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恋人は1ミリも私に靡く予定がないそうです。

作者: 六日

 分相応の、飾らず、身の丈に合った幸せを掴める子になりますように。私の名前はそんな願いを込めて付けられたらしい。


 ――間中まなか 紗幸さゆき、15歳、高校1年生の夏。

 ――身の丈に合わない、学校一の人気者に、一世一代の告白をしました。


櫟井いちい先輩! 好きです! 私のこと好きじゃなくていいので後生なので付き合ってください!!! 付き合ってさえくれたらこの世に未練はございません!!!」


 私の文字通り全力の告白を受けて、ポカンと口を開けたのが、3年C組の櫟井いちい 尚充なおみつ先輩。身長183.4cm、体重71.6kg、3月3日生まれのB型。色白の肌に、細い腰。筋肉はそんなに無さそうだが姿勢が良い。綺麗に色素の抜けたゴールドの髪はこの世の誰よりも似合っていて。輪郭を隠すように伸びた髪はところどころ毛先を跳ねさせた無造作風を装ってはいるが、しっかりきっちりワックスで計算してつくられた髪。前髪センター分け。

 色素の薄い茶色の瞳はぱっちりと大きく、どちらかといえばやや垂れ目がち。柔らかい甘い笑みをよく浮かべているのが抜群にかっこいい。シンプルなゴールドのピアスに、ゴールドのネックレス、ブレスレット、一見チャラいのにピアノが上手でどこか育ちの良さが伺える上品さを兼ね備えた正に我が校随一、いや、私にとっては世界一の王子様が、その先輩だ。


「ええっと……、何ちゃんかな?」

「1年A組、間中紗幸と申します!」

「紗幸ちゃんね。ええと、なんというか、こんな告白をされたの初めてで今すごくびっくりしてるんだけ、ど。そうだね、君みたいにかわいい子に告白してもらえて、嬉しいよ。ありがとう」


 先輩はそう言って、このあほほど熱い日差しの下でも、模範解答のように爽やかで整った笑みを浮かべた。私は思わずヒィィと喉元まで込み上げた悲鳴をギリギリのところですり潰す。夏の日差しのせいだと誤魔化せないレベルで、尋常ではないくらい、顔が熱を持っている。しかし、心臓は竦みあがっている。例えるなら、それはどこか肝が冷えるような感覚に似ていた。顔や身体はカァッと熱を帯びていくのに、心臓だけはどくどくと冷えるような。混乱する頭で、まるでドライアイスのようだと思った。


 最早身体は緊張のあまりカチンコチンに固まってしまっていて、視線だけが落ち着きなく辺りをさまよう。ずっと遠くの方でグラウンドを走る陸上部が目に入る。不意に、そんな私の視線を捕まえるように、イタズラめいた琥珀の瞳が私を覗き込んだ。キラキラと光るそれに、真っ赤な顔をした私を見つけて全身に小さな痺れが走る。


「紗幸ちゃんはさ、僕のこと、好きなんだよね?」

「は、はい!」

「なのに、僕は紗幸ちゃんのこと、好きじゃなくてもいいんだ?」

「いや、あの、そもそも絶対先輩は私のこと知らないと思ったので、その、身の程を弁えると、好きになってなんておこがましいというか。ええと、なんて言うんですかね、いや、今の状況すら贅沢というか……! 先輩は私にとっての王子様がなので、いや、もちろん私以外にとっても王子様だと思うんですけど、ええと……! 自分でもなんて言っていいのかわかんないんですけど……!」


 自分自身でも何を言っているかわからなくてなってきて、あの、その、えっと、をぐるんぐるんとひたすら繰り返す。やばい。やばいやつだと思われる。いや、やばいやつには違いないんだけど。そうじゃなくって! 宝石のように光を照り返す瞳から視線を逸らせず、身体も固い地面に根でも張ったように動かない。これが金縛りというやつか、なんてわけのわからない感想がぷかりと浮かんで、次の瞬間にパチンと弾けた。


