みにぶた
「おいミニブタ、ぼさっとしてんなよ」
休憩時間、黒板を見つめていると突然そんなことを言われた。
誤解がないように補足しておくが、私は人間である。
生まれて数日、数ヶ月の豚ではない。
「ぼさっとなんてしていないし、私は豚ではない。何回言えばわかるの?そっちこそ、無能な人間じゃない?」
誰が言ってきたかなんて見なくてもわかる。私のことをミニブタと呼んでくるのは一人しかいないからだ。
「一言多いんだよ…」
「先に言ってきたのはそっちでしょ。相変わらず人を人として見ないのね。眼球腐ってる?腕のいい医者、紹介しましょうか?」
「お前が紹介してくれるんだからさぞかし実績も経験もある素晴らしい医者なんだろうな。だが、丁重にお断りする。俺の視力は両目1.0だから。」
自信ありげにそう言われ、少し苛立ちを感じながら更に言い返す。
「だったらどこがおかしいのかしら。幻覚を見ているようでしたらそっちの医者も紹介しますよ?」
すると、彼の右口角がひくっと動いた。
あ、怒る
そう察した時は遅かった。
「お前なあ…ああ言えばこう言う!少しくらいその口塞がらないのか?気品というものは無いのか?」
「最初に吹っ掛けてきたのはあなたでしょ。私だって別にあなたと口を聞きたくてこうしてるわけじゃないから」
と2人で睨み合っていると、恐る恐ると言った感じで声をかけられた。
「あの…授業始めたいんだけど、席に戻ってくれる?」
時計を見るとチャイムが鳴ってから5分が経過していた。
「多分、黒板消すの大変そうだったからそう言ってくれたんじゃないかな?」
「それ俺も思った!ほらー、野々村素直じゃないからさ」
「のむちゃん天邪鬼だからなー」
クラスメイトからそう言われ、彼、野々村楓を見ると手を差し出してきた。おそらく、私が持っている黒板消しを渡せということだろう。クラスメイトの予想は当たっていたらしい。私は「だったらもっとわかりやすく言ってよ」と黒板消しを渡して席に戻った。
まあ、心の中でなら少しだけ感謝くらいしてあげなくもないかな。
私がミニブタと呼ばれている理由は、単に私の身長が低いからだ。
身長145センチメートル。
…いや、嘘です。本当は144センチメートル。
小学6年生のころから身長は全く伸びてくれなかった。
なのに体重は増えていく。維持するのも一苦労だ。
あの人はそれを知っているのか(知らないだろうけど)、私のことをミニブタと呼ぶ。
こういう体型だからこそ、日常で困ることは多々ある。
今日みたいに順番で回ってくる日直当番なんてまさにそうだ。
せめて、2人制にならないだろうか…
「別にいいわよ」
「本当ですか?!」
ダメ元で担任に相談しに行ってみるとまさかの承諾。
「困っているなら仕方ないわよ。クラス全体にはまた伝えるとして。次の出席番号の人に説明して協力してくださいね。」
「わかりました!ありがとうございます。失礼します。」
悩みが解決したことにより私のテンションはかなり上がった。
思い切って相談してみてよかった!
安堵しながら教室に戻るとあることに気がついた。
それによって私のテンションのバロメーターは急降下する。
盲点だった。
私の名前は仁戸で、出席番号が次となる人物は必然的にいつもイジってくる野々村になる。
なぜこの学校は五十音順で番号が与えられてるんだろう…
自ら地雷と関わることを選んだと言ってもいいだろう。
「何ひとりで変顔してんだよ、気持ち悪い」
前を見ておらず気がついたら野々村がいた。
「げっ」
「なんだよその反応、失礼なやつ」
その言葉、気持ち悪いって言ってきた君が言うのか?
要件だけ伝えて去ろう。変に関わると面倒なことになるに違いない。
「今日から、日直は2人制になったので。野々村は黒板だけ消してくれたらいいから」
突き放すような言い方になってしまっているが、これは口論にならないための策略であるわけで仕方の無いことだ。
そういうことだからよろしくね。と言い残しその場を離れた。
後ろからははいはーいと腑抜けた返事が聞こえた。
放課後、御手洗いから教室に戻りドアに手をかけたら、室内から声が聞こえた。私は咄嗟に身を隠すためにしゃがみ込んだ。
声からして野々村と鮫島さんだよね。
「ごめん、気持ちには答えられない。やっぱり俺はあいつがいいから」
「そっか…急にこんな話してごめんね。伝えたかっただけ、だから気にしないで」
「うん。そろそろ仁戸が戻ってくると思うし」
「じゃ、また明日教室でね」
これって…告白してた??
