ですよ。
「慰謝料追加で1億イエーンって。」
「こんな事もあろうかと私が個人的に追加しておきました。」
こんなこともあろうかの想定は大事ですよね。かもしれない運転を心がけましょう。
「聞いてないぞ!」
「読み合わせはしていませんからね。盲判を押すのが悪いのです。そうそう不貞行為の事実があった場合更に追加で1億です。婚約破棄に新たな婚約者同伴で現れたので不貞の認定も確実ですね。」
「くっ。だがそんな金は払わんぞ。持参金代わりの貴様の家からの公爵領西部開発資金も返さん。くはははは!すでに使った金だ。ない金は払えんからな!」
開き直っていますね。
「こんな事もあろうかと!」
「何?なにかあるのか?」
「公爵領東部は伯爵家が運営を任されております。こんな事もあろうかと融資とともに質権設定がされておりますので、そのまま伯爵領に編入すればちょうど損害賠償の予定である融資額の倍程度になります。やられたらやり返す!ではなく普通に手付倍返しです!」
ちなみにこの公爵領東部は公爵領の面積で4分の1ほど。開発が進んでいる地域ですので経済力で3分の1ほどになります。現伯爵領と同程度の規模で私達が結婚していたら領主代理夫婦として運営を任される予定だった地域です。
「なんて汚い女なんだ・・・。」
「ちなみに先程の冤罪の件ですが名誉毀損で1億イエーンほど請求しますね。こちらは最悪貴族年金を差し押さえますのであしからず。」
貴族間トラブルなどの対応で貴族年金は差し押さえが認められている。認められていないと融資が滞って経済に良くない影響が出るのだ。
「伯爵令嬢さん!これで僕たちの結婚の障害はなくなったね。」
そこに現れたのは侯爵家次男さんです。
「はい。慰謝料の現金と公爵領東部の半分を任せていただけることになっていますから、そこを領地として侯爵家の保有する子爵位を頂いて新たな貴族領にいたしましょう。」
夢が広がりング!
「ちょっと待て!」
「なんですか?」
公爵令息さんのちょっと待ったコールです。
「そこの男と結婚の約束をしていたということは貴様も不貞行為をしていたということではないか。これはお互い様ということだ。物語によくある婚約破棄と同時に新たな男に攫われるビッチが貴様だ。ということはやはり貴様の不貞で婚約破棄は正しい行いということではないか!」
そんな間抜けな指摘をなんの用意もせず受ける私だと思っているのか?
「こんな事もあろうかと!」
「またか?嫌な予感がするが今度はなんだ?」
「侯爵次男くんとの婚約は停止条件付きです。」
「停止条件付き?」
「もともとの婚約が解消されたときのみ有効な婚約です。『公爵令息との婚約が解消された場合侯爵次男との婚約が成立するものとする。』という条文が入っています。10年前に施行された法律ですが停止条件付き婚約は不貞行為に当たることを禁止することが条件ですのでキスの禁止はもとよりエスコートもしてもらえませんし、ダンスの回数やプレゼントの年額も決められています。あなたとは違うんですよ(どっかの元首相風)!」
まあ恋愛脳的にはどうかと思いますが、例の婚約破棄騒動の期間に傷物になった令嬢たちの執念の結果だ。受け入れるしかあるまい。政略結婚社会的に。
「それに停止条件付き婚約は婚約相手への通知が義務だからね。君の家にも話は届いているはずだよ。」
とは侯爵次男さん。
「聞いていないぞ!」
「それはあなたが私に興味がなさすぎた結果ではないかしら?ということで不貞でもなんでもない法律上認められた行為です。婚約に慣れていなさすぎじゃないかしら?」
「普通の貴族は一生に一度しか婚約しないから。婚約に慣れた10代ってなんだよ。前世は仲人のおばちゃんか?」
いえいえこの話は転生モノでは有りませんから。そのへんは法務神の加護としか言いようがございませんわ。
「たとえ二番手だろうと愛する人との結婚のためにはあらゆる我慢をする。これぞまさしく『真実の愛』!」
