第10話 転校生、それは女神。
そして翌日。
昨日と同じように唯と登校し、玲奈が乱入して一悶着あり、鷲見に癒されるというサイクルを終えて迎えた朝のHRで俺は信じられない光景を前に言葉を失っている。
思い返せば、前兆は確かにあった。前日は事あるごとに話しかけてきた女神が、今朝から一言も発しなかったり。それどころか、俺から問いかけても返事がなかったり。始業式の翌日に転校生がくるとか、意味不明なタイミングの噂が流れていたり。
ヒントは散りばめられていたんだ。けれど俺は『ま、そんなこともあるか』で片づけてしまっていた。女神は他の仕事で忙しいんだろうと。始業式をずらして転校してくるのはキャラ付けの為なのだろうと。
――攻略キャラは、もう追加されないということを忘れて。
まあ気づいたところでどうしようもなかったけれど。防ぎようもなかったけれど。
「お前が何でここにいるぅぅぅぅ!」
それでも、今みたいなアホ面を、絶叫を、教室中に披露することは回避できたはずで。
と、長々と前振りをしてきたが、現状はお察しの通りである。噂の転校生は、白銀のサラサラヘアーをなびかせて教壇の上でにこやかにほほ笑む彼女は……
「みなさん、初めまして。妻鹿瑞希と言います。これからよろしくお願いします」
間違いなく、女神だった。いや名前もうちょっと考えようあっただろうに。メガミズキって、女神好きじゃねーか、どんだけ自分のこと偏愛してるんだよ。
「私のことは気軽に女神って呼んでくださいね」
自分で言っちゃった⁉ ふと隣を見ると、あの委員長ですら驚愕の表情を浮かべている。これはとんでもないことだぞ、女神。高校デビュー大失敗は確定的に明らかだ。
「そ、それじゃあ顔見知りみたいだし、席は日下部の後ろで」
「はーい」
ほら、担任も引いてるじゃん! そして迷いなくこっちに歩いてくるんじゃねえ! 鷲見にすげー怪訝な目で見られてるよ、気づいてる⁉
そもそも何なんだ、この状況は? どうして女神がここに居るんだよ。『私を攻略してよねっ』って意思表明なの?
しかし女神は俺のモノローグに答えないまま、後ろの席に着席する。こいつ、まさか何の説明もしないつもりか? こんなメンタル状態で授業を受けろって? 無理無理。
「先生……」
「どうした、日下部」
「気分が悪いので保健室に行きます」
「そ、そうか。それじゃあ委員長……」
「いえ、メガミズキさんに案内してもらいます」
「いや、彼女は保健室の場所知ら……」
「それではっ!」
担任の言葉を遮り、女神の手を引いて教室を後にする。クラス中からの視線を浴びている気がするけれど、今はそんなことを気にしていられない。
『ちょっと、止めてよ! 変に目立っちゃうじゃない!』
手遅れだよ! 女神なんて痛々しいあだ名を自ら提案した時点で変だよ、変態女神だよ!
『……なんかちょっとゾクゾクする』
まだそのキャラ続いてたの⁉ つか普通に思考が伝わってる?
