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第1話 女神、そして女神。

「……ここは?」


 気が付くと、そこは見慣れぬ空間だった。さっきまで居たはずの乱雑な自室ではなく、壁も、天井も、床も、見渡す限り一面が白く染め上げられている。いや、むしろ染まっていないと言うべきか。

 そんな空間に唯一、俺の正面に大きな椅子が鎮座していた。玉座と呼んでも差し支えない程に光り輝く黄金の、悪趣味な椅子が。


「こんにちは、地球人さん。私は女神です」


 センス×の上に座ったまま挨拶をしてくる自称女神。

 整った顔立ちに白銀に輝く長髪、薄く透けそうな布で身体を覆っているその様相は、確かに女神と呼ぶべき雰囲気を醸し出している。


 が、何よりも俺の意識を支配するのは、暴力的なまでに強調されたおっぱい。布の面積が少ないので、今にも零れ落ちそうだ。これほどの(おっぱい)を持っているとは……女神という与太話も信じざるを得ないな。


「あの、鼻から血が出ていますよ? よかったらこれをお使い下さい」

「おっと、これは失敬」


 女神はどこからともなくティッシュを取り出し、箱のまま差し出してきた。俺はそこから数枚引き抜き、鼻の穴に詰め込んで彼女と対峙する。なんだこの状況は。


「こほん。では気を取り直して」


 わざとらしく咳払いを挟み、真剣な面持ちで俺を見据えた。対する俺は当然おっぱいを凝視する。


「これからあなたには、転生してとある世界を攻略して頂きたいのです」


 よくある展開キター! 女神と言えば異世界転生だと思ったよ。

 小説だと取り乱すシーンだけれど、ここはクールになるんだ俺。今後も接点があるだろうおっぱい――もとい女神の好感度を上げておけば、あれやこれやとむふふな展開が待っていること間違いなし! なんてったって、これからの俺は主人公なんだから!


「いいでしょう。俺が世界を救って見せます」

「驚かないのですね。流石は異世界展開に精通している日本人……といったところでしょうか」

「まさか異世界にまでオタク文化が広まっていたことにはビックリだよ」

「女神は職業柄、色々な世界の人間と関わりますから」


 え、女神って職業なの? 知らなくてもいいこと聞いちゃったな。


「最近では男女平等化が進んで、男性も女神になれるんですよ」

「それはもう女神じゃないからな⁉」


 なんてこった。つまり俺の目の前にこの衣装を着た男がいた可能性も……?

 それはきつい。旅の連れが女神(男)とか狂気の沙汰だ。


「何と言おうと、あなたには異世界に行ってもらいます。質問があれば今のうちに受け付けますよ?」

「そりゃ色々と聞きたいけど……」

「時間がありませんので手短にお願いします」

「勝手に呼び出しといて横柄な女神だな⁉」


 わがままボディだからって性格もわがままで許されると思うなよ? 俺は許すけど。


「それじゃオーソドックスなとこで。俺は死んだのか?」


 記憶の限りでは部屋で女の子の攻略ゲームに勤しんでいたはずで、テンプレである『事故死したら転生しちゃった♪』みたいな展開にはなっていない……と思うが。


「一時的に呼び寄せた状態です。向かって頂く世界の攻略が完了した暁には、元の世界にお戻しすることを約束します」


 つまり攻略が終わらない限りは戻らなくていいと。これは好都合だ。引きこもり状態だったあの世界に未練などさらさらない。


「あの、クリアして貰わないと女神的にも困ると言いますか……次の仕事が溜まっていまして」

「俺の意思は完全に無視か。随分と身勝手じゃないか?」

「うう……それはそうなんだけどぉ」


 さっきまでの女神らしい神々しさは鳴りを潜め、涙目ながらに訴えかけてくる。かわいい。

 さては……この女神の本性はこっちだな?


「でもでも、君にとってはきっと簡単なんだよ! イージーモードの筈だよ!」

「どういうことだ? 自慢じゃないが武術の心得なんてないんだぞ? いくら強力なステータスや能力を与えられても、いきなり『よし、やるぞ!』とはならないからな?」


 どうして異世界転生物って最初から戦えるんだろうな。覚悟決まり過ぎじゃないか。少なくとも俺には無理だ。


「その心配はいらないの! だって、攻略するのは魔王じゃなくて女の子なんだから!」

「……はい?」

「だから、君にはギャルゲーの主人公として、好みのヒロインを攻略して欲しいの! あ、そろそろ時間だから後は転生してからね!」

「ちょっと待てぇぇぇぇ!」


 俺の魂の叫びも虚しく、意思に反して意識が遠のいていく。


「じゃ、頑張ってね~」


 他人事の様に軽い言葉を告げる女神の声だけが、脳内で反芻していた。

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