「ふ、」

「ふ?」


 先輩が私を覗き込んだ姿勢のまま、顔を伏せる。そして発されたその一音は、どうやら先輩が噴き出した声だったらしい。肩を小刻みに揺らしながら、口元に手をあて、お腹を曲げて先輩が笑っていた。

 ごめん、なんて謝罪をもらったものの、その後直ぐに声まで出して笑い出したのだから、あまり説得力はなかった。


 私のわけのわからない説明がおかしかったのだということはわかったので、ますます顔は熱くなるばかりだ。絶対バカだと思われた! どうしよう! 思わず、唇が真横に伸びる。


 しかしながら、先輩は笑いを噛み殺し切れないままに続けた。


「っふ、ははは、っく、いいよ、紗幸ちゃん。僕と付き合おっか?」


 ポンと頭に手が乗せられて、それでも、ふふふと余韻を残した笑い声が降ってきた。


 私はぱちぱちと瞬く。


 数秒おいてから、えっ!?と思わず幾分も背の高い顔を見上げると、頭に乗っていた手が後頭部にズレて、そのままごくナチュラルに私のボブの髪の毛を撫でた大きな手が、その一束を手に取った。あわあわと慌てることしかできない私を薄目で見やった先輩が、流れるように慣れた手つきで、掴んでいた大して長さもないそれに口付けて、それで、目をまん丸くしているだろう私に片目を瞑るというサービスまで披露する。


 死んだ。私、死んだ。呼吸止まったし、なんなら心臓も止まった。夢のような展開に、泡でも吹いて倒れてしまいそうだった。それでも懸命に口を開く。


「せ、せんぱ、い」

「なーに?」

「あの、付き合って、って本当に、?」

「うん、いいよ」

「あの、えっと、自分で言っておいて、あれなんですけど、絶対無理だと思ってたから、その、あの、えっと、なんで、えっ……?」


 完全に有頂天で舞い上がっていた私に、それはそれは綺麗な笑顔で、先輩はこう言った。


「僕、身の程を弁えてる子は嫌いじゃないんだよね。紗幸ちゃんのこと好きになる予定1ミリもないけど、それでいいんだよね?」


 は。矛盾を孕んだそれを上手く咀嚼し切れずに、思わず声を零した。そんな私の方がまるでおかしいかのように、先輩は計算され尽くしたかのような角度で小首を傾げる。その首の上には、愛想の良い柔らかい笑みが閃いていて。私はなんだか酷いギャップを感じてドキドキしていた。あれ? 聞き間違い?


「ん? いいんだよね?」


 まるで念を押すかのようにそう問われて、私は混乱しつつも慌てて縦に頷いた。そう、私が確かに自らそう申し入れたのだから、いいに決まっている。いいに決まっているのだが。


「じゃ、ずっと紗幸ちゃんの片想いで悪いけど、これからよろしくね?」


 あれ? え? 先程からぱちぱちとやけに自らの瞬きが知覚される。先輩の言っている意味を整理しようと思って、視線を落とすと灼熱だろうコンクリートでゆらりと黒い影が揺れている。


「ままってくださいね、えっと、絶対、ひゃくぱー、好きになんないってことです、よね……? え?」

「うん? だって、紗幸ちゃんは身の程知らずじゃないよね?」

「は、い……?」

「だから、そういうことだよね」


 今度見上げた時には、先程までは宝石と見紛ったはずの瞳には、心なしか怪しくと光る何かが灯っており、唇の傾斜なんかは今にも舌なめずりしそうなほどで。あれ? これ、笑顔、だよね? あれ?

 まるで獲物を見つけた捕食者のようなギラついた笑みが私を見下ろしていて、私は一歩だけ後退り、ぎこちなく微笑んだ。


 あれ、なんか思ってたのと、ちょっと、違うくない?

連載の方があまりに甘さの欠片もないので、お口直し程度にゆるーく書きました。まるで全然甚だ違うテイストなので書きやすく楽しかったです。

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