「おい、いるんだろ」
突然そう言われて肩がびくっと動き、その拍子でドアが動いた。
「隙間から見えてるぞ、そんなちっさいの仁戸しか居ないだろ」
「これはしゃがんでいるから!」
反射的に返事をしてしまった。
しまったと思ったが、時すでに遅し。仕方なく教室の中に入った。
「さっさと日誌済ませるぞ」
教室の窓から差し込む太陽の光が反射して野々村の顔がよく見えない。
席に着いて日誌を開く。
すると野々村も私の前の席に座った。
「なんでいるのよ」
「俺も日直だから」
「黒板だけ消してくれたらいいって言った。了解って言ってた」
「だから何もしてないだろ」
「ここにいるじゃない」
何故か言葉がカタコトでスラスラと言うことが出来ない。
いつもなら生意気な口調でスラスラ言いたいことが言えたのに。
まあ、それもそれでおかしいのだけれど。
「仁戸さ、聞いてたよな」
「まあ…途中からだけど」
「お前のことだし、言わないとは思うけど他の人には」
「分かってるよ」
ほら、本当は優しいやつなんだ。
ほかの誰かに広まって噂されて、あの子が傷つかないようにしている。
だから周りにもたくさんの人が寄ってくる。
私は、口が悪い挙句に、真面目で、素直じゃない。
「手、止まってる。早く書けよ。帰りたい。」
「別に先に帰っててもいいのに。」
「どうした?具合でも悪いのか?」
「別に、そういう訳じゃ…」
私は何も言ってないのに、異変を察してくれる。
素直になりたい。
私はこの人にだけ素直になれない。
私がこの人にだけに向けている感情に気づいた時からだと思う。
初めてで、分からないことだらけで、戸惑ってしまって
気がついたらこんな態度をとってしまっていて後戻りが出来なくなっていた。
ずっと素直になれなかった。
「ねえ、なんで私の事ミニブタって呼ぶの?」
「ずいぶんと急だな」
この人の事だ、特に理由なんてないのは想像できるけど何となく聞いてみた。何となくわかってたから聞かないようにしてきた。
「私そんなに太ってるかな?そんなに足短い?」
「なんでそんなにネガティブ思考なんだよ。別にそんなんじゃないし」
「だって、野々村私にだけそういう態度とってくるから」
「まあ、俺はそういう人間なんだよ」
訳分からないと思いながら手を止めて顔を見る。
「他の人にはそんな事しないじゃない」
「だから、仁戸にだけ。これまで傷つけてたならやめるけど」
やめるけど。
その言葉を聞いて少し戸惑った。
やめてしまったら唯一の関わりがなくなってしまう。
それはいや、かもしれない。
「それはそれで…なんか、違和感。そのままでいいや」
「なんだよ、注文の多いやつだな」
軽く笑いながら野々村は席を立ち、窓際へと向かった。
私はあと残っている日誌を書き終えてから、残るは鍵を閉めて机の並びを整えたら帰るだけ。
「好きだからだよ」
そう思って椅子を引いた音と同時に、そんなことを言われた。
「……え?」
聞き間違いだろうか、急に言われて頭の整理が追いつかなかった。
頭がフリーズして、野々村の目をずっと見つめることしかできなかった。
「ミニブタ好きなんだよ、俺」
そう言われて数秒後、頭がようやく理解してくれた。
「びっくりした、急に好きとか言わないでよ、あと窓閉めだけだからそっち確認してくれる?」
「さっき確認したから大丈夫」
「ありがとう、それならもう帰って平気だよ。」
カバンに筆記用具をしまいながら帰り支度を済ませる。
「職員室に行くんだよな」
「そうだよ」
「ついてく」
そう言って私の後ろをついてきた。
なんでずっと後ろにいるのか不思議にだったけれど、何を話すわけもなく職員室に着いた。私が担任に日誌を渡してる間入口で待っており、戻ってから靴箱に行く間も無言。
「なんでさっきから無言なの?」
私は思い切って聞いてみた。いつもなら私をイジりまくってくるのが彼だから、終始無言の彼を見たのは初めてなのだ。違和感しかない。
「考え事してたんだよ。」
「考え事?」
「仁戸ってさ、馬鹿?」
考え事とは何か?っていう疑問をぶつけたはずなのに、突然悪口を言われると思わなかったため、冷静に答える。
「私、自分で言うのもなんだけど、学力は超平均だし特別馬鹿ではないと思うんだけど?」
「そうじゃないよ」
そう言ってまた野々村は黙った。さっきから様子がおかしい。何かあったのか心配になり、訪ねようとした。
だけど先に口を開いたのは彼だった。
「さっきの会話で分かれよ。みにぶた」
君の顔は心做しか赤くなっているように見えた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
これは昔初めて書いた短編で、修正を加えながら投稿しました。不甲斐ない部分もある中、最後まで読んでもらえて本当に嬉しいです。
これからも時間があるときに投稿するので、よろしくお願い致します。