「違うから!侯爵次男が奇特なだけだから!というかこんな制度を作るなんて、この国はもうだめかもしれんね。」
そんな事を言う公爵令息。この元婚約者は性格が合いませんでしたがツッコミの腕だけは認めていたんですけどね。ちなみに再婚するような場合は書面を交わすような婚約期間を置いたりしません。結婚準備のための内定期間だけが一般的です。内定期間でも多少の法的効果はありますけどね。そう思っていると
「ひどいわ!」
男爵令嬢さんが話に割り込みます。
「何かしら?」
「将来引き継ぐ領地を奪った挙げ句に3億イエーンも取るなんて!それに・・・」
「男爵令嬢!もっと言ってやれ!」
往生際の悪い公爵令息ですね。
「自分だけキープくんを作るなんてずるいじゃない!」
涙目で錯乱していますね。
「え?そこなの?」
公爵令息が突っ込んでいます。
「男爵令嬢さん落ち着きなさい。」
「だって・・・。」
涙目の男爵令嬢さんに話しかけます。寝取り女に情けをかけるつもりはないですが面倒な男を押し付ける分くらいのフォローは必要よね。
「彼は腐ってる公爵令息。間違えました。腐っても公爵令息。しかも一人息子です。多少領地が減ったとはいえ結婚すればあなたは将来公爵夫人。」
「はっ!」
少し正気に戻りましたかね。
「それにあなたは寝取り女だから社交界に居場所はない。ということは交際費の無駄な出費も必要ない。」
「それは・・・。」
だいぶ元気になりました。
「当面金銭的には厳しいでしょうが、浮気男を縛る意味でも旦那の遊興費を削れば良いのです。西部の開発も殆ど終わってますから歳出の拡大もないですしそれほど問題もありませんよ。」
3億部分の返済と当主からの叱責はあるだろうけどしばらくすれば落ち着くだろう。
「考えてみれば浮気男で甘ったれで頼りないけど彼との結婚で私は上級貴族。これを逃す手はないわ。予想よりちょっと悪くなっただけじゃない。」
「そうよ。男爵令嬢さん。私はあんな物忘れが激しくて面倒な男願い下げだけど、その調子で頑張るのよ!」
心の底から励まします。ガンガンがんば!
「おーい。俺の立場は~?ひどい言われようだけど、一応ここで一番の上位貴族なんだけど~?」
ドラ息子がなにか言ってますね。
「これまで申し訳ありませんでした。実家には年老いた両親と弟たちたくさんいたのでついやってしまったんです。これからはお姉様と呼んでよろしいでしょうか?これまでのことは誠心誠意償わせていただきます。」
男爵令嬢さんも完全復活したようですね。それにしても公爵令息夫人に姉と慕われる子爵夫人・・・解せぬ。そんなこんなで久方ぶりに婚約破棄が行われた卒業パーティーは無事に大団円を迎えたのであった。
「おーい!俺の立場と意見はーーー?」
謎の叫び声を残しながら・・・・・・
その後
「今月のあなたのお小遣いは1万イエーンですからね。」
「学生時代の100分の1なのだが・・・・。世の中には飲みニケーションというものもあってだな。」
「大丈夫です。そちらのお金は側近さんが建て替えて福利厚生費として落としています。必要な現物は支給しているのですから問題ありません。一日缶ジュース3本も買えれば十分でしょう?」
「消費税分が足りないぞ!」
「スーパーまで走れ。最近腹出てんぞ!」
穏やかな公爵家の日常の一コマであった。
登場人物紹介
伯爵令嬢→子爵夫人 法務神の加護持ち。戸籍関係の相談に乗る事が多い法律家。別に仲人のおばちゃんではない。公爵令息夫人の相談によくのっている。
侯爵次男→子爵 法務畑の人。誠実さが取り柄。
男爵令嬢→公爵令息夫人 経営科出身。20年後公爵夫人。面積の減った公爵領を立て直した立役者と言われ、長く敬意を集めた。多くの子供と養子に恵まれる。
公爵令息 戦術科出身。戦地では有能。ただ浮気症で経営能力皆無。財布を自由にさせてはだめな人。戦場から度々女性と子供を連れて帰ってきては嫁に怒られている。
作者「みんなハッピーエンドって良いよね。」
???「おい!」