『あ~、それについても話すから、とりあえず落ち着けるところに行きましょ?』
◇ ◇ ◇
教室を飛び出してから数分後、俺たちは保健室のベッドに並んで腰かけている。最初はテンプレっぽく屋上に行こうとしたんだよ? けれど、鍵がかけられていた上に鎖でガチガチに閉鎖されていた。この先はプログラミングされていないから侵入不可、と言わんばかりの封鎖っぷりだった。ギャルゲーの最重要ポイントを用意していないとは、この世界の神は造詣が浅い。
とまあ恨みつらみを述べても変化はなく、大義名分の通りに保健室へ向かったところ、そこには白衣を着た美人養護教諭(巨乳)がいた。彼女は俺たちを見ると『ちょっとタバコ吸ってくるから、よろしくね』と告げて外へと向かった。
すれ違いざまに『よろしくするにしても、ちゃんとしなさいよ』と俺だけに聞こえるボリュームでささやき、小さい正方形の何かを手渡して。すぐに女神に没収されたけれど。そして大事そうにしまい込んだのを見逃してないからな、変態エロ女神。
「で、どういうつもりなんだ? どうしてお前がここに、この世界の中にいる?」
「昨日一日で身に染みたのよ。あなたには何を言っても無駄だってね」
「……ほう、馬鹿なお前にしては殊勝だな」
「馬鹿じゃないから、阿呆だからぁ!」
そう涙目に否定する女神。お前は関西人か。しかし、今までは声しか聞こえていなかったから忘れていたけれど、こいつも完膚なきまでに美少女なんだよな。細く絹のように綺麗な銀髪に、シミ一つない白い肌、顔のパーツも整っている。
黙っていれば完全無欠の美少女。他の女の子たちと遜色なく。でも中身がなぁ。ポンコツだからなぁ。
「……今、凄く失礼なことを考えていない?」
「いやいや、ポンコツって言ってもいい意味でだから気にするなよ」
「ほらやっぱり考えてたぁ! ポンコツだって言ったぁ!」
聞いてきたのはお前だろ……っていうか、心が読まれていない?
「女神、お前……心が……?」
「そんな、記憶を失ったのか? みたいに深刻なテンションで確認されても困るんだけど……そうよ。どうにも女神パワーが足りないみたい」
「さも当たり前のように設定を継ぎ足すな! 女神パワーなんて初耳だ!」
「え、それを知らずに今までどうやって生きて……あ、ごめん」
「俺の世界には女神って職業ないから! あと何に対する謝罪だそれは!」
こいつ、顔を合わせるとウザさマシマシだな。それでも可愛いんだけど、可愛いんだけどさぁ!
などと考えていると、そっと、控えめに、女神が手を重ねてくる。恥じらうように、窺うように頬をほんのりと染めながら。その仕草を見続けるにはまだ主人公力が足りず、咄嗟に顔を逸らしてしまう。
え、これは一体何事? フラグ立つようなイベントなんてなかったよね? 保健室だから? これが保健室パワーなの? さっき小さくて四角いブツを大事にしまったのも、実はそういうことなの?
女神は何も口にせず、ただただこちらの行動を待っている……ように思える。
――このままではいけない!
覚悟を決めて、いや何の覚悟かはわからんが、ゆっくりと恥じらう少女に視線を向け――
『や~い、ひっかかった! ぷぷ~!』
――ると、そこにはしてやったりの邪悪な笑顔。
『ちょっと手を握っただけでその気になるなんて、これだから童貞はちょろいねっ!』
う、うるしゃいうるしゃいうるしゃい! というか、お前……心が……?
「この短時間でネタを使いまわす神経はさておいて、そういうこと」
名残惜しさなど微塵も感じさせずに、あっさりと手を離し、今度は声に出して伝えてくる。
「あなたに触れている間だけは、口にせずとも会話できるみたい。サポートするには少し不便ではあるけれど、こればっかりは仕方がないわね」
「サポートって、もしかして」
「あんまりにも消極的過ぎるから物理的に、女の子と接触せざるを得ない状況を作ろうと思って」
「ああああああああああああ⁉」
なんということだ。強制イベント以外はなあなあに、みんなと適度な距離感を保ちつつウハウハする予定が完全に崩れ去るじゃないか。
無理やりにハッピーエンドへ連れていこうと言うのか、この女神は。無理やりのハッピーエンドが本当にハッピーなのかは議論の余地があるけれど。
「そんなわけで、あなたには絶対に女の子と幸せになってもらうから、覚悟してねっ!」
俺が全く望んでいない結末を力強く宣言する女神。思わず胸がときめくような、全力の笑顔で。
その佇まいはパッケージヒロインと例えても差支えがないほどに、圧倒的な可愛さで。可愛いが過ぎて。彼女の導くままに進んでもいいんじゃないかと思わされてしまった。
「ま、全力で抵抗するけどな!」
「なんでよぉ⁉ クリアしようよぉぉぉぉ!」